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第四十九話 「試練」

アトリエを飛び出し、そのまま何キロもの道を走り抜ける。

既に体はヘトヘト。こんなことなら真面目に体を鍛えておけば良かったと

今更ながら思っていた。

街を抜けて渚の家がある郊外の森へと足を運ぶ。

夜の森は一段と怖さがあり、今にも幽霊などが出てきそうな気配だった。

そんな恐怖を振り払うように再び一心不乱に走り出す。

そして、渚の家の前まで辿り着くのだが、違和感を感じる。

門は既に開いており、中を覗くと庭を走っていたドーベルマンは一匹も姿が見当たらない。

それだけではない。家のほうも明かりが点いておらず、これではまるで空き家だ。

いやな予感がする。

いてもたってもいられず、すぐさま家のほうへと走り出す。

大きな玄関の扉に手をかけ引っ張ると、あっさりと音を立てながら開いた。

中は外から見たとおり電気が点いていないので真っ暗闇だ。

もう手遅れだったのか? いや、そんなはずは無い。出て行くのは明日の筈だ。

急いで以前渚がいた部屋のほうへと向かう。


だが、そこに渚の姿は無かった。


心臓が早鐘のように鼓動を打つ。

他の部屋も回るものの、もぬけの空。既に引き払った後のようだった。

広い屋敷内を駆けずりまわり、何度も渚の名前を叫ぶ。

しかし虚しく声が屋敷内に木霊するだけ。

返答は無く、俺はその場に膝から崩れ落ち途方に暮れる。

何らかの理由で予定が早まってしまったのか?

目の前の現実に酷く落胆し、呆然としていたその時。遠くから微かに物音が聞こえる。

音を頼りにその場所へと向かう。

どうか願わくば、と藁にもすがる思いで歩き出す。

足はフラフラ、呼吸もゼーゼーと荒げて無様な事この上ない。

壁にもたれかかりながら進むと、大きな窓ガラスから月明かりが差し込む通路が現れる。

明かりの無いこの屋敷ではその光景はひどく明るく見えた。

その先に誰かが一人立っている。

少しずつ、少しずつ人のいる方へ歩くと、目の前に良く知る人物がそこにいた。

この人と会うのは数時間前にあったばかりだが、なぜか懐かしく感じる。

彼女は何故か俺にデッキブラシの先を向けていた。

しかし、俺の顔を見るや否や、構えていたブラシを下ろし、壁に立てかける。

彼女なら必ず渚の居場所を知っている。


「ルビア、渚に……渚に会わせてくれ」


掠れる声を精一杯出してルビアに懇願する。

ルビアはそんな俺を見て、以前の屋上であった時と同じように、いや、それ以上の

怒りに満ちた様子だった。


「どういう風の吹き回しですか亮介様。私は来るなと言ったはずですが?」

「ああ……、言ってたな」

「分かっているのなら早く出て行きなさい。ここは見てのとおり既に引き払う

 準備は整っています。

 明日の朝にはすぐに出て行けるようにしていますので――」

「頼む! 渚に会わせてくれ!」


その場に地面に膝をつき、こうべを垂れる。

何度も何度もルビアに頭を下げ続けた。


「頭を上げなさい。そんな事されても迷惑です」

「嫌だ。渚に会わせてもらえるまで俺はあんたに頭を下げ続ける。」

「子供のわがままですね」

「何と言われようと構わない。それで渚に会えるのなら」


ルビアはあまりの強情さに呆れたのか、はぁ、とため息をつく。


「……なら訊ねますが、貴方はお嬢様に会ってどうする気ですか? まさか

 告白するなどと言うつもりでは無いでしょうね?」

「……そのまさかだ」


その言葉にルビアの顔色が一瞬で変わる。ルビアの言いたい事は分かる。

一度は諦めていた奴がそんな事を言うのだ。そんな虫の良い話を聞いて怒らない

奴がいないだろう。


「呆れて物が言えませんね、亮介様。貴方は何時までお嬢様を苦しめれば

 気が済むのですか?」

「苦しめる気なんて毛頭無い。俺は渚を助けてやりたいんだ」

「まだ分からないのですか! 貴方は貧富の差、白鳥のお嬢様という理由で

 お嬢様を敬遠してきた男なのです! 

 そんな貴方が助けてあげることなどありもしません!」


未だかつて無いルビアの怒声が屋敷に響き渡る。

声を荒げ、本気で怒っていた。

そんなルビアの様子に尻込みそうになるが、こっちも生半可な決意などでこんな場所に

来たわけじゃない。


「ルビア、俺は間違ってた」

「? 何がですか?」

「俺は渚の為だと思って今まで敬遠してきた。だけどそれは違っていたんだ。

 俺は渚を全く見てなかったんだ」

「……どういうことですか?」

「見ていたのは渚ではなく、白鳥という肩書き。誰もがあこがれる白鳥のお嬢様。

 そのイメージだけを見ていた。あいつにふさわしい人物は何処かの大富豪やエリートだと。

 それで白鳥は安泰じゃないか、と。なんてことは無い、俺は『白鳥という看板』

 を気にしていただけなんだと気づいたんだ」

「…………」

「そんなのはアイツの為じゃない。俺が好きなのは白鳥ではなく、渚。白鳥なんて関係ない。

 だから俺は決めたんだ。俺は『渚を奪い取る』覚悟でここに来た! 他の奴なんかに

 絶対渡さない! 周りがなんて言おうと関係あるか! 俺は、俺は……! 

 渚を一生愛し、必ず幸せにしてみせる!」


言葉に迷いは無く、ルビアに負けず劣らずの大きな声ではっきりとルビアに断言した。

それを聞いたルビアの表情は険しいものだった。


「……言葉だけでは何とでも言えます。実際、壁にぶつかった時に貴方はあっさり

 お嬢様を捨てるかもしれません。それを考えるだけで私は貴方が憎い。もし、そんな状況に

 なってしまった時、私は貴方を殺してしまうかもしれません」


ルビアは顔色一つ変えずにそんな事を口にした。

冗談などではなく、本音なのだろう。

ルビアは渚にずっと側に居て見守り続けた人だ。彼女にとって渚はおそらく

本当の娘のように愛情があるのかもしれない。

だからこそここまで俺と渚に対して厳しくしてきた。

ルビアの言葉に対して俺は。


「もしそんな状況になったらルビア、構わず俺を殺してくれ」

「!? ……本気ですか?」

「ああ。もし渚に対してそんな行動に出るようなら死んだほうがましだ。

 ルビア、俺の方からお願いするよ」


俺は信じてる。今のこの思いが一生変わることなく、死ぬまで続くと。

ルビアは口を塞ぎ、ジッと俺の顔を見つめる。

それから長い沈黙が訪れ、静寂だけがその場を支配する。

そしてルビアは窓のほうを見ると。


「……今日は月が綺麗ですね」

「えっ?」


思わず俺も窓を見る。

夜空には星空と丸いお月様が姿を見せていた。


「少し夜風に当たって来ます。私が戻ってくるまでこの部屋にいる

 お嬢様の見張りをお願いします」


彼女はすぐ側にある扉を指差し、そんな言葉を俺に告げた。


「ルビア……」

「良いですか? 私は貴方を信用して見張りを頼むのです。くれぐれも変な気を

 起こさないように」

「ああ」


そうしてルビアは俺の方に近づいてくる。

ルビアが俺を認めてくれた事に心の底から感謝した。

通り過ぎる時、彼女は小さな声で俺に呟いた。


「……お嬢様を……お願いします」


彼女の頬を一筋の雫が伝う。

俺はハイ、と小さく返事をした。

そうしてルビアは消えていった。

俺は目の前のドアを前に呼吸を整え、意を決して中へと入っていった。

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