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君が源 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 えっ、こーちゃんの家って電子レンジ置いてないの?

 こりゃあたまげたねえ……レンチンの便利さを知らずに暮らしているとか、僕なら考えられないよ。じゃあ、コンビニ弁当とかもお店で温めてもらっているわけ?

 は〜、そりゃそりゃ。なんとも電気代がかからなそうな生活で、何よりだよ。ちょっと前に聞いたときは、冷暖房にも頼らないとかいってたっけ? 一ヵ月ウン万円生活の、予行演習かい? まあでも、こーちゃんのような生活だったら、危険は少ないかな?

 なにがって? 家具をめぐるトラブル。

 包丁扱って怪我したり、お湯沸かして火傷したりっていうのは、こーちゃんレベルでも普通にあるだろ? だけど世の中にはさあ、もっと不可解なアクシデントが存在するんだよ。

 僕が巻き込まれた家具に関する体験談、聞いてみないかい?

 


 僕がまだ小さかった頃、はまっていたおやつといったら、焼き立てのおもちだった。

 親戚のツテでもらってくるものもあれば、自分で買ってくるときもある。家族そろってもち好きだっていうのも追い風だった。

 その日も、家に帰るやストックしてあるもちを3,4個チョイス。少し間隔を開けつつ、オーブンに放り込んだ。

 僕の家のものは、昔ながらのつまみを回すタイプ。一度ぐいっと最大までひねってから、目標の分数まで戻していき、セットする。この時間の加減が少しばかり厄介だ。

 こーちゃんも知っての通り、熱したおもちはある時を境にぷっくりと膨れる。いわば内蔵破裂状態。中身が上に向かって伸びるならいいんだけど、問題は下に伸びてしまうときだ。

 金網の上でじかに手なり箸なりを伸ばし、しょっちゅうひっくり返せる環境なら、あまり脅威にはならない。危ない奴は即ひっくり返せばいいからね。

 けれどフタができるオーブン相手だと、ちょっとの油断が命取り。外から影になるもちの体の下で、ちゃくちゃくと内臓が成長を遂げることがままある。

 

 今回もそうだった。

 もちを焼き始めて少し経ったときに、お客さんがあったのもまずい。家には僕しかおらず、ちょっと応対して戻ったんだけど、そのときにはもうオーブンの高火力がおもちの尻を焦がし、破っていた。

 慌てて加熱を終わらせたけど、もう遅い。

 金網を越した下部に横たわる、小さい蛍光灯を思わせる形のヒーター。つい先ほどまで赤熱していたその身に、もちのひとつが粘つきながら張り付いていたんだから。

 

 残りのもちを退避させ、僕はさいばしでもちの残りをはがしにかかる。

 ヒーターそのものは上手くいったけど、金網にくっついた一部は、すでに固まりかけ。箸ではぎ取りきれず、結局は水に頼ってしまう。そうして僕に与えられるのは、待ちぼうけを食らい、冷めかけ固まりかけのおもちたち……。

 ほんの些細な来客がもたらしたタイムラグ。それがもたらした仕打ちに、思わず僕は吐き捨てる。


「お前ら、うぜえ!」


 ほんのひとことだけ悪態をついた。

 でも、その直後。僕のいる台所へ、玄関のほうから風が吹き入ってきた。

 入り口のすだれを巻き上げ、食器棚を揺らし、おもちたちを皿ごと浮き上がらせかけるほど強いもの。最後のひとつはとっさに押さえて事なきを得たけど、僕はにわかには信じられない。


 この方向から風が入ってくるのは、玄関の戸しか考えられないからだ。でもさっきの来客があった後、しっかり戸は閉めている。誰かがやってきた気配もない。

 ひょいと顔を出すと、やはり玄関はわずかなすき間もなく閉じている。食べ終わった後に家を回ったけれど、戸締りは完璧だ。

 あの風がどこから吹いてきたのか、僕にはさっぱり分からなかったよ。



 その日の夕方のことだった。

 母親が帰ってきて夕飯の支度を始める。その間、僕はまったり二階の部屋で過ごすのが通例だ。

 そのうち包丁の音、鍋で具を煮込む音が聞こえてきて、料理のかぐわしい香りが鼻へ運ばれてくる。それらを手がかりに、今日の晩御飯を想像するのが僕の密かな楽しみだった。

 

 ところが、今日はいきなり母親が階段を上ってくる音が響く。「エプロンでも取りに来たのかな?」とのんきに構えていると、急に部屋の戸を開けられてひとこと。


「あんた、ガスコンロ壊さなかった?」


 

 どうもコンロの火がつかないらしい。元栓は確かめたし、ガスの臭いがしたり、警報機も反応したりしないから、立ち消えやガス漏れじゃない。

 となると誰かが壊した線が出てきて、僕におはちが回ってきたと。

 もちろん、僕はコンロに触っていない。オーブンだけだ。

 一緒に台所へ降りてみて、いろいろ確かめた後に、コンロの点火つまみをカチリ。

 カチチチ、という音。わずかに遅れて天板に光が走って、ゴトクからあふれんばかりの青い炎が立ち上った。

 

「ふうん」と僕は自慢げに鼻を鳴らして、母親を見やる。

 かけられた濡れ衣を晴らすこの瞬間は、僕がとっても好きなことのひとつだ。困惑する相手の顔を見下ろすことが、実に気持ちいい。

 今日は火力が強いのか、コンロの近くにいるだけでじんわり汗をかいてくる。「じゃ、あとはよろしく」とばかりに、僕は台所を後にしようとした。

 

 とたん、燃え盛っていたコンロの火が、ふっと消える。

 僕も母親も目が点になって、母親が改めてつけなおそうとするも、反応なし。

 もしやと僕がバトンタッチすると、簡単に火がついた。そしてコンロから離れようとすると、またいきなり消火。それが3回ばかり続いたのさ。


 コンロのみならず、オーブン、テレビ、電灯。そのうえ扉を開けて調べたところ、冷蔵庫も同じようだ。僕が近づくと稼働し、離れるとたちまち機能を失ってしまう。

 これらがひとつ、ふたつなら、まだ大丈夫。でも3つ以上使われると、身体の中が一気に熱くなって、汗をダラダラかいちゃうんだ。息も勝手にあがっていってさ、マラソンし続けているようだったよ。

 しかもその範囲は台所にとどまらず、家中の家電が対象になるらしかった。風呂の湯沸かし器なぞ、電源を入れた瞬間に頭から熱湯をかけられたかのようで、跳び上がっちゃったよ。


「あんた、家電の不興を買ったね。今はあんたが家電の従者だ」


 母親はいう。家電は道具ではなく、同じ家の中にいる従者なのだと。だから自分たちは日ごろ、主人にふさわしいふるまいを心掛けなきゃいけないと。

 それがなにかしらのきっかけで不満が爆発。僕と家電の主従が逆転してしまったというんだ。

 さながら、今の僕はコンセント。いや、タコ足配線された延長コードといった方がいい状態だとか。


「ちょっ、ちょっ、それって、もしつけ過ぎたら……」


「そりゃ『落ちる』でしょ。ブレーカーみたいに」


 母親は人差し指を下に向けて、ちっちっと揺らして見せたんだ。


 母親の根回しによって、その日の我が家の夕飯は、急遽おそうざいやさんの弁当になる。

 帰ってきた父親にも事情を話したけど、すぐには信じてもらえず、何度か実演することになったよ。

 濡れ衣を晴らすのは確かに気分がいい。でも、できれば息を切らせながら汗かいて、あえぐような真似は避けたかった。

 僕は迷惑をかけたと思しきオーブンの前で正座。深々と頭を下げた上で、改めてあいつの外と中を掃除した。ずっと昔に、ヒーターの下に落ちて放っておかれた、パンの焦げ目ひとつも見逃さず回収。買ったばかりのように、とはいかないまでも他の家電よりも、だいぶきれいになったよ

 冷蔵庫のために、台所でずっとかき続けていた汗が、すうっと引いていく。オーブンもコンロも、誰が触っても動くようになり、さっそくお湯が沸かされる。


 それから、だいぶ年月が経った。

 当時よりもずっと家具はハイテクになったし、出力だって上がっている。

 もしまた主従逆転してしまったら。そのとき人は耐えられるんだろうか?

 

 

 


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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ! 近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] これ、私ちょっと似たようなことをリアルでしてたりします……。へそを曲げちゃった家電には、何故かムツゴロウさんの如く「よ〜し、よし、よし」となだめすかすような感じで色々つついたりする時がありま…
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