人生最悪の日と人生最高の日
「アーロン、本当に申し訳ありません!」
「アーロン君、こんなことになってしまって本当にすまないと思っている…!」
眩いばかりの金髪を短く纏め、白と青を基調として金の細工がなされた美しい鎧を装備した男が頭を下げている。
その横では腰まで伸びたストロベリーブロンドの髪が美しい、神聖さを感じさせるローブを着た女がこれまた頭を下げている。
二人とも嫌味なほどに美男美女だ。
対する俺は癖っ毛の黒髪でみすぼらしい村人らしい服を着た男だ。
顔は悪くないと思っているけども、目の前の男と比べると華の無さに惨めになってくる。
「ボクは人としてしてはならないことをした自覚はある。
本当に申し訳ない…
だが、それでもセリアを愛しているし幸せにする自信がある…!」
この金髪優男の名前はカイル。
女神に選ばれた勇者で、魔王を倒し世界を救った英雄で、この世界最強の男だ。
「アーロン、カイルは悪くないのです。
貴方の存在があったのにカイルを受け入れてしまった私が悪いのです」
このピンク髪の女の名前はセリア。
女神に選ばれた聖女で、魔王を倒し世界を救った英雄で、俺の幼馴染みで、俺の元婚約者だ。
「賠償金を払うことも考えた、だけどそれは君の気持ちを侮辱することだ。だから、君の気が済むまでボクのことを殴ってほしい…!!」
ただの村人が魔王を倒す程の人間を殴ってどれだけのダメージが与えられるというのか。
それに、ただの村人が世界の英雄の勇者様を殴ったとなればどんな目に合うか分かってて言ってるんだろうか。
しかし勇者様の顔を見れば本気で言っているのが見てとれる
これが正しい誠意の見せ方なんだと本気で思っているようだ。
☆ ☆ ☆
話を聞いたところによると厳しい冒険を続けていく間に勇者様とセリアの心の距離は縮んでいったらしい。
それで魔王を倒したとき勇者様はパーティメンバー全員に気持ちを伝えプロポーズしたと。
それを受け入れたパーティメンバーと勇者様は魔王を倒した解放感もあり宿屋で一晩中ぐんずほぐれつ、その時のが見事命中してセリアの身体には新しい生命が宿っていると。
なるほど、子供まで出来ているとはどうしようもない程に手遅れだ。
正直な話、セリアが聖女として勇者パーティに入ると聞いた時からそんな気がしてたから衝撃はそれほどなかった。
まあ、子供まで出来たって聞いたときはびっくりしたけど。
勇者様達の話を聞いて俺が考えていたのはセリアの両親のことだった。
ベンおじさんとクレアおばさん、セリアの両親だけど俺の育ての親でもある。
俺には身寄りが無い、3歳かそこらの時に森の中を彷徨いてるところをセリアの家族に保護されたのだ。
おじさんとおばさんは俺を孤児院に預けようとしていたけどセリアが俺のことを気に入ったから一緒に暮らすことになったのだ。
おじさんもおばさんも引き取ると決めてからはセリアにするのと同じように愛情をそそいで育ててくれた。
ベンおじさんの「セリアがアーロンと結婚すれば正真正銘の俺の息子になるな!」という言葉が切っ掛けでセリアとも婚約したんだったな…
「アーロン君、本当にすまなかった…
もし王都に来ることがあれば是非訪ねてきてほしい、セリアもきっと喜ぶ」
「アーロン、さようなら。貴方ならきっと素敵な相手が見付かるでしょう」
勇者様はセリアを含めたパーティメンバー達と結婚して王都の屋敷で一緒に暮らすらしい。
気まずくて顔なんか出せるわけ無いだろ…
「今回は時間が無いので筋を通すために君にだけ話にきた。義父様と義母様には後で正式に挨拶をすると伝えてくれるかい?
後程、王都から使者が結婚式の案内状をもってやってくるはずだ」
勇者様とセリアは世界で最も速いと言われている勇者様の従魔セイントペガサスに乗って王都へと帰っていった。
勇者様がおじさんとおばさんのことを義父様と義母様と呼んだ時に俺は何故かかつてないほどに動揺したのを感じていた。
☆ ☆ ☆
俺が家に帰るとベンおじさんとクレアおばさんが出迎えてくれた。
「おじさん、おばさん。セリアはやっぱり勇者様と結婚するんだって、聖女様なんだし当然だよな。
もう子供も出来てるらしいよ、その内に結婚式の招待状が届くと思う」
何か言われる前に俺が先に切り出した。
「アーロン…」
「俺は大丈夫だよ、セリアが聖女に選ばれた時からこうなるんじゃないかって思ってたんだ。
それでなんだけど、俺も家を出ようと思う。
セリアとの婚約も無くなったわけだし俺はもう赤の他人だろう?」
「っ!そんな、何を…アーロン!」
「アーロン!!お前何を言っている!!」
クレアおばさんはショックを受けたような顔をしているし、ベンおじさんは顔を真っ赤にして怒っている。
「大丈夫だよ、勇者様と結婚した聖女様の両親なんだ。
きっと王都に屋敷が用意されるし貴族にだってなれるかもしれない。
俺が居なくても生活には困らないはずだ」
「アーロン!!お前は俺たちを赤の他人だと思っていたのか!!!」
激昂したベンおじさんに頬を思いっきりぶん殴られた。
おじさんの拳が痛まないように上手く吹き飛んで衝撃を吸収する。
「でも俺はセリアと結婚出来なかったから貴方達の息子にはなれなかった…
おじさん言ってたろう?セリアと結婚すれば正真正銘俺の息子になるって。
それにセリアに捨てられた俺がいつまでも一緒に居たらおじさん達の評判も悪くなっちゃうじゃないかな」
「あぁ、アーロン…貴方は血が繋がっていなくとも私の可愛い息子なのよ、馬鹿の言ったことなんて気にしないで」
クレアおばさんが俺を抱き締めてくれる。
セリアが勇者と結婚すると伝えられた時より胸が締め付けられるような感覚になってくる。
「ああ、アーロン。お前は俺の息子だよ。大馬鹿なところが俺によく似てやがる」
ベンおじさんもクレアおばさんごと俺を抱き締めてくれた。
何故だか無性にボロボロと涙が溢れてくる。
「…俺はおじさんとおばさんの息子になっていいんですか…?」
「馬鹿野郎が、なっていいも糞もあるか。
お前はずっと前から俺たちの息子だよ」
「ほんと、似なくて良いところばっかりベンに似るんだから」
「ありがとう父さん、母さん…」
俺は初めて二人と本当の家族になれたような気がした。
セリアが勇者様に奪われてこの人生で最悪の日だと思っていたけど、今は間違いなく人生で最高の日だと思える。
それでずっと胸の中にあった凝りが取れたような感覚になって気付いた。
俺は確かにセリアのことを好きだったけど、それ以上に父さんと母さんと本当の家族になりたくてセリアと婚約していたんだ。




