第六話 「誤解です」
黒羽さんの家を後にした俺は一人ぶらぶらと駅前の商店街へと足を運ぶ。
折角一人になれたのだから、ここらで気晴らしに……。
「ちょっと、そこのお兄さん」
「?」
声のするほうを振り返ると、そこには椅子に座った70代ぐらいのおばあさんがいた。
目の前のテーブルの台座に水晶球が置いてあり、横には『占い一回 千円』と書かれた札が
置いてあった。
「お兄さんって俺の事ですか?」
「そうそう」
「俺に何か用ですか?」
「お兄さん、何かおもしろい運勢してるね。特別に無料で占ってあげるよ」
そう言ってしわしわの顔で満面の笑顔を作るおばあさん。
むぅ……本来なら千円払う所を無料とは、意外と太っ腹だ。
俺はタダと言う言葉に惹かれてしまい、おばあさんに占ってもらう事にした。
最近の朝の占いは酷いものだから、ここらで良い結果を頂きたいものだ。
「さて、お兄さんは何を占って欲しい?」
「えっと……それじゃあ、明日は何事も無く普通に暮らせるかどうかを」
「なんだい? そんな事でいいのかい?」
「ええ、まあ」
おばあさんにとってはそんな事かも知れないが、毎日なにか起こっている俺にとっては
非常に重要な事なんですよ。
おばあさんは少し不満そうな顔をした後、水晶球に手をかざす。
なにやら胡散臭い呪文を唱え、何度も何度も念入りに手をかざした後。
「こ! これは!?」
「えっ? ど、どうしたんですかおばあさん」
やけに驚いた顔をするおばあさん。
何? やっぱり明日も何か起こるのですか? 俺は普通に暮らせないのですか?
「とりあえず大丈夫じゃ。明日は普通に暮らせるぞい」
「えっ? とりあえず?」
「うむ。明日は一つだけ注意すれば何事も無く暮らせるぞい」
「その一つとは何ですか?」
「『誤解をまねく言葉』を発しない事じゃ」
「……はぁ」
何だ、そんな事でいいのか。
とりあえずほっと胸を撫で下ろし、占ってもらったお礼を言ってすがすがしい気分で
家に帰った。
◆
翌日、何時ものように学校に辿り着くと教室の異様な気配に気づく。
教室に居る男子が机でぐったりと倒れている。
「よ、よお亮介」
げっそりとやつれた正輝が俺に話しかけてきた。
「おい、正輝何があったんだ? 集団食中毒か?」
「いや、そうじゃない。ここで倒れているのは全員黒羽さんに告白して
ふられた奴らだ」
あらら、そりゃ災難だったな。
しかし、振られただけにしてはやけに酷い有様だ。
全員グロッキー状態だし。
「本当に振られただけなのか?」
「ああ、ただ振られた際の言葉が容赦なくてな……全員心を粉々にされた感じだ」
「どんな言葉だ?」
「き、聞くな! 思い出したくも無い!」
そういって、ガクガクと震えながら机に伏せる正輝。
一体どんな言葉をかけられたというのだろうか?
朝のHRを告げる予鈴が鳴り響く。
そして教室にはいって来たのは、真に残念な事にルビアだった。
どうやらあの後逃げ切ったようだ。
その後、授業も何事も無く進み、昼休みとなった。
俺は一人ぶらぶらと廊下を歩いていた。
いや〜、一人って何て素晴らしいんだろうと、思っていた矢先の事だった。
「おい、お前が神崎か?」
「え?」
後ろから声をかけられ振り返ると、ガラの悪そうな男が一人立っていた。
はて? 何かした覚えはないのだが……。
「まぁ、そうですけど、何か?」
「放課後に、校舎裏で『権三』の兄貴が一対一で話しがあるらしい。
確かに伝えたで」
それだけ言ってガラの悪い男は立ち去っていった。
なんだ? なんで俺に話があるんだ? というより、権三って誰ですか?
廊下の真ん中で一人考えていると。
「あら、何してるのですか?」
「あっ、黒羽さん」
教室の男全てのハートを粉々にした黒羽さんがやってきた。
「何か悩んでる様子でしたが?」
「ええ、実はさっきガラの悪い男からゴンゾウかゴンタか知らない男から
話があるから、放課後に校舎裏に来いと言われたけど、身に覚えが無いんですよね。
きっと別の人と勘違いしてるんですよね?」
ハハハと、笑い飛ばす俺。
しかし、なにやら黒羽さんの様子がおかしい。
しきりに扇子を開いたり閉じたりしているし、目が泳いでいる……あれ? いや〜な予感?
「あの、黒羽さん?」
「……実は、話せば長いことになりますがよろしいですか?」
「……できれば手短にお願いします」
「実は一人、私が幾らふっても諦めないしつこい男がいまして」
「はい」
「あまりにしつこいので、私には彼氏がいると言ったのです」
「まぁ、黒羽さんぐらい綺麗だったら彼氏いますよね」
「いえ、本当は居ないのですが……それでそのしつこい男が彼氏の名前を聞いてきたのです」
「えっ!? 居ないのにどうやって名前を言ったんですか!?」
「……その、つい頭に浮かんだ男性の名前を」
気のせいかチラチラと俺の方を見る黒羽さん。
頭の中で欠けたピースがぴったりとはまりました。
……要するにだ。
「もしかして俺、とばっちり食らったって事ですか?」
「……はい」
衝撃の事実。
どうしてこう不幸がつづくのですかね、俺は。
「申し訳ありません、私が名前を言ったばっかりに」
何時もの強気な黒羽さんとは違い、その声からは元気が無かった。
本当にすまないと思っているのだろう。
「だ、大丈夫ですよ。向こうも話せば分かってくれますよ」
「しかしですね……」
「黒羽さんが心配する必要はないですよ。そうだ、俺がそいつにガツンといってやりますよ
黒羽さんに付き纏うなって」
「……」
そして、放課後になって校舎裏――。
俺の目の前にはとんでもない時代遅れの天然記念物が居た。
体格は大柄で、学生服のボタンを全て外して胸元のTシャツが丸見え。
丸太のような太い腕で腕を組み、足にはなぜか下駄。
歳は……30? いやそれは無いとは思うが、それぐらい老けている巨漢がいた。
「お前が神崎とか言う奴だっぺか?」
野太い声で面白い喋り方をする天然記念物。
「ああ。そういうあんたがゴンタか?」
「権三だ! ちゃんと覚えておけだっぺ!」
「あ、すまない。ところでなんで俺をこんな所に?」
「決まってる、黒羽ちゃんと別れてもらう為だ」
く、黒羽ちゃん? ごっつい見かけによらず、なよなよした言い方するな……。
「あ〜、申しわけないんだけど、俺は黒羽さんとは付き合ってないんだ」
「な? 何〜!?」
「あんたがしつこいからそういう言い方しただけで、だから……」
「ぬぉ〜、こうしちゃおれん! すぐに愛の告白に行くだっぺ!」
おい、人の話まったく聞いてないだろ。
俺を無視して再び黒羽さんの所に向かおうとするゴリラ。
「待て! だから黒羽さんはアンタの事が嫌いなんだって!」
「嫌い嫌いも好きのうちと言うだっぺ!」
「そりゃ嫌よ嫌よだ!」
「おでのどこが嫌いだって言うんだっぺか!?」
だー! このゴリラはあー言えばこー言うよな!
俺は必死にゴリラを押さえつける。
「も、もしかしておでの告白の言葉がいけないのか!?」
いや、多分全部です。
なにやら座り込んで頭を抱えて悩みだすゴリラ。
「お前、神崎とか言っただっぺか?」
「えっ? ああ……」
「もしもお前が黒羽ちゃんに告白するとしたら、どういう風に言うだっぺ!」
「いや、急にそんな事言われても」
「もし、おでが納得するような言い方が出来れば、おでの負けできっぱり黒羽ちゃんの
事は諦めるっぺ」
「……本当に?」
「ああ! 男に二言はないっぺ!」
そう言って鼻息を荒々しくあげるゴンタ。
このゴリラが納得するほどの告白の言葉ね〜……。
しばらく考え込んだ後。
「そうだな〜、例えば……」
「なんだっぺ?」
「黒羽さん、あなたを初めて見たときに衝撃が走りました。
風になびく絹のように滑らかな黒髪、陽光に照らされて光る白い肌。
あまりに洗練されたその美しさに俺は胸を打たれました。
こんなみすぼらしい俺ではあなたのような女神には到底不釣合いでしょう。
けれど、あなたに対する俺の気持ちは世界中の誰にも負けないつもりです!
黒羽さん! どうか俺と付き合ってください! ……かな?」
俺の言葉にゴンタは目を丸くしていた。
自分でもあまりにくさすぎる言葉に少々恥ずかしさが込みあがる。
「ま、参りました!」
「へっ?」
突然俺の目の前で土下座をするゴンタ。
あまりに不可解な行動。
そんなに今の言葉が効いたのか?
「お、おでの負けだ! そのあまりに歯が浮く言葉は勿論の事、それをまさか本人の前で
いえる度胸に完敗だっぺ!」
「そうか、そうだろう。なんたって本……えっ?」
俺の体から一気に血の気が引いていく。
激しく嫌な予感がするので、咄嗟に後ろを振り向くと。
「く……くろは……さん?」
そこには何時の間にか黒羽さんの姿が。
彼女はビックリした顔で茹でたタコのように頬が真っ赤に染まっていた。
「ち、違います! これには訳が!」
「お前は男の中の男だっぺ! おでもお前なら黒羽ちゃんの事を諦めれるっぺ!」
そういって号泣するゴンタ。
だー! 元はといえばお前のせいだろうが! お前の!
そして、真っ赤にした顔で校舎のほうへと走る黒羽さん。
「ちょっと待って! 黒羽さん!」
俺も黒羽さんを追いかけて校舎の中へ入っていく。
あの様子だと絶対誤解してる。
俺はあたりを見回して黒羽さんを探していると。
「リョウ君!」
「渚!?」
廊下の向こう側から俺に駆け寄ってくる渚の姿があった。
周りに人がいないためか、呼び方がリョウ君になっていた。
「丁度良かった、黒羽さんをみかけ……」
「リョウ君が朱音に告白したって本当なの!?」
……何で知ってるんですか? まだ5分も経っていないのですが?
「えっと、誰から聞いた?」
「ルビから」
あ、あのメイド〜! 何時からあの場所にいたんだ!?
まずい事になった。
あのメイドの事だからだれこれ構わず言いふらしそうだからな。
そう、例えば今向こうから砂煙を巻き上げて廊下を走ってくる人も絶対あのメイドに
吹き込まれたに違いない……それが誰かは言うまでもないだろう。
俺達の前ですさまじい人間ドリフトを見せ付けてくれる舞さん。
「亮介! 一体どういう事!? 黒羽さんと婚約したって聞いたわよ!?」
って、さらに悪化してるし!?
凄い形相で俺を睨む二人の女性。
「亮介……あ、アンタって人は」
「待て! 違う! これには海よりも深い訳があるんだよ!」
「リョウ君、私との婚約はどうするの!?」
「いや、それはしてないから」
ギャーギャーと廊下で騒いでいると。
「あの……」
「!? く、黒羽さん!」
何時の間にか黒羽さんが俺達の側に来ていた。
俺達三人は石の様に硬直する。
だが、これは意外にラッキーなのかも知れない。
ここで俺が先程の告白まがいの事を黒羽さんにズタズタに言われれば丸く収まる。
まぁ、俺のガラスのような心が持つかどうかが問題ですが。
「あ、あの……」
喉がゴクリと鳴る。
とりあえず最悪の言葉を連想する。
死、最低、ゲス……ああ、考えるだけで涙が出てきそう。
「あれほどの告白は生まれて初めて聞きました。あんなに堂々と
惜しげもなく恥ずかしい言葉を……」
「す、すみません! 実はあれは……」
「……いいですよ」
「へっ?」
「だから、私と付き合いたいというのでしょ? あの言葉、
私は胸をライフルで撃ちぬかれたような衝撃を受けました。
あなたの告白をお受けいたしますわ」
黒羽さんの意外……いや、ありえない返事にその場に居た俺達の時が止まる。
そして、一回俺達は顔を見合わせた後。
「え〜〜〜〜〜!?」
全員絶叫。
「ど、どうするの!? リョウ君!?」
あまりの異常事態に、俺の胸倉を掴んでガクガクと揺さぶる渚。
「お、落ち着け! 落ち着け渚!」
「し、信じられない! どうしてこう面倒事ばっかり亮介の周りで起こるわけ!?」
「こっちが聞きたいよ!」
「黒羽さん、あなたを初めて見たときに衝撃が走りました。
風になびく黒い絹のように滑らかな髪、陽光に照らされて光る白い肌。
あまりに洗練されたその美しさに俺は胸を打たれました。
こんなみすぼらしい俺ではあなたのような女神には到底不釣合いでしょう。
けれど、あなたに対する俺の気持ちは世界中の誰にも負けないつもりです!
などと言われれば……幾ら私といえども」
俺のセリフを一言一句間違えず完璧に暗記していた黒羽さん
そのくさすぎるセリフが二人の堪忍袋の緒を切るきっかけとなった。
「りょ、亮介! よくそんな歯が浮くようなセリフ本人の前で言えたわね!」
「だから誤解だって言ってるだろ!」
「誤解でそんな恥ずかしい事言えるわけ無いでしょ!」
真っ赤に頬を染めて怒鳴り散らす舞。
いや、本人が何時の間にか居ただけです。
「……いいな〜、私も言われてみたい(ボソッ)」
「ん? 今、何か言わなかったか渚?」
「えっ? な、なんでもないよ」
「この……馬鹿! 馬鹿! 亮介の馬鹿ー!」
馬鹿を言うたびに正拳、裏拳、アッパーと華麗に俺に決めてくる舞。
バレー部にしておくのが惜しいほどのキレのある拳。
そして、言うまでも無く俺はその理不尽なコンボで倒れる。
意識が薄れてゆく中思い出した言葉は……。
"誤解をまねく言葉を発しない事じゃ"
なるほど……当たってましたよ、おばあさん……ゲフッ。