おまけ 「後日談」
この話はオマケ話です。最後まで読んで無い方はネタばれしてるので読むの控えてね(つд`)
「……暑いなー」
夏の強い日差しが射し込むN県のとある駅前、一人の男性が姿を現す。
見た目は三十台の中年男性。茶髪に無精ひげ、服はグレーのスーツを着ているのだが、上は
あまりの暑さに片手で持ちYシャツ姿。
口には先が折れたタバコを銜えており、額に滲んだ汗を袖で拭いながら辺りを見渡していた。
◆◆
俺の名前は「新宮 一都」職業はジャーナリスト。
俺の担当する記事は主に有名人の秘密、いわゆるスキャンダル的なもので、俺が
わざわざ遠いN県にまで足を運んだのも仕事の為だ。
「さてと、今回の目標は……」
何時も持ち歩いているメモ帳を取り出し、今回の仕事について思いふける。
―― 一年前、関係者はこの話題でもちきりだった。何しろ世界的な大企業のお嬢さまと
訳のわからない平凡男性が結婚したというのだから。
結婚も知人だけの質素なものだったらしい。
当然、この結婚に疑問を持つ奴、記者なども沢山いた。……つまり。
“――必ず叩けばホコリが出る”
結婚した後はかなり騒がれた。俺と同業の奴もかなり追っかけしたり、訊ねたりと
したらしい。
だが、ここからが一番俺がこの仕事をやるに当たって興味を惹く事だ。
かなりの数の記者やゴシップ記事などで騒がれたが、すぐにそれらはパタッと途絶える。
俺は記者の中で結婚した奴らに会ったという記者に話を聞いてみた。すると。
“……彼らは強い愛で繋がっている。そこに俺たちのような面白半分が入る余地なんて無い”
はっきりとそう断言しやがった。
バカが、今時そんな事があってたまるか。
俺が思うに相手はかなりの話上手だ。そこまで記者に思わせるほどなのだから。
そうやって大企業のお嬢さんも手込めにしたという訳だろう。
思いにふけっていると、突如ズボンの中にしまっている携帯が鳴り響く。
すぐさま取り出し、携帯の画面を見ると会社からだった。
「もしもし?」
『新宮君かね? 私だ』
「あー、編集長ですか。どうしたんですか? 俺に電話なんて珍しい」
『何、君はあの“白鳥”を記事にすると言っていたじゃないか。楽しみにしているよ』
「編集長、もし俺がスキャンダル掴んだら……」
『判っている。一面に載せるのは勿論の事、臨時ボーナスも約束しよう』
「……そう言っていただけるとこちらもやる気が出るというものですね」
電話を切り俺はタクシー乗り場へと足を運ぶ。
タクシー乗り場には何台もの空車が俺を待っており、その一台に乗り込む。
「悪い、この住所まで連れて行ってくれ」
俺はタクシーの運転手に住所が書かれた紙切れを一枚手渡す。
それを見た運転手は僅かに頷いた後、車を走らせる。
何分か走った後、目的の場所へと辿り着く。
タクシーから降りた俺の目の前に現れたのは天を目指すようにそびえる大きなビル。
そのビルに足を踏み入れる。
回転ドアを入ると、清潔で広々としたロビーが姿を現す。目の前には受け付けがあり、
そこに二人の女性社員が立っていた。
俺はその受付け嬢のほうへと歩く。
「すみません、少しお尋ねしたい事があるのですが……」
「はい、何でしょうか?」
「実は私、こういうものでして」
受付け嬢に名刺を手渡す。すると何やら不思議そうな顔をする受付け。
「……Y社の記者さん?」
「ええ、しがない記者です。実は少しここの社員さんとお話したい事が……」
「アポの方は?」
「いえ、ありませんね」
「申し訳ありません、アポの無い方はご遠慮願うしか……」
「ありゃー、門前払いって事ですか? それは少し厳しすぎやしませんか? 少し
掛け合ってもらってもらえませんかね?」
「ですが……」
「そこを何とか。このままだと編集長に叱られてしまうんですよ。ね?」
俺の頼みごとに渋々受付け嬢は連絡用の受話器を取る。
「あの、どなたとお話がしたいのでしょうか?」
「えっと神崎……じゃなかった、白鳥亮介という
社員と話がしたいのですが」
その言葉に受付け嬢二人の表情が変わる。その表情から見て取れるが、かなり
俺たちのような記者によって迷惑がかかっているようだな。
少し警戒したような様子で連絡を取る受付け嬢。そして受話器を置いた後。
「申し訳ありません、今営業の方で居ないようです」
「ほぅ、そうなんですか?」
「ハイ。ですからお引取りを……」
「いえ、ご心配なく。ここで待たせてもらいますよ」
「えっ!?」
記者というのは特ダネのためなら幾らでも時間を待つ。
俺はロビーに設置されてあるソファーに腰をかける。
そして飲み物片手に目標が帰ってくるのを待った。
それから三時間程経っただろうか? 一人の青年が疲れた様子でロビーに入ってきた。
短い黒髪に好青年を思わせる円らな瞳と雰囲気。グレーのスーツに鞄を片手に持っていた。
俺はその青年を見てゆっくりと近づく。
「……白鳥亮介さんですね?」
「えっ? そうですけど、貴方は?」
「こりゃ失礼、私こういうものです」
そう言って名刺を差し出すと、相手も慌てて名刺を取り出し交換をする。
「新宮一都さん……ですか」
「ええ。しがない記者をやっております。少しお話がしたいのですが」
「ちょっと待ってください、上司に掛け合ってみますので」
そう言うと目標は受付け嬢の連絡用の電話で話をする。
コイツが白鳥亮介……一見何処にでも居る普通の青年だな。しかし、人というのは
見かけによらないと言う。
こんな奴でも実は裏で何をしているのか分かったものじゃないからな。
しばらくして、上司との話を終えた目標が俺に駆け寄る。
「どうでしたか? 上司さんのほうは?」
「ええ。何とか時間をもらえました。ですがあまり時間が無いので、申し訳ないですが
会社の中にある一室でもよろしいでしょうか?」
「ええ、全然こちらは構いませんよ」
目標に案内されてエレベーターに乗り込み、三階にある空き室へと案内される。
中は資料室のようで幾つもの棚が並んでおり、その奥に机が置かれていた。
そこに腰をかける俺と目標。
「あの、話というのは?」
「ええ、実はですね……今頃とおもうかも知れませんが、二人のご結婚の事で
二、三伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ。全然大丈夫です」
その言葉に些か拍子抜けだった。
少しは警戒するかと思いきや、全く動じず笑顔で対応する目標。
どうやらよほどの自信があるようだな。
「ではお言葉に甘えて。あなたは妻である渚さんとは何処でお知り合いに?」
「子供の頃近所で遊んだ事がありまして、そこで。後は高校になるまではあって
いませんでした」
「ほぅ? それはまた凄い運命的な出会いですね」
「ええ。それから付き合い出して今に至るわけです」
「……付き合った、と」
俺は今の話を手帳に書き殴ったような字で書き記す。
しかし、俺が聞きたいのはそんなありふれた話じゃない。裏だ。
つまり、どうしてそんなお嬢さんと付き合う事が出来たのか?
「しかし凄いですね、大企業の白鳥のお嬢様とお付き合いしていたなんて。どうすれば
そんな風に付き合う事ができるのか、ぜひコツというものを教えて頂きたいものですね」
「コツ?」
「ええ。例えば、秘密を握るとか……」
俺の悪態に目標の顔色が変わる。ここで乗ってくるようであればこちらとしてもやりやすい。
何しろ頭に血が上った状態は相手を手玉にとりやすいからな。
「記者さん、それはどういう――っと?」
突然部屋に流れる着信音。どこからかと思っていたら目標があわてふためきながら
ポケットに忍ばせていた携帯電話を取り出す。
携帯の画面を見た目標は何やら困ったような表情をする。
「記者さんすみません……少し時間いいですか?」
「? ええ、どうぞ」
そう言うと目標はすぐさま電話に出る。俺はその間にタバコで一服しようと胸ポケットに入れていたクシャクシャのタバコを取り出し、一本口にすると。
「もしもし、渚何かあっ――」
『おそーーぉおおい!』
突然スピーカーを通して出たような大音量の声が電話から出てくる。あまりの大音量に
思わず耳から電話を遠ざける目標。
近くにいた俺でも目が点になるほど大きな声だった。
「な、何が遅いって言うんだよ渚! ……え? あ、覚えてるよ。だから今日は早く帰る
つもり……えっ? 今から帰って来て? 無理だってまだ仕事が……あ、もしもし?
もしもーし!」
目標の話し方からしてどうやら向こうが一方的に話して電話を切ったようだ。
肩を落として電話を切る目標。
「すみません記者さん、これから家に戻るので話の方はまた後日……」
「えっ? 仕事の方はどうなさるつもりですか?」
「まぁ仕事の方は残念ながら大人の事情……というよりワガママでおそらく大目に
見てくれると思います。それでは」
そう言って鞄を持って立ち去ろうとする目標。冗談じゃない、ここまで来て手ぶらで
帰れるかって言うんだ。俺はすかさず目標の腕を掴んだ。
「待ってくださいよ、こっちもこのまま帰ったら編集長に叱られてしまうんですよ」
「けど……」
「そこを何とか! お時間頂けるなら何処にでもついていきますから!」
俺がしつこく喰らいついていると、目標はしばらく悩んだ後何かを思いついたようだ。
「じゃあ、一緒に家まで来ますか?」
「……へ?」
あまりに予想だにしていなかった言葉に思わず目が点になる。一瞬躊躇するものの、
これはチャンスだ。
目標の自宅に行けば時間に気にする事無く質問が出来るし、目標の妻も居る筈。二人から
事情を聞けるなど一挙両得ではないか。
「良いのですか?」
「ええ、勿論。今日はちょっと特別な日ですしね」
「?」
それから会社を出て目標の自家用車へと乗る。車には少し頼りない若葉マークが
貼られていた。
気がつかなかったが、外は既に日が沈みかけていた。車に乗って家へと戻る間、目標は
俺に絶えず話しかけてくる。
付き合いが長かった知り合いの事、もうすぐ従姉が結婚する事、今の自分の仕事など。
俺には全く興味が無い話だったので適当に話をながしていた。
目標の車は街中を抜けて郊外の森へと入って行くと、その先にどう考えても不自然な
鋼鉄の門が姿を現す。
目標は門にIDカードを通すと自動で門が開いていき、そこに思わず見上げるほどの
豪邸がそびえ立っていた。
車を置いて大きな玄関にたどり着くと、何故か目標は家に入らずインターホンを二度鳴らす。
「何故インターホンを?」
「えっ? まぁ、ちょっと訳ありで……」
インターホンを鳴らして少し間を空けた後、普通に玄関へ入って行く目標。意味不明な行動に首をかしげながら目標について行く。
そして中に入った途端。
「お帰りー!」
目標が中に入ると同時に女性が目標に抱きついてきた。
あまりに突然の出来事に思わず開いた口が塞がらない。
女性は背中の辺りまで伸びた金色の艶やかな髪。目元はパッチリ二重で、理想的な
緩やかな曲線を描く輪郭。
かなりの美人だがもしかしてコイツが……。
「な、渚! ちょ、ちょっと待った!」
「ん? 何?」
「う……後ろにお客さんが来てるんだよ」
「え?」
顔を真っ赤にした目標の言葉を聞いた途端、女性は目標から素早く離れる。
「え、えっと……リョウ君……じゃなかった、貴方オカエリなさい。今日はトテモ
早かったわね」
ギクシャクとロボットのようにカチカチの動きをしながら面白い喋り方をする女性。
あまりにも慣れていなさそうな動きを見る限り、先程の抱きつくのが本来の彼女のようだな……。どうやらこの女性が目標の妻のようだな。
「た、ただいま。後ろに居るお客さんは記者さんで何やら話しが聞きたいらしいんだ」
「ほえ? 記者さん?」
「お邪魔して申し訳ありません、新宮と言います。旦那さんに無理言って家の方に
寄らせていただきました」
俺はペコリと目標の妻さんに一礼する。だが、妻の方は何故かボーっとしているだけで返事をして返さない。
「あの……どうかなされましたか?」
「えっ? あ、すみません。私は白鳥渚です。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる目標の妻。
参ったな、満足に挨拶もできない女性だったとは。だが愚痴を言っても仕方あるまい、俺は
ただこの二人の内情とスキャンダルになりそうなネタが手に入ればそれで十分だからな。
無闇に付き合う必要も無い。さっさと終わらせよう。
「玄関に居るのも何ですから部屋へ案内します。どうぞ……」
目標が部屋への案内役を買って出てくれた。俺は目標について行き部屋へと
向かおうとした時。
「おや? 今日はやけに早いお帰りですね亮介様」
突然後ろから嫌味っぽくも澄んだ声が聞こえてくる。振り返るとそこにはメイド服を
着た女性が立っていた。
金色の長い髪に、宝石のように青く輝く目が特徴的な二十台程の女性。彼女から気のせいか
独特の雰囲気を感じ取る。
「ルビアか……まぁ、ちょっと事情があって」
「……もしやまたお嬢様ですか?」
そのメイドからの言葉に目標は黙り込む。メイドはそんな目標の顔を見てとてつもなく
長いため息をついた。
「お嬢様! あれ程自分の都合で勝手に亮介様を帰宅させる事はしないようにと言った筈
ですが!?」
「うっ……こ、今度から自重するから、ね?」
「その言葉はこれで五回目ですが? 自重と言うより、禁止です。分かりましたか?」
「い、良いじゃないちょっとぐらい大目に見てくれても」
「もう十分大目にも多めにも見ました。全く……亮介様もお嬢様に甘すぎます。これでは
白鳥の跡継ぎとしてやっていけませんよ?」
傍から見ていると雇われているメイドの方が圧倒的に立場が上のような気がするのは気のせいか? 何にせよ、賑やかな事この上ないな。
それからメイドは二人に説教のような言葉を浴びせていると、ふと俺と目が合う。
「おや? 貴方は一体誰ですか?」
「申し遅れました、新宮と言います。今はしがない記者をやっていまして、今日は
旦那さんに少しお話が会って此処に訪れたわけで……」
「帰りなさい。今すぐ」
ビシッと言いにくい事をハッキリ言ってくるメイド。
参ったな、経験上これは少々骨が折れそうな相手だ。
「そうは言いますが既に旦那さんから許可は頂いていまして」
「貰っていようが無かろうが関係ありません。直ぐにお引取りください」
「ですがこのまま手ぶらで帰るとこちらも上司に怒られるのですよ」
「わかりました、それでは今すぐ手土産を渡しますから、それで」
「いや、そうじゃなくて。少し旦那さんにお話を聞くだけですから」
「お断りです」
駄目だこれは……聞く耳を持ってくれない。断固として意思を曲げない
メイドに、俺はたまらず視線で目標に助けを求める。
「少し話すぐらい良いじゃないかルビア」
「だーめです! 亮介様は何も分かっていらっしゃらない! 以前お嬢様とあなたの
関係を面白がってやって来た記者の山をお忘れですか!
彼らは昼夜問わず門の所で待ち伏せしたり、折角掃除をしたというのに
土足で屋敷に上がりこんだり……! 最早あれは人間ではありません、ハイエナです!
ああ……! 思い出すだけで身の毛がよだちます!」
わなわなと肩を震わせて親の敵を見るような目で俺(記者)を睨むメイド。よっぽど
嫌な目にあったようだな。
「ルビアの気持ちは分からない事も無いけど、今回はこの人だけじゃないか。
何、話せば分かってくれるよ」
「そうでしょうか? 根も葉も無い事をツラツラと書き記すのが記者ではないですか?」
「ご心配なく。俺はゴシップ記者では有りませんし、嘘を書くようなことは絶対にしません」
そう言うとメイドはムムム、と唸るような声を出してしばらくの間悩み込む。そして。
「わかりました、ここは亮介様の言うとおりにしましょう。ただし、真実を書くことを
約束していただけますか?」
「勿論。何なら神にでも誓いましょうか?」
胸で十字に切ってアーメンと祈るような真似をする。それを見たメイドはハァ、と何処か
呆れた様子。
「そんな事は良いですから、早く用事を済ませて帰っていただけたら幸いです」
「そりゃ失礼。それじゃあ此処で立ち話も何ですので何処か部屋を貸して頂けたら
嬉しいのですが……」
「……こちらです」
メイドが嫌そうな顔をして案内をしてくれる。
メイドの後ろについていく三人。屋敷の中は外見から分かっていたものの非常に豪華
絢爛な内装が施されていた。
例えるなら中世のヨーロッパの城内と言った方がピッタリか。
そうやって迷子になりそうな城の通路を歩いている途中、メイドが目標たちに話しかける。
「お嬢様、今日のパーティーは何時ごろから始められますか?」
「うーん……今何時?」
「午後の四時半を少し過ぎた頃です」
「じゃあ五時で良いわ」
「――な!? ちょ、ちょっと待ってくれ!」
話の内容を聞いて堪らず割って入る。五時!? たった三十分で話を切り上げようって腹か!
「お……奥さんには悪いんですがもう少し時間頂けないでしょうか?」
「そうは言われても……もうパーティの料理も作ってもらってるし」
「えっ!? もう作っていたんですか!?」
「リョウ君……じゃない、夫が帰ってくる頃を見計らって進めていたものですから……」
話をしたいと言っても全然反論しないと思っていたらこういう事だったのか……。
この奥さんもしかして結構計画的?
しかしそうなるとこっちは困った事になる。どうすればいいか悩んでいると、ある妙案が
浮かび上がる。
「わかりました。パーティーが有るのでは仕方ありませんね」
「申し訳ありません、てっきり夫一人だと思っていたもので……」
「では、私もそのパーティーに参加してはいけませんかね?」
「えっ!?」
「パーティーの間インタビューなどさせていただけたらこちらとしても記事になりますから」
「ですが……」
なにやら恥ずかしそうに俯く目標の妻。なんだ? と思っていると他の二人もなにやら
困ったような表情をしている。
「やはり参加は難しいですか?」
「いえ……その……実はパーティーと言っても参加する人は私を含めて三人しかいない
のですが」
「……へ?」
「実は今日妻の誕生日なんです」
――迂闊だった。てっきり何十人もが参加する豪華なパーティーかと思っていた。
それじゃあインタビューも何もあったものじゃない。
「そ、それは好都合ですよ。お祝いさせていただける上に、お話も聞けるじゃないですか。
是非参加させて頂けませんか?」
俺の押しに参ったのか、目標たちは参加を承諾してくれた。しかし、メイドだけが
俺を見る目が違う。その目は何処か“あーあ、知りませんよ? 後悔しますよ貴方”と
言っているようだった。そこまで毛嫌いするのか?
と思っていたが、実はそうではなかった。
この後、誕生日パーティーに参加した事を俺はメイドの視線の通り深く後悔することになったのであった。
屋敷内の部屋の一室。広さはざっと二十畳ほどある洋室で、目の前のテーブルには豪華な
食事の数々が並んでいた。
そして午後五時パーティーは何事も無く開始する。
グラスに注がれたワインを飲み、食事を楽しむ。色々とあってこんな事になってしまったが、とりあえず話を聞ける状況にまでには進展した。
後は二人から馴れ初めを聞き、スキャンダルに繋がる秘密を暴くだけなのだが……。
「ほら渚、あーん」
「あーん……うん、美味しいリョウ君。じゃあ今度は私から……」
目の前で繰り広げられる三文芝居。このイチャつくバカップルをどうにかして欲しい。
何の罰ゲームだこれは? かれこれ三十分位同じ事を繰り返してそれをずっと見せ付けられる。正直頭の血管が切れてしまいそうだ。呆れた顔で見る俺とメイド。
「……なぁメイドさん」
「……はい、なんでしょうか?」
「この人達、何時もこんな事してる訳ではないんだよな?」
返事なし。それは否定では無く、肯定と受け取っていいのだな? さっさと話に
移りたいのだが、この二人の間に割り込む隙間が見当らない。
仕方ないので、わざとらしく咳払いをした後。
「あー、熱い、熱いですねお二人さん」
ヒュー、と口笛を吹く。わざと盛り立てて羞恥心をかきたてる行動をとったのだが……。
「えっ? そんなに暑いかな? ルビ、空調ちゃんと効いてる?」
いや、そうじゃないって! この奥さん天然なのか!?
俺の行動を全く理解できておらず、おかしいな? と呟きながら冷房のリモコンをとって
本気で室温を下げようとする目標の妻。
「あ、あの温度を下げなくて結構です……」
「えっ? でも暑いって……」
「いえ、何だかとても涼しくなってきました。ですからお構いなく」
……いかんな。目標の奥さんと話していると何か話がズレる。このままでは埒が明かない、
ここはひとまず外堀から埋めていくか。
俺は一旦目標との会話を諦めてメイドさんと話をする事にした。
「メイドさんはこの二人とは良く知っている仲で?」
「ええ。お嬢様と亮介様が付き合う頃から知っています」
――ビンゴ。これは思わぬ収穫だ。下手に目標と話をするよりも良い情報がきけそうだ。
「あの良かったら少々二人の事についてお聞きしても宜しいですか?」
「……ええ、構いませんよ。どうせ話をするのであれば隣に部屋が空いているのでそこで
どうですか」
「それは良いですね」
何と言う僥倖だ、二人きりとなれば難しい問題も根堀葉堀聞きだせる。所詮このメイドに
とってはこの二人は他人事だ、おもわずポロッと不味い事も言ってくれるかもしれん。
そうして俺はメイドに連れられて隣の部屋へと移る。隣の部屋も先程居た部屋よりかは
狭いが十分な広さと豪華さがあった。
中央にテーブルを挟んで対面向きに設置されたソファーへと互いに向かい合うように座る。
「さて……では早速ですがお二人はどうして付き合うようになったのですか?」
「好きだからでしょう? それ以外に何かありますか?」
「いえいえ……それは確かにそうですが、ほら、あんな平凡な青年が大富豪のお嬢さんと
結婚なんて夢物語のようじゃないですか。お嬢さんには他にも選択肢があった筈でしょ?
是非そこの所を詳しくお聞きしたいのです が……」
「良いでしょう。……ですが、貴方の望んでいるような返答ではないですが良いですか?」
「へ? それはどういう意味で?」
「とぼけなくても結構です。あなたはどうせ二人の釣り合わない結婚に疑問を抱き
何らかの秘密があると踏んでこうして訪ねて来たのでしょう。
そうですよね、新宮一都さん」
「――メイドさん、私は名前まで言った覚えはありませんが?」
「あなたは結構有名ですからね。スキャンダル専門で、○○社お抱えの記者さん。
スキャンダルネタの扱いに関してこの人の右に出るもの無しと言う噂までありますから」
フッ、と口元が微かに笑うメイド。……こいつは参った、何が目標に話を聞くより簡単だ。
勘違いも甚だしい。
このメイドは俺のことを全て知っていた。だからこそあの場で話をせずにこうして
別室へと連れて来たのだろう。
「……だとしたらどうするというんです?」
「別に。どうともしませんよ、ただ私は貴方に真実を話すだけです」
「え?」
「貴方はそれが聞きたいのでしょう? 亮介様とお嬢様が付き合う馴れ初めから今に
至るまでの軌跡が」
「……本当に真実を?」
「ええ。ですが貴方が本当に真実と思うかどうかですがね」
真っ直ぐに俺を見るメイド。上等だ、これでも俺はプロ。相手の嘘や矛盾を指摘して
暴くのも手馴れている。
俺はメイドの言葉に頷く。
「それでは話をするとしましょう。……そうですね、まずお嬢様と亮介様が初めて
会ったときから――」
それからメイドの話が始まった。
初めは嘘を暴こうと躍起になって聞いていた。……が、内容がまたとんでもないものだった。
お嬢さんは不治の病気持ちで、それを隠して高校時代目標と会う。お嬢さんは病気を告白すれば変に気を使われる事を嫌い、また目標に迷惑を掛けたくない一心だったと。
そして目標は目標でお嬢さんの事に気を使い好きであるのにも関わらず自分の気持ちに
気づかないフリをしていたと。
両者が両者、相手の幸せを思うが故のすれ違い。
が、お嬢さんの体に異変がありこの街を去ろうとした時、目標が自分の気持ちに素直になり
二人は結ばれたと。
正直どこの作り話だと疑うような内容だが、メイドの話に指摘する場所も矛盾も見られない為、先程の真実を語るといった言葉に嘘はないようだ。
「数多の障害を乗り越えてきたあの二人の愛に嘘はありません。まぁ、あなたのような
記者さんには恋人もいないでしょうから分からないかもしれませんがね」
「いや、居ますよ? 私には妻が」
……おい、なんでそこで目を丸くする。如何にも『えっ? そんな馬鹿な! あなたのようなろくでなしと結ばれるような物好きな女性がいたのですか?』と
言わんばかりな表情は。
「……嘘はいけませんね記者さん。私は真実を語ったというのにそんな作り話は」
「いや、嘘じゃないから。まぁそんなすごいエピソードはありませんがね」
「いえ、結婚している時点で凄いエピソードだと私はおもっていますから安心してください」
うわっ、すげー偏見と差別をサラリと口にしたぞこのメイド。そこまで言うか普通。
「まぁ記者さんの結婚には驚きましたが、これで分かっていただけたと思いますが?」
「……まぁ大体は」
メイドからの話には全く面白味が無い。いや、二人の付き合うエピソードは実に興味深いが、記事にしても面白くも何とも無い。
メイドが言ったように俺はスキャンダルが専門。人の弱いところを突き、それをネタにして
飯を食ういわば汚れ役。
これ以上話しても無駄と悟り、メイドとの話を切り上げて再び目標の居る部屋へと向かう。
目標の居る部屋に入ると未だにイチャつくバカップルの姿。俺は元いたソファーに戻る。
「あ、お帰りルビ。どうだった話は」
「終わりましたよお嬢様。どうやら記者さんはお二人と話がしたいようですが」
「私達に?」
「ええ……メイドさんから大体の話を聞かせてもらっているので、二、三質問して
答えていただくだけで結構です」
俺の言葉に頷く二人。さて、このままだと何の収穫も無いまま終わってしまう。
それだけは避けたい……ならどうする?
些細な事で良いからそれを元に過剰に表現して記事にする……いわばゴシップ的な
手段しかない。
くそっ、そんな事したくは無いがそうは言ってられない。こっちも金がかかっているんでな。
「では奥さんから話をお聞きして宜しいでしょうか?」
「私ですか?」
キョトンとした表情と声からして自分が指名されるなど思っても見なかったようだな。
ここまで能天気なお嬢様なら案外楽かもしれないな。
「ええ。駄目ですか?」
「えっと……わかりました。どうぞ」
「それでは……貴女は亮介さんの事が初めから好きだったと聞きましたが本当で?」
「え、は……はい」
ボッ、と頬を赤らめる目標の妻。いや、もう恥ずかしがる事でもないのでは?
これは凄まじくゾッコンのようだな。
「貴女は亮介さんを追って転校、そして何気に親しい仲になっていた。しかしおかしい
ですね? 貴女は結婚する気が無いと言いながらも
亮介さんの近くに居てそれらしい気配を見せていた。本当は結婚する気が少なからず
あった? 違いますか?」
そう、結婚する気はあった筈だ。そしてハイと答えれば身勝手な女性であり、嘘を平気で突く女などというレッテルを付ける事が――。
「いえ、全くありませんでした」
「――え?」
思わず気の抜けた声が出た。何故なら目の前に居たお嬢さんはやんわりとした雰囲気が
途端に一変したからだ。
その表情は凛々しく、ハッキリとした口調で断言した。
「確かに私は夫であるリョウ君の事が好きでした。ですが、結婚はおろか付き合う事も
しようとは思いませんでした」
「……で、ですが、亮介さんに好意を寄せる女性が他に居たにも関わらず、あなたは
それを阻止しようとした行動を起こしたと聞きましたが? もし貴女が諦めているの
であればこの行動はおかしいのでは?」
「それはリョウ君事が好きですから偶にヤキモチを焼いたような行動を取ったことも
あります。……けど」
「けど?」
「邪魔をする私を撥ね退けてでもリョウ君の事が好きな人なら私は安心してその人に
任せたと思います。だって、私はリョウ君を幸せにできないから」
その時のことを思い出したのだろうか、お嬢さんは悲しそうな笑みを浮かべた。
「だからあの時、私を選んでくれた時……本当に嬉しかった。私はこの人と一緒に
同じ時間を過ごしていけるんだと、嬉しくて涙が止まらなかった」
そして隣に居た目標の肩に寄り添い、目標もまたそんな妻を優しく抱きとめていた。
その光景に何故かズキリと胸がいたんだ。
「……質問のお答え有難うございました。それでは亮介さんに質問いいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
質問の内容は決まっている……いるのだが、これは全くと言っていいほど意味の無い質問だ。他に意地悪な問題は色々ある。
自分でもそんな内容を聞くぐらいなら他の質問を言えと分かっている……いるのだが。
先程の光景。どうやらアレが俺には気になってしかたがないようだ。あれが本当のものなのかどうかがただ知りたいと。
そして、俺は問いかけた。
「あなたは結婚をして後悔をしたことはありませんか?」
引っ掛けも何も無い素朴で率直な質問だった。この質問にどう答えるのか、それは
俺だけではなくほかの二人も気になっていた。
「そうですね……渚と結婚して生活習慣がガラリと変わり、仕事も想像できない程
ハードで妻と接する時間もほんの僅かで帰ってそのままベッドにバタリ。
なんていう事が毎日ですからね」
目標の言葉に妻の表情が曇る。長年付き合えば愚痴の一つや二つは必ず出るが、お嬢さんにとってはその一つや二つが苦しいのだろう。
少しでも後悔しているなんて言った日には下手すれば……。
「でも、渚と結婚して後悔はしてませんよ」
「……ほぅ? 先程仕事が忙しくて堪らないなどと愚痴をもらしていたのにですか?」
「それは仕方ないですよ、渚に見合うだけの男にならないと駄目ですから。
仕事も忙しいですが、やりがいはありますよ。まぁ、少し残念な所はあまり渚に
会う時間が無いと言う所ですかね」
ハハ、と苦笑いをする目標。それに対して隣の妻は顔が真っ赤かで今にも
頭から湯気が出てきそうな状態だった。
何と言うか、幸せすぎるなこの二人。メイドの言っていたこともまんざらでは無さそうだ。
「今まで一度も後悔した事が無いと断言できるのですか?」
「はい。もし後悔するとすればそれは妻を……渚を幸せに出来なかった時でしょう。
俺には渚が全てです」
目標の目は鋭くこちらを見据える。
……参った、降参。
ここまでハッキリ互いの事が好きだと言ってくれると逆に清清しい。
入り込む余地などアリの隙間も無い。年月が経って逆に愛が深まっている夫婦なら
この先も大丈夫だろう。……どうやらこの辺が引き際か。
おもむろにソファーから立ち上がる。
「あれ? 新宮さんどうしました?」
「いえ、質問も終わったのでこれで御暇させていただきます。ご協力
ありがとうございました」
「もう良いんですか?」
「ええ。折角のお二人の大切なお時間を邪魔してはいけませんからね」
俺の記者としての収穫はゼロだが、俺自身の収穫はあった。
まぁ、帰って編集長の大目玉を食らうのは目に見えているが、今日の出来事に
比べれば軽いものだ。
そうして帰ろうとドアノブを握った時、ふと疑問が浮かんだ。
「そういえばお二人は子供を作らないのですか? それだけ愛し合っているのに」
その言葉に二人の顔が赤く染まる。どうやら脈アリのようだが、どうしたのだろうか?
「そういえばそうですね……私は別に興味は無いのですが、亮介様どうなのですか?」
キュピーン、となにやらメイドの目が光る。この中で一番興味深々のようだ。
「あ、いや、一応頑張ってはいるんだけど時間が無いから……その、あまり……」
顔が俯いてゴニョゴニョと口ごもる目標。成る程、それではしばらく子供はでき無さ
そうだな。やれやれ、もう少し目標には頑張ってもらいたい所だ……ん?
慌てふためく目標に対してなにやら俯いて頬を赤くしたままの目標の妻。妻の異変に
他の者も気づく。
「渚? どうかしたのか?」
目標が話しかけるも恥ずかしそうに俯いたまま。何か言いたそうに
しているのだが、言葉に出さない妻。
まさか……。
「えっと……その、もしかして渚?」
目標の言葉に妻はコクリと小さく縦に首を振った。
それを見た瞬間。
「ぇぇええええ!?」
妻を除いた三人の驚きの声が屋敷全体に響き渡る。唖然茫然の三人。
「い……何時からだ! 何時から子供ができてたんだ渚!」
「えっと……一ヶ月前から」
「な、何故早く言ってくださらなかったのですかお嬢様!」
「だ、だって……少し驚かせようと思って」
「そういう事は何時言っても驚きますよ! ああ! 早く赤飯の
用意を……いやいや、とりあえず旦那様に報告を!」
突然騒がしくなる室内。
あまりのハッピーニュースに動転する二人。こりゃまた色々と
忙しくなりそうだな……。
「お子様が生まれた教えていただけませんか? そのときは是非お祝いさせて
もらいますよ亮介さん」
「えっ? あ、はい! 勿論です!」
これ以上騒がしくなる前に退散するか。中々面白い二人だったな、願わくば
二人の愛が永遠に続くように祈っておこう。
さてと、なんだか自分の妻に会いたくなった。色々と迷惑もかけているし、ここらで
日ごろの御礼を兼ねて何か誘ってみるとしようかな。