表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/53

第四十七話 「覚悟と決心」

明日、渚はこの街を去る――。

その現実がすぐ目の前に近づいているというのに対して、

俺は普段となんら変わらぬ行動していた。

起きて学校に行き、友達と話をして時間を過ごしていた。

そして昼食の時間。


「亮介、飯行こうぜー」


正輝が俺を誘いに来る。

断る理由も無いので、正輝の誘いに便乗し食堂へと向かう途中、廊下で

ルビアとばったり出くわす。

正輝はルビアに一礼して横を通り過ぎる。

俺も僅かに頭を下げた後、通り過ぎようとするが。


「まちなさい」


不意に呼び止められる。

ルビアは有無を言わさず俺の腕を掴み、鋭く睨みつけてくる。


「……悪い正輝、先に行っててくれないか? どうも先生は俺に用事が

 あるみたいだから」

「え? あ、ああ。分かった」


少し戸惑いつつも正輝は食堂のほうへと歩いていく。

途中、何回かこちらを振り向き、心配していた。


「で? 何の用だルビア?」

「……分かっているのですか? 明日にはお嬢様はもう――」

「ああ。……そうだ。そういえば以前、ことづけがあったら言いなさいって

 ルビア、あんた言ってたよな?」

「? ええ」

「ルビアから渚に伝えておいてくれないか? "幸せになってくれ"と」


その言葉に何故かルビアは鳩が豆鉄砲食らったような顔をする。

それだけ告げた後、ゆっくりと食堂のほうへと向かう。


「――それは本意で言っているのですか?」

「……は?」


顔だけ後ろを振り向き、ルビアの方を見る。

ルビアはその場に立ち尽くしたまま俺に質問をぶつけてきていた。


「そうだけど? それが何か?」


当たり前だ。

好きな女性の幸せを願うのは至極当然の事。

そう返答した時のルビアの顔は何故か悲しそうに見えた。

おかしい。

本来なら喜ぶべきだろ? あんた。何故そんな哀れんだ目で俺を見るんだ?


「分かりました。それが貴方の本意と言うのであれば伝えておきましょう」


そうしてルビアは俺に背中を向けて歩いていく。

おかしなことを言う。

少し首をかしげながら食堂へと向かった。




その後何事もなく授業は終了し、放課後を迎える。

用事も無いので校舎を出て帰宅している最中。


「神崎様」


背後から声が聞こえてくる。

振り向くとそこには黒羽さんと舞の姿があった。

二人は何処となく硬い表情をしていた。


「どうしたんですか黒羽さん? それに舞まで」

「神崎様、何時まで現実から目を背けるつもりですか?」

「……何の話ですか?」

「貴方には成すべきことがある筈です。それをどうしてしないのですか?」

 ……彼女を、渚さんを助けてあげられるのは神崎様以外いないのですよ?

 貴方だって分かって――」

「それは違いますよ、黒羽さん。俺はアイツに何もしてやれない。

 助けになるどころか、むしろ足手まといだ。渚の足かせになるのは目に見えてる。

 それだったら他の男性と一緒になった方が渚の身の為……」

「バカ!」


突然、黒羽さんの横で聞いていた舞が大声で怒鳴る。

あまりの大声に俺と黒羽さんは思わず耳を手で押さえる。


「バカ! 亮介の大馬鹿!」

「ま、舞?」

「何よそれ……! さっきから聞いてたら、足手まといとか足かせとか。

 亮介は渚さんの事が好きじゃないの? ねぇ!」

「そ、それは……」

「だったら! 好きな相手を幸せにしてみせるぐらいの意気込み見せなさいよ!」

「……けど、俺は渚にもう会えないんだぞ」

「違う! "会えない"じゃない! 亮介は"会わない"ようにしてるだけよ!

 自分に自信が無くて、殻に閉じこもってるだけ! ただ逃げてるだけの亮介

 なんて……格好悪いよ……」


大粒の涙を零しながら必死に訴えてくる舞。

その言葉にズキリと心に刺さるものがあり、思わずうつむいてしまう。


「神崎様、舞さんの言う事はもっともです」

「黒羽さん……」

「ここで行動を起こさないと、神崎様はきっと後悔します。その結果、

 どんな事になるのかは分かりませんが」

「…………」

「これから先は神崎様自身の問題。私たち部外者がとやかく言えるのはここまでです。

 出来る事なら明日、良い結果が聞ける事を願っています」


穏やかに微笑んだ後、そんな言葉を残して黒羽さんは去っていく。

強要するのではなく、また急かす訳でもない。

彼女は俺の背中をそっと押しに来ただけだった。


「ねぇ、亮介」

「な、何?」

「絶対白鳥さん悲しませたら駄目だからね? きっと彼女、亮介の事待ってるから。

 私が白鳥さんだったら絶対そう思っている」

「……舞」

「頑張って。応援してるから」


一瞬笑った顔を見せた後、その場を走り去っていく舞。

二人の言葉に押し殺していた気持ちが揺れ動く。

本当に俺はこのままで良いのだろうか? だけど……。

そんなもどかしい気持ちを胸に抱えながら帰宅する。




帰宅した後、電話の前で受話器とにらめっこする。

受話器を危険物の取り扱いをするように慎重に触ったり離したり。

しかし、結局俺は受話器の前から離れ、自分の部屋に閉じこもり部屋の

片隅で膝を抱えて座り込む。

どうしても踏ん切りがつかなかった。

そんな時、突如として部屋の扉が開かれる。


「こんな所で何をしているんだ、少年」

「涼子さん?」


部屋の中に堂々と入り、壁にもたれかかる涼子さん。

そして口にくわえていたタバコで一服をする。


「……何しているんですか? できれば一人にしてもらいたいんですが」

「そんな時間は無いだろ? 少年の彼女が居なくなるのに」

「! ど、どうしてそれを!?」

「二日前の夜、買い物の帰りに偶然君と女性が話していたのを聞いてしまってな」

「……盗み聞きですか」

「まぁ、そうだな。それで、どうして少年はこんな部屋に閉じこもっているのかな?」

「別に、涼子さんには関係ないでしょ」


そうして涼子さんから目を逸らし、無視をする事に。

しかし、涼子さんは何を思ったのか、突然俺の腕を掴んできた。


「立て、少年」

「えっ?」


俺を強引に立たせようとする。

必死に手を振り払おうともがくが、涼子さんは離そうとしなかった。


「や、やめて下さい! 俺の事は放っておいてください!」

「甘ったれるな!」

「!」


その時の涼子さんの顔は初めて見るものだった。

鬼のような形相で俺を睨みつけて叱咤する。

あまりの迫力に気圧される。


「少年に見せたいものがある」


それだけ告げた後、腕を引っ張って外へと連れ出され、そのまま車に乗せられて

訳の分からないまま俺は涼子さんに連れて行かれる。

外は既に日が暮れて満天の星空が見えていた。

車は山奥の方へと向かう。

車の進行方向でどこに連れて行かれるのかは大体予想ができた。

そして車が止まり、目的の場所へとたどり着く。

目の前には涼子さんのアトリエ。

涼子さんは戸を開き、扉の近くにある電気のスイッチを入れる。

天井に吊るされている裸電球が部屋を照らす。

すると、部屋の中央に何やら二つ白い布を被せてある絵があった。

涼子さんは被せてある絵に近づき、側に立つ。


「涼子さん、それは?」

「これが少年に見せたいものだ」


涼子さんは被せてあった布を剥ぐ。

布の下からは二種類の絵が姿を現した。

一つは暗い配色を施し、偶像的なモノを感じさせる。

そしてもう一つは明るい配色で楽園を思わせる抽象画が描かれていた。

どちらも見るものを惹きつける魅力ある絵画だ。


「これは……」

「こっちに来て作った作品だ。どちらも甲乙つけがたい作品でな。君に

 どちらが良いか意見を聞きたいんだ」

「どうして俺なんかに? 俺、絵画なんてさっぱり分からない素人ですよ?」

「素人だろうと何だろうと構わないさ。絵というのは様々な人に見てもらい、

 それで価値が決まる。

 少年から見てどちらが素晴らしいのか聞きたいんだ」


参った。

突然連れてこられたと思ったらこんな事を聞かれるなんて。

涼子さんには悪いけど、俺はどちらでも良い。

適当に二つを見比べ、俺は暗い配色の絵を選ぶ。


「どうしてそっちの絵を?」

「……ただ感じたまま選んだだけです」


それを聞いた涼子さんはなるほど、と頷く。

涼子さんはもう片方の明るい絵を手に取り。


「私はこっちの方がいいんだがな」

「……えっ?」


先ほど甲乙つけがたいと言っていたにも関わらず、そんなことを口にする涼子さん。

正直馬鹿にしているとしか思えない。

涼子さんは絵を元に戻した後。


「なぁ、少年はどんな画家が好きだ? ゴッホ、ミケランジェロ、ピカソ。

 他にも様々な画家が存在する。君は誰が好きだ? 無論、嫌いな画家も居るだろう?」

「……俺をこんな所に連れてきて絵の採点をさせたと思ったら、

 次は突然好きな画家は誰ですか? 一体何が言いたいんですか涼子さんは!」

「……人それぞれという事だ」

「……え?」


涼子さんは二つの絵の間に立ち、絵を指差す。


「君はこの暗い絵を選んだ。しかし、私はこっちの明るい絵を選んだ。

 どちらが良い、悪いではない。これは人の好み。十人十色という奴だ。

 皆同じ価値観で見ている訳では無いんだ」

「…………」

「それは人に対しても同じだ。私を嫌いな奴もいれば、好きな奴もいる。

 つまり、少年の彼女は"誰が一番好きなのか?"という事だ」

「――!」

「少年は自分がふさわしくない人間だと思い込んでいるようだが、

果たして彼女もそう思っているのか?

 彼女にとって一番好きな人物は誰なのか? 少年にとって一番好きな人物は誰なのか?

 ……相手を思う気持ちは大切だ。しかし、そうやって思いを隠し通す事が

 本当に相手の為になるのか?」

「りょうこ……さん」

「少年、皆何時しか大人になる。今がその時じゃないか? "神埼亮介"

 行け! そして、自分の思いを打ち明けて来い!」



涼子さんの檄に何かが弾けた。

心を縛っていた雁字搦めの鎖が音を立てて切れていく。

そうだ。俺は他人の目ばかりを気にしていた。

傍から見れば俺と渚は釣り合わない。だから何時の間にか一歩引いて接していたんだ。

そして今もこうして渚の為にと思って気持ちを殺していた。

だけどそれは間違いだ。

本当に渚を思うのであれば、渚の側に居てやるべきなんだ!


「――ハイ! 涼子さん、有難うございました! 涼子さんも拓海さんとお幸せに!」

「――ば、バカ! 余計なお世話だ!」


照れる涼子さんを置いてすぐさまアトリエを出て走りだす。

覚悟は決まった。

皆にここまで背中を押され、励まされ、これで立ちあがらなかったら男じゃない。

もう二度と渚が遠くに行く姿は見たくない。

そして、急いで渚の家へと向かう。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>恋愛コミカル部門>「気になる彼女はお嬢様?」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ