第七話 「三人の思惑」
舞の理不尽なコンボを受けた後、俺は5分ほど気絶していたらしい。
最近の舞は手加減を知らないというか、強くなってきたというか……。
俺は黒羽さんの告白は全くの偶然の産物だと言うことを説明する。
三人とも三者三様の驚き方をしていた。
黒羽さんもどうやら、あの告白の部分から聞いていたらしい。
「それじゃあ、亮介は告白してないって事?」
「ああ」
「良かった〜、リョウ君が告白してなくて」
二人とも俺の説明で納得してくれたみたいだ。
これで一軒落着のように見えたのだが……。
「神崎様、あなたは罪深いお方ですね」
「えっ?」
「一度恋心を持った女性を事故とはいえ、あっさり切り捨てるなんて……
あんまりですわ」
そういって僅かに目に涙を浮かべる黒羽さん。
なんだろう……とてつもなく自分が悪い気がしてきた。
「す、すみません黒羽さん! 俺の配慮が足りないばかりにあなたを傷つけて
しまって! もし俺にできることがあれば何でも言ってください」
その言葉に体をピクリと震わせる黒羽さん。
そして、かすかに微笑んだような気がした。
「神崎様、その言葉に偽りはありませんか?」
「え、ええ。俺にできることであれば」
黒羽さんは扇子をピシャリと閉じた後。
「では、私と付き合っていただいてよろしいですか?」
「なっ!?」
「良いですよね? 神崎様」
「えっ、いや、その」
「駄目です!」
俺がもたもたしていると、渚と舞が同時に却下する。
二人共なぜか怒りの表情。
「黒羽さん! どうしてそうなるんですか!?」
「先程言ったでしょう、私の心がライフルで撃ちぬかれたような衝撃を感じてしまったと。
今でもこの胸の高鳴りが収まらないのです。そして、私は確信してしまったのです。
これは恋をしてしまったのだと」
「そりゃ、あんな歯が浮くセリフ言われれば誰だっておかしくなりますよ」
あー、舞の意見に一票。
言った本人も恥ずかしくて穴に入ってしまいたいぐらいですから。
というより、埋めてください。
「まぁ、どちらにせよ私は神崎様に少し興味を持ちましたから意見を変えるつもりは
毛頭ございません」
「黒羽さん、残念ですけど亮介には彼女がいるんですよ?」
「えっ? 本当ですか神崎様?」
「そうよね〜? 亮介〜?」
舞が俺に目で訴えてくる。
――分かってるわよね? ここであなたが生きるか死ぬか決まるわよ?
と、言わんばかりの凶器の視線が。
俺にそれを拒否する根性はありません、残念ながら。
「そ、そうなんですよ、黒羽さん」
「……どなたなのか教えていただいてもよろしいですか?」
「えっ!? そ、それは……」
「私です」
俺の恋人発言をしたのは、何と渚だった。
「な、渚さん?」
「白鳥さん!?」
「実は何を隠そう私がリョウ君の恋人なんです。そうだよね? リョウ君?」
「あ、いや」
渚が隣に来て俺と腕を組む。
そして、首を傾けて、ねー? と俺に問いかけるような目線。
突然の渚の行動に小声で話しかける。
(いきなりどうしたんだよ?)
(最近、リョウ君の周りに女性が寄り付いてきてるから、ここら辺でハッキリ
させておいた方がいいと思って。人の恋路を邪魔されたくないもん)
すねたような言い方をする渚。
しかし、目の前の二人から異常な様子が伺えるのですが……。
「白鳥さん、一応亮介の恋人は私の筈なんだけど?」
「一応でしょ? 本当の恋人は私だから」
渚の言葉が舞の気に障ったようだ。
舞の周りの空気がどんどん険悪になっていく。
「りょ〜す〜け〜?」
舞さん、遂に最終手段に出ましたか。
渚を説得する事が無理と判断した後、彼女は俺に目標を変えてきました。
うん、あまりに素早い的確な判断です。
「あ、いやその……」
「どうやらリョウ君もあなたのような暴力女はこりごりみたいよ? そろそろ
分かったらどうなの? リョウ君は私のようにしとやかな女性が好みだって
事に」
渚がフフンと、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
しとやかという部分がちょっと今の渚に当てはまるかどうかが気になる。
「な、何言ってるのよ! あなたが亮介目当てでこの学校に来たの
知ってるのよ! なにがしとやかな女性よ!」
「! ば、馬鹿!」
「えっ?」
今この状況で一番言ってはならない言葉を喋ってしまった。
俺は恐る恐る黒羽さんの顔を見ると。
柔和な笑顔から一転、身も凍るような鋭い眼差しを見せる顔に変化していた。
「……今の言葉、詳しくお聞かせ願えないかしら? 舞さん」
「えっ?」
「だ、駄目だ舞! 喋ったら俺の命が……あ」
しまった。
咄嗟に俺は口を塞いだが、時既に遅し。
俺は自分で自分の首を絞めてしまったのだ。
勘の鋭い黒羽さんは今の言葉でピーンときたらしく、流し目で俺の方を見る。
「成る程、全てつじつまが合いましたわ。どおりで渚さんと親しくしている訳で」
「いや……その」
「本来なら海の藻屑となっていただく予定でしたが、それはそれで楽しくなって
来たからいいですわ」
「へっ?」
とりあえず海の藻屑にならなくて済んだ事にホッとするものの、その後の
発言が気になる。
それはそれで? どういう意味だ?
「これから楽しみですわね」
「えっと……なにがですか? 黒羽さん?」
「神崎様は分からなくて良いのですよ、「私達」の事情ですから」
俺は黒羽さんの言葉に首を傾げる。
この時、俺は気づいていなかった。
俺の周りの人達の空気はすさまじい修羅場と化していた事に。