ツイてないときはとことんツイてない?
第三話です
「ねえ、遥香。さっき車から降りてきたよね」
教室に入ると朋美が声をかけてきた。1年のとき私と同じ中学出身ということで気さくに声を掛けてくれたのが2年になった今でも続いている。
「あ、うん」
見てたのか。私の周囲に学生は少なかったし気づいた者はほとんどいないだろう。そう思っていたのだけど。
「だれ?親戚?まさか恋人、ってことはないわね」
「どうせ色気皆無ですよ」
「で、誰なの?」
私の不平は軽く流された。
「知らない人」
「は?」
朋美がぽかんとなった。これはこれで見ていて面白い。
「は、遥香、あんた。まさか朝帰りした・・・」
「してないよ!」
何てことを言うんだ、この女は。私にそんな浮いた話があるはずがない。いや、言ってて悲しくなるんだけどさ。
「じゃ、どういうことよ?」
朋美は声をひそめながら語気を強くするという器用な真似をしながら問い詰めてきた。
「あー、まぁ、話せば長くなるけど・・・ん?長くないか」
「あんた、何言ってるの?」
「簡単に言えば、自転車がパンクした。困ってたら学校まで乗せてくれた。以上」
「はあ?」
朋美は腑に落ちないという顔をしている。
「どこにそんな奇特な人間がいるっていうのよ?この世知辛い世の中に」
「実際、いたんだからしょうがない」
「ほんとに?」
「うん」
朋美はうーんと唸っている。
「で、どうするの?」
「そりゃ自転車屋のおっちゃんに頼んで修理してもらうしかないね」
「そうじゃなくって!その親切な人のほうよ。男の人でしょ?」
「ああ。そっちか。てか、どうしろと?」
「どんな人だった?お金持ちでしょ?イケメン?ダンディ?」
「どうしてお金持ちってわかるのさ?」
「だってあの車、外車だよ。高級車だよ?」
「あー、確かにそんな感じだった」
「そんな感じだった、って。あんたねえ・・・」
「いや、だからどうしろと?」
「イケメンだったらお近づきに、ダンディだったらもっとお近づきに」
「ちょっと顔を寄せるな。ハァハァするな」
ほんとにこの女はイケメンと金持ちが好きすぎだろう。
「で、どうだったよの?」
「どう、って。うーん」
私はおじさ・・・男性のことを思い出してみた。
「イケメンだったね。眼光鋭いイケメン」
「うわぁ・・・」
朋美は目はキラキラ、よだれが垂れそうになっている。
「でもだめだよ」
「へ?なんで?」
「だって、名前もなんにも知らないもん」
「うえ?」
朋美は変な声を出して固まった。
「名前を聞いてない?」
「うん」
「メアドは?ラインは?」
「なんにも知らん」
「・・・信じらんない」
「そう言われても」
「はあぁ・・・遥香に期待したあたしがバカだった」
「なによそれ?」
確かに気がきかない自覚はあるよ。でもあの状況はしょうがないじゃない。
「しょせんは、はかない夢だったのね」
「おい、勝手に盛り上がってかってに落ち込まないで欲しいわ」
朋美は手をひらひらと振りながら自分の席に戻っていった。
まあ、今朝の一件に気がついたのが朋美だけで良かったとも言えるかな。そうか、外車の高級車だったのか。どうりで内装も高級っぽかったわけだ。
ん?ということは、そんな車に乗せられて校門に乗り付けられたらとんでもなく注目されたかも。しょせんはここは中程度の県立高校。国立大学へ進学するのは一学年に2,30人というのがやっとのレベルの高校だ。変に目立って注目されたり、あらぬ噂を立てられたりしたらたまったものじゃない。
そういう意味じゃあ、あのおじさ・・・男性は気を遣ってくれたのかも。そっか、もっとちゃんとお礼を言えば良かったな。
***
放課後、自転車屋に寄り、おっちゃんに頼んで自転車を修理してもらうことにした。
「んじゃ、とりあえず持ってきてくれないか」
おっちゃんはそうのたまった。ちょっと待てい。
「ええー?」
このか弱い私にコンビニまで歩いて行って、自転車を押して戻ってこいと?
「なんだ?遠いのか?」
私は頷いた。
「国道からちょっとこちらのコンビニありますよね?あそこに置いてあるんです」
「なんだ、それならそうと早く言ってくれよ」
おっちゃんは面倒くさそうに首を振った。
「いま、ウチの軽トラは修理に出ててな。すぐには取りに行けないぞ」
「ええー?」
じゃ、どうしろって言うの?ほんとにコンビニまで歩いて行けと?押して来いと?
「悪いな。都合の良い時にでも持ってきてくれや」
「あ、あー」
思わず天を仰いでしまった私は悪くない。
「じゃ、そういうことで」
それだけ言うと、おっちゃんは店の奥に引っ込んでしまった。
「はぁ、とりあえず今日は帰ろう」
バスでも良いけど、なんかもうそれも面倒くさくなってきた。
私はカバンを持ち直すとコンビニに向けて歩き始めた。どうするあてもないけれど。
これはしばらくはバス通学かなあ、なんて思いながらてくてくと歩く。
20分ほどでコンビニが見えるところにやってきた。さて、どうするか。しばらくコンビニに自転車を預かってもらうか。預かってくれるかなあ。
なんて思いながらコンビニ裏へ回る。なんか、店の中はお客で混み合ってるみたいだったし、と内心で言い訳をしてみる。
そして、裏手に回ると私の自転車の脇でかがみ込んでいる人影が目に入った。
泥棒!?
一瞬そう思ったけど、そうでもないらしい。
「そこでなにしてるんです?」
人影は私の声に振り返った。鋭い眼光が私を射貫く。
あ、この人、今朝の人だ。
「遅かったな」
「す、すみません」
反射的に謝ってしまった。あれ?なんで?
「まあいい。とりあえず直しておいた」
「はい?」
直した?何を?あ、自転車?
「簡易の修理材だからそう長くは持たない。あとでちゃんと修理してもらえ。できればタイヤとチューブも替えたほうがいい」
「はあ・・・」
いや、そこまでやったらいったいくらかかるのよ?というか、直した?
私は自転車と男性と交互に目を向けた。タイヤはちゃんとふくらんでいるように見える。
「あの、ありがとうございます?」
「疑問形なのか?」
「だって、直してもらえるなんて思ってなくて」
男性はじろっと私を睨んできた。
「そのままでは困るだろう」
「そ、それはそうですが」
確かにどうするあてもなかったけれど。
「まあいい。気をつけて帰るんだぞ」
男性はそれだけ言うと歩き始めた。え?どこか行くの?え?帰っちゃう?
「あ、あの・・・!」
私は思わず声をかけていた。
「なんだ?」
相変わらず視線が怖い。そんなに睨まないで欲しい。
「あ、あの、いろいろとありがとうございました」
そう言ってぺこりとお辞儀をする。
「気にするな」
その声に顔を上げる。
え?うっすらと笑ってる?
「俺が好きでしたことだ」
え?好き!?
思わずどっきんとなってしまった。か、顔が熱い。
「ん?どうした?」
「なっ、なんでもないです!」
「そうか。じゃあな」
それだけ言うと男性は身体を翻して歩き去ってしまった。
あ、好きって、そういう意味じゃなかったのか。単に好意でってことだったんだ。
何を勘違いしてるんだろう、私。
お読みいただきありがとうございます。