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デッサン

作者: 服部空慈

 彼女の名前は絢子と言った。

 二人の出逢いはショットバーだった。

 当時、ちょうどモテ期を迎えていた俺は、意気投合した彼女と気がつけばホテルに・・・・・・と言いたいところだが、そう上手くはいかない。

 他人には軽く見られがちな外見とは違い、変なところで真面目な俺は、いつの間にか出会って間もない絢子の人生に迷い込んでいた。


 成り行きとはいえ、気がつけばラブホテルの一室。

 誘ったのは絢子だが、ホテルに入った目的は通常のカップルとは違っていた。

 服を脱いだ彼女の身体には、無数の痣が存在した。

 その痣がなんなのか、何の為にそれを俺に見せたのか、結局最後まで絢子は話さなかった。

 ただ、その時、裸の彼女から聞いた話は、身体の痣以上にショッキングで、当時の俺では想像も追いつかない内容だった。


 レイプをされた経験がある。言葉にしてしまうとそれだけのことだ。

 ただ、その相手が実の父親であったと言う一点が少々他の「ソレ」とは異なった。

 もちろん、今はその父親とは一緒には住んでいない。

 当然と言えば当然だ。

 絢子にとって男性は、恐怖と憎しみの対象であり、象徴であり、恋人もいない。

 そんな彼女が、何故逢ったばかりの俺をホテルに誘ったのか、その目的はおろか、話の中心となるべく父親とのことも多くは語らず、特に相談らしい相談もせず、かと言って慰めを求めることもしない。

 実の父親にレイプをされた事実だけを打ち明けられたその後には、試されているかのような沈黙と、死体置場のような沈黙が横たわっていた。

 日常から切り離されたキューブの腹の中、ベッドに座る絢子との距離は1メートルほど。

 彼女を包む空間だけがモノクロに沈んでいた。

 それが何を意味するのか、理解はしたくなかったが俺は知っていた。

 灰のような瞳、心に触れるぬるっとした感触、鼻腔に広がる鉄の匂いの混じった柑橘系の香り、、絢子は、死ぬつもりなのかもしれない。

 以前から俺は、嫌な予感を匂いで感じる体質のようで、鉄の匂いの混じる柑橘系の香りがする時は、いつも何かが起きていた。

 もちろん、必ずしも誰かが死ぬというわけではないが、嫌な予感を伝えていることは確かだ。

 初めて出逢った絢子の心に取り入り、思い留まらせることは不可能に近い。 何故今此処にいるのが自分なのか解らぬまま、俺は方法を探してた。

 このまま無言で過ぎる時を野放しにしていたら、取り返しのつかないことになる。

 部屋全体の色が失われそうな恐怖に駆られながら、フル回転している梅干しのような俺の脳味噌に、一つの言葉が過った。


――一番大切な解答は一番否定したい場所にある


 それは昔読んだ漫画の中の台詞だった。

他愛もない記憶も時には役に立つようで、うろ覚えではあったが大体そんな意味合いの台詞だったはずだ。

 ん。これだ。 

 数時間後に死んでいるかもしれない絢子を、俺は抱くことにした。

 それは同情ではなく、性欲でもなく、ただそうすることが正しいことに思えた。

 絢子が一番嫌悪を感じるであろう性の営みにこそ、彼女にとって一番大切な解答があるように思えたのだ。

 現実として、それが正しかったかどうかは定かではないが・・・

「もう二度と出来ないと思ってた」

 そう言って、別れ際に絢子は一枚の絵を俺に手渡した。 ショートカットの女の子が裸で正座をしているだけの背景も何もないデッサン画だった。

 ただ、何故か両腕は描かれていなかった。

「それ、昔の私」

 最後に絢子は微笑んだように見えた。


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