第四十八話 「最後の幕」
"ねぇ、聞いてルビ。実は今日――。"
最近、お嬢様は良く笑うようになった。その理由はお嬢様の思い人の存在。
毎日のように聞かされる思い人の事。
けれど悪い気は全くしなかった。
お嬢様の笑顔を見るたびに自分も何故か嬉しくなってしまう。
毎日、毎日苦しそうに頭を抱えていたあの時とは違って。
その時、私は思った。お嬢様の笑顔を消してはいけない、と。
永遠に続くと思われた時間は突然あっさりと終わりを告げる。
誰も信用できない、何も分からない。あるのは恐れ。お嬢様は再び心を閉ざしてしまった。
今目の前にベッドの上で膝を抱えて震える姿を見ていながらも、私にはどうする事も出来ない。
「お嬢様、明日の朝にはこの街から出て行くのですが、よろしいのですか?」
私の言葉にお嬢様は微かに頷く。
お嬢様が望まれるのであれば、私はただそれを実行するだけ。
会釈をして私は部屋を出て行く。
廊下に出ると窓から月明かりが差し込んでいた。
空を見ると満月とはいかないが、丸い月が輝く。
家の中は既に出て行く準備を済ませており、波を打つかのように静まり返っていた。
今この屋敷には私とお嬢様の二人のみ。
その理由は微かな望み、希望にかけていたからだ。
だが、この物語に必要るべきである主人公は自分の手で既に幕を閉じてしまった。
その結果が待つのは望むべきではない結末。
もう二度とお嬢様の笑顔を見ることは出来ないだろう。屈託の無い、明るいあの笑顔を。
これからそんなお嬢様を私は支えていかなければならない。
どれだけお嬢様の拠り所となれるかは分からない。けれど、少なくとも支えになれれば本望だと
そう考えていた。
そんな折、何処からとも無く足音が聞こえてくる。
今この屋敷には二人しか居ない。
音はどんどんこちらに近づいてくる。
私は咄嗟に側にあったデッキブラシを手にして身構える。
屋敷内に乾いた足音と、息遣いが響く。
そして、それは私の目の前に姿を現した。
「――え?」
その姿に私は驚いた。
こんな夜更け。もう起こらないと思われた奇跡。
それは突然舞い降りた。
目の前の男は肩で息をしながらよろよろとこちらに歩いてくる。
目には何処か揺ぎ無い決意のようなものを感じた。
鋭くこちらを見据える。
私は驚きと嬉しさが込みあがる。
一度閉じた幕。もう二度とあがる事はないと思われた舞台は、再び幕をあげる。
最後の舞台は整った。
「渚……なぎさに、会わせてくれ」
切なく懇願する主人公。
ならば私の役割は決まっている。
常に二人の壁として、障害として立ちはだかってきた。
そして今、あなたの最後の試練として立ち塞がりましょう。