光の蝶
金色に輝き、眩しい光を放つ蝶が、優雅に宙を舞っていました。
蝶は、ひび割れた瓶の底で、膝を抱えて丸くうずくまっている一人の男を見つけたので、話しかけました。
「こんにちは」
男はただ怯えるだけで、何も答えません。
「蓋をされた瓶の底は、とてもとても怖いよね。苦しいよね」
金色の蝶は、男のいるガラス越しに、羽を休ませるように静かに止まり、
「ぼくの大切な記憶を見せてあげるね」
と、言いました。
すると、男の頭の中に、ある映像が浮かびました。
それは美しい花園でした。
お喋りをする小鳥たち、軽やかに踊る蝶々たち。そして、色とりどりの花たちは、リズムに乗って楽しそうに歌っています。
やがて、凜と佇む一輪の花が、一匹の蝶に恋をしました。彼女はとても幸せそうでした。
しかし、その花は降ってきた冷たい雨とともに、一枚ずつ花びらを落とし、とうとう花園から消えてしまいました。
「ダメだ!」
男は思わず、小さな悲鳴をあげてしまいました。
「大丈夫。ぼくを見てごらん」
ふと、聞こえてきた囁きに、男は我に返りました。
そして、自分のすぐ目の前で、静かにこちらを見つめている黒い瞳に気がつきました。
「そう、もっと見つめて」
ガラスで隔てられていても、蝶の放つ光は男には眩し過ぎたようです。全てを見透かされているようで、恐れさえ感じました。
けれども、その光にすがりたい気持ちになったのは、なぜなのでしょうか。
男は消え入りそうな声で呟きました。
「ぼくは、ぼくでありたい」
それに蝶が答えました。
「きみは、きみでいいんだよ」
それからどれほどの時間が過ぎたのでしょうか。
キッチンからは美味しそうなスープの匂いが漂い、リビングでは小さな女の子がお人形さんと一緒に遊んでいます。
ひび割れた瓶の底に、もう男はいませんでした。
「パパお帰りなさい!」
男の愛する妻と、娘の声が聞こえてきました。
こちらの作品は、別館サイト(LES BONBONS SUCRÉS)でも掲載しています。
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