第四十話 「思いがけない言葉」
神社での事件の後、俺は子猫を家に持って帰る。
そんな俺を迎えてくれたのは、家族の冷たーい視線だった。
捨てて来い、と目が訴えていた。
とはいえ、俺も渚と約束した手前、引くわけには行かない。
俺は必死に家族に頼みこみ、全て猫の世話を俺がやるという条件の下、
何とか承諾してもらった。
ちなみに猫の名前は「タマ」うん、単純で良い名前だ。
そして次の日、俺はドギマギしながら学校へと向かうと、運良くか悪くか、
渚の姿は見られなかった。
どうやって顔を合わせれば良いのか迷っていた所だったので、少しほっとする。
その日はそれで何事も無く終わった。
次の日、再び渚の姿は無かった。
担任のルビアは風邪と言っていたが、本当なのだろうか?
ま、明日こそは会えると信じて俺はその日も気に留めなかった。
――だが、次の日も渚は来なかった。
放課後、俺は渚が本来いる机を眺めていた。
「亮介、どうした?」
「ん? ああ、渚の奴どうしたのかなと思って」
「まっ、家で寝込んでるんじゃないのか?」
正輝は自分の頭の後ろに両腕を回してあーあ、と天井を見つめる。
正輝もなんだかんだ言って気になっている様子。
「とりあえず明日は日曜だし、ゆっくりと休んで月曜には
明るい姿を見せてくれるんじゃないか?」
「……だといいんだけどな」
「それにしても、一体どうしたんだよ亮介」
「えっ? 何が?」
「いや、だって、ここの所毎日のように白鳥さんの机の方みてるぜ? お前」
「なっ! そ、そんな事ないとおもうんだけど……」
確かに、ふとした時に目が渚の机に向いていた。夜の出来事が原因だろうか?
まぁ、あの時のことはきちんと話しておきたいとはおもっているけど……。
もしかして渚はあの時の事が原因で来れないとか?
いや、そんなはず無いとは思うけど……。そうだ、一度電話をしてみよう。
電話番号なら以前正輝が知っていたな。
「そういえば正輝、渚の電話番号知ってたよな?」
「ん? ああ。それがどうした?」
「教えてくれ」
「……牛丼特盛り、卵付」
「分かった、分かったよ。それでOKなんだな?」
俺の言葉に正輝はニッと嬉しそうに笑う。
そうして俺は正輝から電話番号を教えてもらった。
俺は学校から帰ってくると、
電話をかけるだけと言うのに何故か胸がどきどきする。
そして、ガチャと電話が繋がる音がする。
「も、もしもし、渚?」
『……ではありませんよ、亮介様』
「――る、ルビア!?」
しまった、早とちりしてしまった。
受話器の向こうであからさまに不機嫌そうなルビアの声。
「あ、あの、その……」
『お嬢様と話がしたいのですか?』
「えっ? あ、ああ。そうなんだけど」
『……わかりました、少しお待ちください』
受話器の向こうから保留音が流れてくる。
ルビアの意外な反応。てっきりすぐに電話を切られるものだと思っていた。
保留になってしばらくした後。
『――もしもし?』
「! 渚?」
『えっ? う、うん。そうだけど?』
渚の元気そうな声を聞いてほっとする。
「あ、あのさ、その――」
あれ? 上手く喋れない。
喋ろうとしても頭の中が真っ白になってしまう。
話したい事がいっぱいあるというのに、受話器の前で一人あたふたと焦る。
『? リョウ君? どうしたの?』
「あ、いやその……大丈夫か? 三日も学校に来てないから心配で電話してみたんだ」
『うん、大丈夫。心配してくれてありがとうリョウ君』
「あ、ああ。あのさ、もしかして渚が学校に来ない理由って、その……」
途端、頭の中にあの出来事がよみがえる。
口にするのが恥ずかしいものの、これだけはちゃんと聞いておかないと。
そう、そんな事を気にしてるようで渚が学校に来ないのなら大変だからだ。
俺のほうは全然気にしてないと伝えないと。
「じ、神社での出来事を気にして?」
『ううん、違うよ』
あっさり否定された。
渚のほうが全然気にしてない様子であった。
ちょっとショックだけど、それはそれで良かった。
「そっか、それじゃあ風邪なのか?」
『うん、少しこじらせちゃって』
「早く良くなるといいな」
『……うん』
さてと、渚に伝えたい事も、聞きたいことも終わった。
病気の渚を長話に付き合わせてはよくないだろう。
「それじゃあ渚、お大事に」
俺が電話を切ろうとした時。
『あっ、待ってリョウ君』
「ん?」
突然渚が呼び止める。
一体どうしたのだろうか? 何か聞きたいことでも?
俺はそのまま渚の言葉を待つのだが、渚は俺を呼び止めた後、何も喋らない。
受話器に耳を傾けて俺は渚の言葉を待つ。
『あの、リョウ君、明日暇?』
「ん? あ、ああ」
『もし……もし良かったら、――れない?』
「……えっ? もう一度言って貰えないか?」
聞き間違いと思った。
だって、そんな事を言うはずが無い、まずあり得ない。
空耳と思われる言葉。
しかし、渚はもう一度その言葉を口にしてくれた。
『私と、デートしてくれない?』
――空耳じゃなかった。
正常を保っていた頭の思考回路を破壊するには十分すぎる破壊力を持つ言葉。
どうして渚がそんな結論に辿り着いたのかが分からないけど、俺は既に
頭の中がデートで一杯になっていた。
『やっぱり、駄目?』
「そ、そんな事無い! 俺は全然オッケーだけど、渚風邪引いて――」
『大丈夫。もう熱は下がってるし、今日は大事をとって休んだだけだから。
明日のデートは問題ないから、ね?』
「あ、うん」
それから俺と渚は待ち合わせ場所と、時間を決める。
『それじゃあまた明日ね、リョウ君』
そういうと渚は電話を切る。
俺は受話器を置いてその場に立ち尽くす。
そして心の中で自然と明日を期待してしまう自分がいた。