第三話
『ただいま平沼橋駅に置きましてお客様対応を行っている影響によりまして、只今列車を停止致しております。お急ぎのところ大変申し訳ございませんが、今しばらくお待ちくださいませ』
星川を過ぎた辺りで急行列車がゆっくりと減速をはじめて、止まってしまった。横浜のど真ん中で目の前に幼稚園が見えるがまだ園児たちは園庭にまだ出てきていない。
いつまでも止まっている景色に飽きて私はスマートフォンの画面に目をやることにし、時計はゆうに9時を回っており、哲学の授業に欠席した事になった。今から急いだとこで過去に戻ることはかなわない・流れに身を流れに身を任せるのが得策であるだろう。
しかし、列車はいつまでたっても動くことはなく、目の前の園庭ではついに園児たちがもうじき開催されるであろう運動会に向けて練習をはじめた。赤と白の棒を持って先生方がひっしにおうえんしているのをみるとリレーの練習であるだろうか。
スマートフォンの画面は今動画サイトの旅行系の動画を見ている。どうにもファーストクラスに乗ったとかどうとかという話で、私とは住む世界が違うのだと自覚した。動画に映る彼は、私と年齢は近いはずなのだが。
…………。
…………………。
………………………。
長い……長すぎる。私は実家から出るまで電車というものにあまり縁が無かった。小学校、中学校経は歩いて行っていたし、高呼応は自転車に乗って通学していた。旅行とかで電車を使ったこともあるが、実家近くに田舎特有の大規模ショッピングモールがあり地元の友だちとはそこへ遊びに行ったりしていたので、そもそも遠出をすることが無かったのだ。
だから通勤電車というものに乗り始めたのも大学に入ってからであり、そして、こんな風に列車の中で長時間待たされるというのも初めてだったのだ。
『えー……お客様にご案内いたします。先程説明いたしました、お客様対応に関して続報が入りましたのでご連絡いたします――』
ようやく静かだった列車の中に響き始めた車掌の放送は、声が震えながらもまもなく運転を再開するというものだった。
死ぬほど待たされて、右隣に立っていたサラリーマンのおじさまは顔を真赤にしてしかめっ面をしていた。ようやく動くという放送が掛かったのだから喜べばいいのに。
今の時間は10時半を回っており、2限にも遅刻するということが確定した。何とつまらないのだろうか。
『列車発車いたしますので、お立ちのお客様は手すりやつり革にしっかりとお捕まり下さい。』
放送が掛かったと同時に、ブレーキが解除する音が聞こえ、列車はゆっくりと走り始めた。
一時間以上も同じ景色のところに居たので、列車が動くということ自体が非常に楽しく感じる。
列車はいつもの勢いを取り戻し、駅を勢いよく通過する。そして、対応のあった平沼橋を通ったとき、駅員と客が何かもめているような姿が見えた。客がどんな事をしていたのかは分からないが、駅員と長く争うのはやめていただきたいものだ。
横浜駅についたのは10時35分。後尾車両に乗っていたため、せっかくだから五番街へ繰り出そうと思い先頭側の改札口に向かわず、ホーム中程にある階段を降りて改札を抜けた。
うーむ……やることがない。横浜に着いて改札を出たものの特段やることがなく、10時以降であるから店は殆ど開いているが、やることがなければ店を回ることもかなわないだろう。
ただ私はプラプラと五番街を歩いて、右にビブレやダイエーをみて、左手にマクドナルドをみながらまっすぐと歩いた。遠くに車が沢山往来している国道が見える。
「…………そうだ」
そういえば、朝食をとるのを忘れていた。せっかくここまで来たのだから、赤色の中華屋の濃厚そばでも食べて行くことにしよう。
スープというものは基本的に液体だ。液体で味がついているもの。私にとってそれがラーメンのスープだと思っていた。しかしこの赤色の中華屋は私のスープという定義に反しておりおよそ液体と呼ばれることのないペースト状のものが麺に掛かっており、麺を取り出そうとすると、麺にはペーストがしっかりと絡みついて離すことなく私の口の中へと運ばれるのである。ペーストの味は非常に濃いもので、朝一番に食べるにはもしかしたらヘビーだったかも知れなかったが、朝のいざこざが濃かったおかげで、余裕を持ってたべることができた。唯一あいつに感謝する点が出来た。
店を出た後、特にやることもないのでゲームセンターへ向かうことにした。午前中の中で往来が激しい時間帯であるからかは分からないが、平日にも関わらず観光客やビジネスマン。そして、私のような大学をサボったのかそもそもなくて時間を潰している大学の虫が多く闊歩していた。その間を縫うように歩き、目的地のゲームセンターへとたどり着いた。
ここの一回はUFOキャッチャーがありカップル客で非常に賑わっていたが、私はそれに目をやることなく五階の音楽ゲームコーナーへと向かった。あくまでも目を遣ることは無かった。