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第四十四話 「どうする事もできない」

俺が屋上から立ち去った頃、辺りはすっかり暗くなっていた。

夜の帰り道を歩きながらふと、上空を見上げる。

そこには雲ひとつ無い空に、爛々とした満月が存在した。

以前、彼女は言っていた。月が欲しいと。

あれは演技でも何でもない、嘘偽りの無い本音。

じき目が見えなくなる自分に、暗闇を照らす月が欲しいと彼女は望んだのだ。

これから渚は一生暗闇と共に過ごす。

俺なんかの側に居たいと願った為に、彼女は今という時間だけを大切にした。

のちの事を考えず。

心配をかけまいと見せてくれた笑顔を思い起こす度に自分の胸がえぐられる。

校門を出て何処に寄る事も無く、まっすぐに帰宅する。

家の前まで来た時、意外な人が俺を待ち構えていた。

月明かりに照らされて妖しく輝く艶やかな黒髪、片手には彼女の象徴とも言える扇子を持って

その人は家の前に立っていた。


「……黒羽さん」

「その様子からして、渚さんの容態の事は聞いているようですね」

「……黒羽さんは以前から知っていたんですね」


俺の言葉に黒羽さんは顔を逸らす。大方の予想は付いている。

以前俺を校舎裏に呼び出し、様々な渚に対しての質問を俺にぶつけてきた。

あれは、黒羽さんなりの警告だったのだろう。

「彼女にもっと気を配りなさい」と。


「ええ。神崎様のおっしゃる通り、私は以前から知っていました」

「……どうして教えてくれなかったのですか?」

「渚さんから口止めされたのです。あなたには伝えないで欲しいと」

「それでも……それでも教えてくれるべきじゃあないんですか! 俺は……俺はあいつに

 何もしてやれなかった!」


やり場の無い怒りを黒羽さんにぶつける。それはお門違いと分かっていながらも、

黒羽さんは黙って俺の愚痴を聞き入れる。


「申し訳ありません……ですが、渚さんの気持ちを察してあげてください」

「渚の気持ち?」

「ええ。彼女は自分の容態を隠してまでも貴方の側にいたかった。そうまでして

 貴方の側に居たいという気持ちを……」

「気持ち……ですか。もう、手遅れですけどね」

「えっ? それはどういうことですか?」

「渚はもう俺とは会わないらしいです。それに、後三日したら渚はこの街を出て行くみたいですから」


そう、遅すぎたんだ何もかも。

渚の症状に気づくのも、自分の気持ちに気づくのも。

結局、俺はあの時と同じだ。

渚に何もしてやれず、引き止める事も出来ず、ただ去っていく姿を見守るしかない。


「神崎様、まさか何もしないつもりですか? 渚さんが去っていくのに?」

「ええ。アイツは俺のせいで不幸な目にあってしまった。お互い、忘れたほうが

 身の為――」


喋っている最中にゴムが裂けるような音を立て、頬に鋭い痛みが伝わる。

黒羽さんの平手打ちが俺の頬に炸裂していた。

以前の時とは違い、それは強烈なものだった。

黒羽さんは平手打ちをした後、何故か目に涙を浮かべながら俺を睨んでいた。


「見損ないましたよ、神崎様。貴方は……貴方は渚さんの事が好きなのでは無いのですか?」

「…………」

「優しい貴方なら今の渚さんの気持ちが分かる筈。それを分かっていながら、何故そんな事を言えるのですか!」

「……分かりませんよ、黒羽さん。俺を買いかぶりすぎです」


分かるわけ無い。

今まで渚がどれだけ辛い気持ちで俺の側に居たか分からなかった俺が何故分かる?

そんな俺がどんな顔をして会いに行けば良い? 行けるわけが無い。

だったら、忘れたほうが身の為だ。


「神崎様、私は貴方の事が好きでした。けれど、それも今日で終りです。

 ……もし、このまま終わるようだったら私は貴方を許しません」


それだけ告げて黒羽さんは家の前から走り去っていく。

俺は未だ痛む頬をさすりながら家に入る。





「ご馳走様」


俺はそう言ってテーブルの上に箸を置く。

目の前に出された夕食をほとんど手をつけることはなかった。

飯が喉を通らない。

そんな俺を見て家族が驚いていた。


「本当にもういいの亮介? 今日は貴方の大好物のハンバーグよ?」

「ああ、もういらない」



食事を終えて、俺は部屋へと戻る。

何もやることが無く、俺は地面の上で大の字になって天井を見上げ、目を瞑る。

真っ暗な世界が広がる。

何も分からない、何も見えない。これが今の渚の世界。

目を瞑っていると、不意に何か冷たいものを頬に感じる。

目を開くとそこには頬を舐める猫のタマの姿があった。

俺は体を起こし、タマを抱き上げる。

……ああ、そういえば渚はこの猫をやけに気にしていたな。

今思えば、渚はタマと何処か自分を重ねたのかも知れない。

一人ぼっちで、不自由なコイツと。

そんな事を考えていると、途端に涙が出る。

とめどなくあふれ出てくる涙。


「――っ、渚……なぎ、さ――」



自分の部屋で、声を押し殺して一人泣き続けた。

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