覚悟と力の解放
父さんと母さんの息子になってから一週間程度が経った頃、王都から貴族然とした使者がやってきた。
「ここが聖女セリア様の生家であるか?」
使者はノックもせずに玄関を開け放つととても偉そうに宣った。
見るからに不愉快そうな男だったが貴族が相手となれば叩き出すことも出来ない。
父さんが使者を奥の部屋に通して対応をするようだ。
母さんと一緒に部屋の前待っていると中から父さんの怒鳴り声が聞こえてきた。
バーンと扉が凄まじい勢いで開けられると、顔を真っ赤にした父さんが使者の首根っこを掴んでずるずると引き摺るようにして出てきた。
「クレア!アーロン!お客様がお帰りだ!!」
「き、貴様っ!私に対してこのような仕打ちをしてタダで済むと思っているんだ!!」
父さんに引き摺られながらも使者の男が必死にもがきながら叫んでいる。
「はん!タダじゃなかったらいくら貰えるってんだ?
セリアに伝えておけ!俺は王都なんぞに行く気はないってな!!」
父さんは使者に伝言を託すと玄関から外に放り出した。
放り出された使者はドンドンと玄関を叩いて喚いていたが、無視していると帰ったようだった。
「ベン、どうしたの?そんなに怒って…」
「そうだよ、父さん。いくら怒ったとしても貴族様にあんなことしたら捕まっちゃうよ!」
「いいんだ!あんな馬鹿と同じ空気を吸うことも嫌だね!捕まったほうがマシだ!!」
母さんが落ち着かせようとしているが父さんの怒りは収まらないようだった。
「いったい何を話していたの?」
「王都の奴等は聖女の親である俺達を貴族にしたいらしい。
平民ごときが貴族になるのは本来あり得ないほどの~とかほざいていたのも気に食わなかったがな、それよりもムカついたのはアーロンのことだ!」
「えっ!?俺のこと…?」
使者との話で何故自分の名前が出てくるのか分からなくて困惑していると父さんは続けた。
「アーロンは血が繋がっていないから貴族にはなれんとさ、アーロンも歴とした家族だから離れることは考えられないと伝えると奴は何て言ったと思う!?
ならば召し使いとして抱えればよい、だとよ!」
父さんは苛立ったように両手の指をにぎにぎしている。
あぁ、俺が居るせいで父さん達が貴族になれないのか。
「…ごめん、俺が居るせいで」
「おい、アーロン。俺のせいで、とか思ってるんじゃねえだろうな。だとしたらぶっ飛ばすぞ」
父さんはドスを効かせた声で唸るように言って俺を睨んだ。
「アーロン、例え王様になれると言われたって私達はあなたを捨てるつもりなんて無いわ」
母さんが父さんに続くように言った。
「で、でも、貴族に逆らったら何をされるか…!」
「気にするな、なんせ世界を救った聖女様の親だぞ?貴族だろうが簡単に手出しできないさ」
「アーロン、あなたは私達の大事な息子なのよ。他人がなんと言おうともこれだけは変わらないわ」
こんなにも俺の事を愛してくれる人間は今まで居なかった。
逆に俺も覚悟が決まったよ、俺の今回の人生は自重も全部やめて親孝行に生きることにするって。
貴族だろうが魔族だろうが俺が追い返してやる!
☆ ☆ ☆
村の人間が皆寝静まった深夜、俺は一人で森の中に来ていた。
今からやることは他人に見られると面倒だからな。
「おい、ヴィータ返事しろ」
何も居ない空間へ話しかける。
『はい、アーロン。今回は村人として生きるのでは?』
どこからともなく機械的な女性の声が聞こえてくる。
「お前も見てただろ。村人はもう止めだ。自重をやめて父さんと母さんを幸せにする」
『彼等は貴方の幸せを願っているようですが』
「ああ、だからこそだ。父さんと母さんが幸せでいることが俺の幸せだ。
それより能力の解放と亜空間の中のセットアップをしたい」
『おおよその準備は整っています』
「…はぁ、考えは全部お見通しってわけね。流石は俺の相棒だよ」
『私も貴方の幸せを願っている一人ですから。
でもよろしいのですか?この世界の神に感付かれる可能性があります』
「そんときゃ力で捩じ伏せればいい」
俺が会話をしているのは皇国の騎士に与えられるサポートAIのヴィータだ。
ヴィータは俺の魂に埋め込まれた存在なので他の人間からは見えないし声も聞こえない。
他人から見ると一人でボソボソ喋ってる怪しい人間になってしまうのだ。
ちなみに俺がいま生活しているのはフォルティス王国で、この世界に皇国なんて国は存在しないし、この剣と魔法の世界にサポートAIなんて物も存在しない。
俺はいわゆる転生者って奴だ。
それも基準世界で流行ってる現代日本からの転生じゃない。
俺が元々居た世界は剣と魔法と科学の何でもありのスペースオペラな世界だった。
そこで次元さえも破壊する特殊なエネルギーを使った兵器をぶっ壊すために駆動鎧で単身コアに突っ込んで吹き飛んだら世界を転生する能力を得たってわけ。
それから何度も転生していくつもの世界を生きてきたけど最初に居たのが剣と魔法と科学の世界だったおかげでどんな世界にも対応が出来た。
それに世界ごとの技術体系をヴィータが記録してくれてるし物品はストレージで持ち越せるから転生するごとに俺は強くなっている。
『セットアップ完了しました。力の還元シークエンスを開始します』
強くなりすぎた俺は普通に生活するために過剰な力はヴィータの力を借りて抑制していたのだ。
それでもこの辺の魔物は素手でワンパン出来るけど。
『還元が終了しました、お疲れさまです。アーロン、身体の調子はどうですか?』
「いい感じ。久し振りの割りには身体に馴染んでいる気がするよ」
『元々アーロン自身の力ですから』
「ああ、それもそうか」
力を押さえてから久しく感じていなかった身体中を駆け巡るエーテルの力強さを楽しむ。
身体からあふれでた魔力光が周囲を優しく照らしていた。




