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神様の手遊び

作者: 文代 呉波

 (暗い......。ここは......森?)

 木々が生い茂っているが、ここは円形に広場ができている。そしてそのど真ん中に彫像が立っていた。一見すると爬虫類のような、人間のような容貌が、月の光で微かに照らされて光沢が見てとれる。

 僕は近寄って彫像に触れてみた。夜に冷やされていると思っていたのだが、ほのかに熱があるような気がする。思いのほか高さがあったので目線を上げると、彫像と目が合った。気のせいだと思いたかったが、月光が反射した黒い目は確かにこちらを見ている。

 心臓が縮んだ。僕は彫像の背後の方向に走った。後ろで低い唸り声が聞こえる。あれは彫像じゃなかったのか。追ってくるかもしれない。僕は必死になって木々の間を抜けた。足が痛い。息が苦しい。視界が揺れる。

 立ち止まって息を整える。どこを向いても木があるだけで方向が分からない。追いつかれたらどこへ逃げよう。まだ唸り声が聞こえる。これは、背後にいる?驚いて振り返ると、彫像が僕に向かって、前のめりに、口を開けていて。


「......という夢を見たのさ」

「はいはい、報告ありがとう」

 友人セオンに軽くあしらわれている僕はアネムだ。最近、悪夢を続けて見るようになってからずっと、朝一番でセオンに報告している。セオンにはだいぶ飽きられているようだが、自分としてはドキドキしながらもどこか楽しみにしているので話すのが止まらない。

「アン、俺はそろそろお前が病気か何かじゃないかと思うんだ」

 ため息をつきながら言われる。

「うん、僕もそう思う、けど、どこも病気じゃないっていうんだ。僕には病院は似合わないみたいだ」

「そうか......。割と心配になってきてるんだよな」

「どうもありがとう」

 わざと軽く答えた。

「あぁ、そうだアン、カウンセラー室は行ったのか?」

「カウンセラー室?どこだそこ?」

 聞いたことのない場所だ。学校にあったかなそんなところ。

「知らないのか。......後で一緒に行くか」

「あ、うん」

 普通に教えてくれればいいのに暇なのかな、と思ったがつっこまないことにした。


 放課後、僕はセオンとカウンセラー室へ行った。金色の長髪を後ろで軽くまとめた先生が優しく話しかけてきた。

「あら、いらっしゃい?初めて見る顔ね」

「ソーム先生こんにちは。こいつがいつも言ってる奴です」

 思いのほかセオンが心配してくれていた。なんだか楽しんでいて悪いな。僕はソーム先生と呼ばれた人に自己紹介した。

「僕はアネムです。セオンにはアンって呼ばれてます。よろしくお願いします」

「よろしく。私はソムナス。ソームと呼んで。セオン君がたまに来てはあなたのことを話してくれるんだけど、私も少し気になっちゃって」

「いやあ、まさかセオン以外にまで心配されることになっているとは......」

 僕は苦笑した。セオンはその横でニコニコしている。

 悪夢の話を一通りした後、先生から一枚の紙を貰った。曰く、「最近海外旅行に行ったときに買ったお守り」らしいが、太い赤ペンで再生紙の短冊に落書きしたようにしか見えない。

「これ、お守りなんですか?」と思わず聞いたが、先生は「効果あると思うわ、有名な神社らしいし」と答えた。

 僕は悪夢を見たくない気持ちと見たい気持ちがあったが、どっちでも変わりはしないな、と思って使ってみた。半信半疑ながら、枕の下にお守りを敷いて寝ることにした。


 僕は、ここが夢の中であると自覚した。温かくも冷たい空気を感じながら、昨日の森の広場にいる。彫像は立っていない。周りを見ると、一箇所、踏み荒らされたようになっている。僕はその道を行くことにした。

 道は途切れていたが、まだ彫像は立っていない。ここら辺で捕まったはずだ、と辺りを探していると、黒いウサギのような動物を見つけた。

「あっかわいい」と近寄っても動物は逃げようとしない。人懐っこいようだ。

 動物に触ろうとすると、遠くから「こら!!」と怒鳴り声が聞こえた。僕は後ずさった。

「ここで何してる!......なァ兄ちゃん、こいつが何か知ってるか?」

 茂みから深緑色の警官服を着た精悍な男性が話しかけてきたが、僕は首を横に振ることしかできなかった。

「......そうか。すまない、怒鳴っちまったな。俺はクヴァイってンだ。見ての通り警官だ。」

「アネムです。......これは何なんですか」

「あァ、こいつはな、メアっちゅうンだ。こいつが近くにいるとな、悪夢を見ちまうンだよ。だから俺たち警察が取り締まってるっちゅう訳だ」

「......私の目ではどうしても動物捕獲が仕事のように見えてしまうのですが」

「絵面はかわいいだろうがなァ、意外と大変なンだぜ、これ?」

 へぇ、と生返事すると、クヴァイさんはさらに続けた。

「夜だと保護色で目を凝らさねェと見えないし、そのクセに大事なときにメアが見つかるとこっぴどく叱られちまう。全く、だから地方は辛いンだよ」

「大事なとき?」と首をかしげると、クヴァイさんは訝しげに僕の方を見て言った。

「最近は夢配達とかあンだろ。折角いい夢を届けたのにメアがいたら台無しだっちゅう話だよ。......しかしお前さん、それも知らないっちゅうことは、××人だな?」

 よく聞き取れなかったが、なんとなく聞き返すのはいけない気がしたので曖昧に答えた。

「はァ~やっぱりか。じゃああまり言わねェ方がいいな、覚えてもらうと困るもんをさらっと喋っちまうかも知ンねェ」

「そんなこともあるんですね」

「何でも知るタイミングっちゅうのがあンだよ。それに、知らなくていいこともある」

 クヴァイさんはそれじゃ、と言うと、メアを抱えて立ち去ろうとした。僕はその後をついていった。

「......何でついてくンだよ」

「いや、ただ単に興味があったので」

「はァ......まあいい」と一息つくと、「署まで来てもらおうか」と言い、また更に間をおいて、「一回言ってみたかったンだよなァ~これ!」と満足げな表情をしていた。

 森を抜けると、自動車が一台あった。クヴァイさんは僕に乗るよう促し、僕は後部座席に乗り込んだ。

「乗り心地はどうだ?」

「すごくいいですね......静かです」

「ハッハッハ、そうだろう。まあ夢の中だっちゅうこともあると思うがな。もちろんこんなこと初めてだろ?」

「はい。初めての人はみんなこんな経験しているんでしょうかね」

「ンなわけねェだろ!お前さんはほんとに幸運だ」


 しばらくすると、住宅街に入った。家々は現実世界でもよく見かけるようなものばかりで、思わず目が覚めてしまったと錯覚しそうだ。進む度に陽は昇り、空が明るんでいく。

 警察署だという、白一色の大きな建物に着くころには、青い空が広がっていた。星の中心から光が放たれているマークで警察だと分かったが、文字のようなものは目を凝らしても崩れたままで読めなかった。

 僕はクヴァイさんに引き連れられ、建物の中へと入った。いくつかの部署に分かれ、それぞれのデスクで仕事をしている。

「......お前さん、やけに楽しそうだね」

「警察署なんて初めて来たからさ」

「へェ。じゃあ職場見学でもしてみるかィ」

 クヴァイさんはちょっと待ってな、と言うと、メアを抱えて入り口から向かって右の通路へ入っていき、やがて帰ってきた。

「ンじゃあ、まずは俺のデスクでも見てみるか?」

 僕は勢いづけてうなずいた。クヴァイさんがよーし、それじゃあ、と動いたところで短いサイレンが鳴った。

『警報が発令されました。警官各位配置についてください。繰り返します、警報が発令されました――』

「悪ィな。職場見学はまたの機会にだな」

「な、何が起こっているんですか」

「あァ、でかいメアが出てきたんだよ。こんなことほとんどねェからな、お前さんはほんとのほんとに幸運だよ」

 僕は乾いた笑いを出すと、クヴァイさんは、惹きつける何かがあるンだろうな、と続けた。


 車に乗り、メアが出現したという場所へ向かった。

「ここのは地方でもでかい方でな、監視カメラの映像がこっちに届くようになってンだ」

「クヴァイさんは何でも知ってるんですね」

「あァそうさ。......着いたぞ」

 辺りは薄暗い。住宅街から少し離れたところのようで、木は切られ、更地になっている。そこに、象くらいの大きさのメアが佇んでいた。全身黒のそれは、まるで一枚の岩のようだ。

「こりゃァまたでっかいなァ」

 クヴァイさんは苦笑していた。他の警官たちは縄を持ち、捕らえるタイミングを計らっている。

「クヴァイさんは加勢しないんですか?」

「あァ。あんだけ人数いれば大丈夫だろう」

 間もなく、その時が来た。メアは捕えられてもなお動かない。あっけなく終わったと思っていた。

 森の方に黒い塊が見える。

「クヴァイさん、あれ何でしょう?」

「......ワォ」

 さっきと同じくらいの大きさのメアの集団。一匹であの慎重さだったと思うと、この集団を一気に捕らえることはできないだろう。

 すると、警官たちの中から一人、こっちに向かってくる。

「クヴァイ警視すみません!ご協力願います!」

 クヴァイさんは短く「分かった」と言って軽く体を動かし始めた。僕は少しの間立ち尽くしていたが、その警官に、「危ないから下がっててね」と言われた。

「クヴァイさん、今から何するんですか?」

「あぁ、見てればそのうち分かるよ」

「総員装備!」

 クヴァイさんの掛け声がかかると、警官たちはどこからか透明な盾を持ってきた。こっちに来た警官も盾を持ち、皆で弧状にしゃがみ込んだ。銃撃戦の最中さながらの緊張感を感じる。

「......クヴァイさん、大丈夫なんですか?」

「だって警視だよ?」

「は、はあ。僕にはお偉いさんだということしか分からないです」

 警官はきょとんとしている。そして、我に返ったように「あっ、見てな?」と盾の先を指さした。僕もその先を見た。

 クヴァイさんは、地面に両手をつけると、白い光に包まれた。光は大きく球形になり、やがて形を歪める。僕は唖然とした。輝きがやむとそこにいたのは白い熊のような動物だった。大きさは集団より少し背が高いくらいだろうか。

「夢食い、見たことないのかい?」

「え、はい。大きいですね」

 白い動物は集団に襲い掛かった。何匹かのメアは怯んで散らばった。

「ああいうのになれて初めて要職に就けるんだよ。僕も早くああなりたいね」

「僕は熊は苦手です......」

「熊?いやいや、そんなんじゃないよ、どっちかといえばバクに近いんじゃないかな」

「ばく?」

 白い動物は一匹のメアを両腕で掴み、丸呑みした。メアの鳴き声が小さくなり、やがて聞こえなくなる。一匹づつ、慎重に捕らえていく。いつの間にか盾が集団を囲んでおり、スタジアムのようになっていた。

「夢食いはメアを浄化できるんだ。ある程度小さいのなら僕でも浄化できるんだけど、あれぐらいになるとどうしても、ね」

 いろいろあるんですね、と言うと、彼は、君も他人事じゃないと思うよ、と言った。

「僕らもメアに食べられてしまうかもしれないからね。もちろん君だって。だから、こうして守っておかないといけないんだよ」

 僕はわざとらしくうなずいた。


 十分もすると、メアの浄化はすべて終わった。けが人はいないようだ。まばらに武装が外れていく。白い動物はまた光り、人の形に戻った。「さすが警視だ」と警官は呟いた。

 クヴァイさんはこちらへ歩いてくると、開口一番に、

「まァ、これでお前さんの夢も食べないといけなくなったんだがな」と言った。警官も驚いている。クヴァイさんは警官に言った。

「トルトイ、お前、気づいてないのか。こいつ××だぞ」

「えぇ!全然、気づきませんでした......。あんまり変わんないんですね」

「ともかく、これは覚えてもらっちゃァいけないンだよ。見ちまったンだからしょうがねェ」

 とりあえず戻るぞ、と言って、クヴァイさんは解散命令を出した。僕は車に乗り、警察署へと戻った。


 僕はクヴァイに連れられ、ある部屋に行った。文字が書かれていたが、三文字だということしか分からなかった。

「ここは処置室だ。軽いけがの手当てをしたり、お前さんみたいなもンの処置をしてる」

「クヴァイさん、僕はこの夢を覚えていられないんですか」

「しょうがねェだろ。覚えてもらうと困るもんもあンだよ、ほら目を瞑れ」

 僕はそれに従って目を閉じた。力を抜いていくと、体が浮くような感覚になり、意識が遠のく。

「お前さんはほんとに幸運だ、ただ俺が不運を招いちまったな」

「いい夢見ろよ、アネム」


 朝がやって来た。

「おはよう、アン。やけに不機嫌じゃないか。あのお守り、効かなかったのか?」

「うーん......。分からない」

「分からない?」

「昨日の夢、覚えていないんだ」

「悪夢じゃなかっただけいいだろ?元気出せよ」

 あまりいい気持ちではなかった。何かが引っかかっていた。


「......お守り、また使ってみようかな」


 円形の広場に、彫像が立っている。暗く、光沢のある、ウサギの彫像だ。僕は、彫像の横に座って月を眺めた。彫像はふいに喋りだした。

「ボク、ココガスキ。ナンダカ、アンシンスル」

「僕はここで怪物に襲われちゃったんだ。でも、何でだろう、僕もここが好きだ」

 誰かの足音が聞こえる。目の前の森から、深緑色の警官服を着た男が歩いてきた。男は、動物の彫像を僕から離して置き、僕の真横に座った。

「よォ、いい夢見てるか?」

「え?うん」

男は微笑むと、すっと立ち上がり、またどこかへ消えていった。

登場人物の英語表記を(自分が忘れないように)書いておきます。


アネムAnem/アンAnn

セオンSeon

ソムナスSomnus/ソームSome

クヴァイKvie

メアMare

トルトイTortoy

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