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コメディ短編

暴食オンライン~俺が引いたSSRが冷凍バナナだったんだが~

作者: 狭倉朏

 虹色の光の中から現れたのはカチンコチンに固まった黄色いバナナだった。

 バナナの真上には【SSR 冷凍バナナ】の文字が踊っている。

「チュートリアル無料10連今ならSSR確定!」の宣伝文句につられて始めた有名VRMMO暴食オンラインで俺が引いたのは冷凍バナナだった。


 暴食オンラインの名の通り、このゲームはモンスターを倒したり、採取クエストをこなしたりしたあとに手に入れたマテリアルを材料にした料理が一つの楽しみとなっている。

 そのためSSR武器に刺身包丁とかあるのは知っていたが、まさか冷凍バナナまであるとは……。


 バナナを冷凍するだけでSSRならマグロを冷凍したらURくらいになるのだろうか……?


「……とりあえず装備してみるか」


 武器一覧から【冷凍バナナ】を選択、ゲームフィールドに出現させ、俺は冷凍バナナを手に取った。


「つ、つめたっ!」


 カチンコチンの冷凍バナナが俺の手に貼り付いてきた。


「冷たい……を通り越して痛い……!? というか、あれ? あれ!?」


 冷凍バナナが素手に貼り付いてきて外せない。なんと言うことだ。この装備は呪われています、なのか?

 手の熱や気温で溶ける様子が微塵もない。


 困りながら俺は周囲を見渡す。

 ここは【始まりの街】。

 戦闘禁止区域でモンスターも出てこない。

 装備やアイテムを仕入れることのできるエリアだ。


 俺は近場にあった武器屋に駆け込んだ。

 どちらかというと病院とかの方が良かった気もするが、目に付いたのがそこだった。


「た、助けて……!」


 転がるように店に駆け込んだ俺をNPC【おっさんドワーフ】がチラリと見た。

 ドワーフさんは無言で奥に引っ込むと、ノミとトンカチを持って戻ってきた。


 カーンカーンカーン。


 丁寧な仕事でドワーフさんが氷を削る。

 俺の手を削らないように、バナナの身も削らないように、まさに職人の技だ。


『はいよ』

「あ、ありがとうございます……」


 冷凍バナナはNPCにはくっつかないらしい、ドワーフさんが俺に冷凍バナナを返す。

 俺は触ってしまわないよう慎重に、武器一覧に冷凍バナナを格納した。


「……この武器って溶けないんですかね……?」

『この氷は融点が高い以外は普通の水と同じ設定だよ。炎魔法や、火山フィールドでは溶ける』

「……常温では張り付き、高温では溶けちゃうのならこの武器、使えないのでは……?」


 SSRなのに?


『こいつを使いこなすには【耐寒グローブ】が必要だね』

「耐寒グローブ……?」

『防具屋で売ってるね』


 ドワーフさんが防具屋をアゴでしゃくる。


「ありがとうございます!」


 俺はドワーフさんに礼をすると防具屋に向かった。


『いらっしゃいませー』


 防具屋のNPCは【小さなフェアリー】だった。


『どのような品をお探しですか?』

「耐寒グローブください!」

『はーい。【耐寒グローブ】はこちらになりまーす』


 フェアリーさんが示した【耐寒グローブ】の値段は、10000000Gだった。


「いちじゅう……1000万……」


 初心者の俺が持ち合わせている金額ではとうていない。

 そして店先に置いてる他の防具と比べてもかなりインフレしている値段に見える。

 たとえばそれなりに強そうな【鋼の鎧】でも5000Gだ。


「……稼ぐかあ、1000万G」


 どうせ無料10連SSR確定につられて始めたゲームだ。

 金稼ぎを目的にプレイしてみるのも良いだろう。




 こうして俺の金稼ぎ目当てプレイが始まった。




 主に植物摘みなどのお使いクエストをこなしながら、徐々に戦闘フィールドに出る。

 無料10連で出た防具は着けていたが、なんとなく【冷凍バナナ】以外の武器を使う気にもなれなくて、俺はなんとなくステゴロスタイルを選んでいた。

 武器は売り払って【耐寒グローブ】の軍資金に充てた。


 ゲームで手に入る食材はなかなかに美味しくて、それをウリにしているだけはあった。

 正直、全部売って軍資金に充てるつもりだったが、料理のあまりのおいしさに効率プレイは少し阻まれた。


 俺のレベルはステゴロ特化でガンガンに上がり、こだわりのあるプレイヤーとして少しばかり話題になっていた。

 ……果たして俺が【冷凍バナナ】を使いこなすために、このプレイスタイルをしていると知ったら話題にしている連中はどう思うのだろうか。


 ゲームを始めて数ヶ月、金は順調に貯まっていた。


「あと50万Gか……50万G稼げるクエストとかねーかなー……」


【始まりの街】のクエスト掲示板を見上げると、ちょうどよく『50万Gクエスト 火山熊討伐』の文字が踊っていた。


「やるか!」


 俺は火山地帯へと向かった。


「そういえば火山フィールドでなら冷凍バナナは溶けるってドワーフさんが言ってたなあ……」


 なんだかあの頃が懐かしかった。

 このクエストをこなし、【耐寒グローブ】を手に入れれば、いよいよ【冷凍バナナ】プレイが始まるのだ。

 俺はワクワクしていた。


「さて、火山熊は……こいつか」


 火山の中腹に、燃えさかる熊がいた。

 体長は3メートルほど。

 しかし怯むほどではない。


「よーし! おとなしく倒されろ! 火山熊!」


 俺は火山熊に殴りかかった。


 ……強敵だった。

 燃えている熊とステゴロの俺とは相性が悪すぎた。

 俺が拳や足、体当たりで熊にダメージを与えれば与えるほど、俺にも火傷のスリップダメージが蓄積していく。

 じり貧だった。


「くっそ、何か武器、武器……!」


 ない。全部売り払った。たった一つを除いて。


「……冷凍バナナ!」


 冷凍バナナだけが俺の武器一覧には輝いていた。


「……保ってくれよ!」


 俺は数ヶ月ぶりに【冷凍バナナ】を装備した。


「うおおおおおおおおおおおおおお!」


 火山熊の脳天に【冷凍バナナ】を降り下ろす。

 釘さえ打てる鈍器である【冷凍バナナ】が火山熊の頭蓋骨を割り砕く!


『討伐成功!』の文字がメッセージウィンドウで光り…………俺の冷凍バナナは溶けた。


「バナナー!!!」


 もはや冷凍バナナではなく溶けたただのバナナを手の中に収め、俺は膝をついた。


 そしてシステムメッセージウィンドウが光った。


『【SSR 冷凍バナナ】は【N バナナ】にグレードダウンしました。課金して【SSR 冷凍バナナ】を取り戻しますか?

  いいえ

 →はい』


 なるほど課金のしどころがなかなかないと思ってたけど、こういうときに使われるんだなこのゲーム……。


「…………」


 俺は少し迷って『いいえ』を選択した。



 俺は【始まりの街】に戻った。

 武器一覧にはロックアイコンがむなしく光る【N バナナ】がある。


「…………」


 俺は【N バナナ】のロックを外して取り出した。


「……いただきます」


【N バナナ】を口に運ぶ。

 バナナだ。何の変哲も無いバナナの味がする。

 柔らかくて、甘くて、少しすっぱさもある、ごくごく普通のバナナが俺の口の中にはあった。


「……本当にステゴロになっちまったなー」


 武器一覧が空っぽになる。


 俺は【始まりの街】をぐるりと見渡して……暴食オンラインからログアウトした。



☆☆☆


 あれから俺は暴食オンラインにログインしていない。

 それでも時たまバナナを食べると思い出す。

 虹色の光の中から出てきた【SSR 冷凍バナナ】。

【耐寒グローブ】購入のためにこなしたクエストの数々。

 燃えさかる火山熊。

 最初で最後に戦闘で使った【SSR 冷凍バナナ】。

 そして再現のできない美味しかった料理の数々……。


 バナナだけ。バナナの味だけが、現実ともゲームとも同じだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつの間にかやらなくなってしまった、でも一時期はまっていたゲームの楽しさと切なさを思い出しました。面白かったです。
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