第三話 「波乱の幕開け」
――私、リョウ君のお嫁さんになる。
昨日の言葉が頭に焼き付いて離れない。
雲の上の人と思われた白鳥のお嬢様は、実は子供の頃の初恋の相手だった。
そして、その相手と十年ぶりに再会したらイキナリお嫁さん発言。
あまりに予想だにしていなかった展開。
あの後、何とかメイドさんのおかげでこうして自分の家に帰ってこれたが……
「とりあえず、学校に行かないと……」
そう、兎にも角にも一日は始まるのだ。
俺は布団から出ると、直ぐに顔を洗って支度を済ませた。
しかし……美人になったよな渚。
子供の頃から可愛かったけど、まさかあんなに綺麗になっているなんて。
などと、思いにふけながら俺は朝食を摂る。
そして、昨日と同じように占いの時間帯になった。
『ヒミコの星座うらな〜い!』
今日こそは一位だろう。
前回に続いてまた最下位なんて事はあるはずが……。
『今日のどん底ブッチギリの最下位は『獅子座』ですよ、ハイ。
どう占っても覆せぬ運命ってあるよね? まさに今日はソレです。
おとなしく観念して、地下シェルターにでも引きこもってなさい! ラッキーアイテム?
聞くだけ無駄よ!』
……そろそろ、朝の番組占い変えようかな?
昨日より更に酷いこと言われてる気がする。
などと思っていると、玄関の呼び鈴が鳴り、俺は慌てて鞄を持って玄関へと向かう。
「悪いな舞、今日も待たせ……て?」
玄関を開けて、脳の伝達がしばしの間ストップする。
そこに舞の姿はあったのだが、目の錯覚か、おまけがついていた。
「おはよう、リョウ君」
「お、おはよう」
にっこりと微笑む女性。
それは紛れもなく白鳥のお嬢様! もとい、渚だった。
そして後ろで、すさまじい怒りを露わにしている舞がいた。
「ちょ〜っといい? 亮介」
「えっ? でも急がないと遅刻……」
しかし、舞は聞く耳を持たず。人差し指でクイクイと俺を隅の方へと誘う。
そして、小声で。
「昨日の放課後から一体何が有ったの? できれば詳しく教えて貰いたいな〜」
「すまん、俺にも何がなんだか……」
「まさか白鳥さんがあなたの事好きとか、実は昔の初恋の人で久しぶりに再会して火がついたとか
そういう漫画みたいな事じゃないわよね?」
正解! もうまさしくそれですよ舞さん!
いや〜、舞の勘の鋭さには驚かされる。
だが、そんな事は口が裂けても言えません。
「舞、白鳥さんには聞かなかったのか?」
「一応聞いたけど、今日は偶然通りがかったからってはぐらかされちゃった」
全く逆方向だぞ? 渚の家と俺の家。
そうか、実は方向音痴で偶然にも俺の家の前を通りがかったという事なんだろう、うん。
というか、あれだけの金持ちなら普通に高級外車とかで行くのでは?
「あの、そろそろ行かない? リョウ君」
「えっ? あっ、ああ」
少し違和感を感じながらも学校に向かう。
俺は渚と舞の二人に挟まれて登校する、しかし、この状況は結構まずい。
あれから二人とも一言も発しない。
そんな重い空気にはさまれて窒息寸前の俺。
その時、先に口を開いたのは舞だった。
「ねぇ、白鳥さん、亮介と何かあったの?」
ブッ! いきなりそんな質問は無いだろ舞!
その言葉を聞いた渚は一瞬驚いた表情をみせたものの、すぐに元に戻る。
「いえ、何もありません。それより、相沢さんでしたよね?」
「え? ええ」
「相沢さんは何時も一緒に朝登校してるんですか?」
「い、何時もじゃないわよ! この馬鹿と来たら何時も遅刻しそうになるから
ほとほと参るのよね」
やけにかたくなに否定をする舞。
まぁ、確かに舞がいなければ遅刻の回数はおよそ三倍になっていた言っても過言じゃないだろう。
「えっ? そうなんですか?」
「そうなのよ、だからこうして私が泣く泣く朝連れてきてる訳」
「それじゃあ、私も明日からご一緒してもいいですか?」
渚の言葉に目が点になる俺と舞。
えっと、何がどうなってそうなるの?
「え、えっ? ほ、本気ですか白鳥さん?」
舞があたふたと慌てている。
こんな舞を見るのは初めてだ。
「はい。もし良かったらですけど……二人の邪魔ですか?」
「! そ、そんな事ないです! で、でも亮介の意見も聞かないと」
「えっ!? お、俺の意見!?」
突然の舞のキラーパス。
あまりに予期していない振られ方に俺は。
「えっと、別にいいですよ」
「本当!? ありがとうリョウ君」
そういって俺の手を握る渚。
あまりに綺麗で暖かい手に思わずドキッとした。
しかし……な、なぜ俺をそんな目で睨むんだ舞!?
すさまじい不機嫌さが顔に出ており、歯軋りする音が聞こえてきそうだ。
そんな舞に思わずドキッとした。違う意味で。
それから会話は無く、渚の空気と舞の空気の温度差に更に苦しめられながらも
学校に着いた。
俺は教室に入るや否や机の上でぐったりとなる。
「どうした亮介? 昨日徹夜でもしたのか? 顔色悪いぞ」
そんな俺を心配そうに話しかけてくる正輝。
「いや、そうじゃないんだが……」
「それじゃあなんでそんなにぐったりしてるんだよ?」
「まぁ、今朝から色々あってな」
「?」
そうしている内に、朝のHRを告げる予鈴が鳴り響く。
とりあえず授業が始まれば変な目には遭わないだろう。
そして、担任の倉田が教室の中に入って……。
「ちょ、ちょっと待てー!」
俺は思わず席を立ち叫んだ。
それもその筈、目の前に居るのは無精髭を生やした担任ではなく、
昨日の渚のメイド……つまり、ルビアが眼鏡をかけてスーツ姿で変装して
教壇に立っていた。
「どうしました? 神崎亮介君?」
なにか? と、不思議そうな顔をして喋る偽担任。
「どうしたもこうしたもあるか! あんたなんで先生やってるんだよ!
うちの担任の倉田はどうしたんだよ!?」
「ああ、彼なら昨日付けで担任を辞職されました」
「理由は?」
「そうですね……強いて言うなら彼は今朝がたアタッシュケース二つほど抱えて
何処かへと出かけましたと言っておきましょうか」
フフッと実に爽やかそうに微笑む血も涙も無いメイド。
おい、そのアタッシュケースの中身はなんだ? 大人の汚い世界が見え隠れするぞ。
「そんな理屈で担任が変えられるわけ無いだろ!」
なぁ! と、隣にいる正輝に同意を求める。
「えっ? 倉田なんていう担任この教室に存在したか?」
即効否定されました。
この男の脳内では既に存在すら消されていた。
どうやら、無精髭のむさい男よりも綺麗で美しいメイドを選んだようだ。
他の皆もさほど気にしてないらしく、男性陣にいたってはメイドを推す始末。
「そういえば聞くけど、あんた、教員免許もってるのか?」
「失礼ですね、教員免許を偽造……いえ、手に入れるなど私にとっては造作も無い事です」
おーい、今さらりと犯罪発言しなかったか?
コホンと咳を一つして冷静さを取り戻すメイド。
「えー、今日からあなた達の担任になりましたルビア=スカーレットです。
どうかよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるメイド。
皆拍手でそれを迎えるが、渚のほうを見ると頭を抱えていた。
この後授業は順調に進み、昼食の時間となった。
うちの学食は券売機で食べたいものを買って、それを出して品物をもらうといった手法。
俺と正輝はAランチを買って向かい合って席に着く。
そして話題はもちろん担任の事だ。
「しかし凄い綺麗だよなあの先生。あのキラキラと宝石の川のような髪に、パッチリと開いた
知的さをかもし出す瞳。そして、造形のように整えられた輪郭……ルビアさん素敵!」
などとメイドの第一印象を語る友人がいた。
あのメイドの中を覗けるのならこいつに見せてやりたいな。
「正輝、買いかぶりすぎだよ。あの人はそんな人じゃないと思うぜ」
「なーに言ってるんだよ、俺のセンサーはビビッと来たね! あの人は好きな人を
その愛情溢れる行動で包む女性。正に母親のお手本となるような母性の強い人だという事を!」
……あながち外れていないところが怖いな。
愛情溢れるはともかく、その行動力は留まるところを知らない。
絶対昨日の事で心配になってあんな方法をとったに違いない。
食事を摂りながら話をしていると。
「ここ、空いてますか?」
「えっ?」
声のするほうを見ると、そこには渚の姿があった。
あまりの有り得ない出来事に手に持っていた箸を落とす正輝。
「も、勿論ですとも! 白鳥さんなら空いてなくても座って結構ですよ!」
「ありがとうございます」
ふふっと可愛らしく笑う渚。
そして、俺の隣の席へとすわる。
瞬間、男全員のどす黒い負の感情に満ちた視線が俺に注がれる。
なんというか、痛い。痛すぎる。
そんな俺の気持ちとは裏腹にゆっくりと隣で食事をする渚。
「ち、ちょっと、ここ空いてる?」
「えっ?」
再び声のする方向へと顔を向ける。
そこには照れくさそうに俺達に尋ねる舞の姿があった。
な、なんでこういう時に限ってお前はくるんだよ!?
あまりの異常事態で言葉が出ない俺に、舞はどう受け取ったのか、そのままなぜか
俺の隣に座る舞。
俺の意思とは無関係になぜか両手に花の状態。
「亮介……お前、何したんだよ?」
すさまじい怒りを露わにしながら俺に尋ねる正輝。
周りの奴らもその正輝の言葉に頷いていた。
「知らん! 俺は関係ない!」
「関係無い事ないだろ? だったらなんで俺の両隣は空席なんだよ〜!」
おいおいと泣き始める正輝。
か、勘弁してくれ、泣きたいのは俺のほうだよ……。
それからの休み時間は他の男子による質問攻め。
どういう関係? 何があった? などとあらぬ疑いをかけられる俺。
俺はとにかく否定を押し通し、何も無い事を納得してもらった。
今日一日で疲労が一週間分ぐらい溜まった気がする。
は、早く家に帰って休みたい……。
放課後を告げるチャイムが鳴ると同時にスプリンターのようなスタートダッシュで
教室を出て行く俺。
「おい亮介! 今日は遊びに行くんじゃなかったのかー!」
「すまん! 今日はこれ以上面倒な事が起こる前に家に引きこもる!」
正輝との約束を破棄して、とにかく走る。
階段を飛び降り、急いで校舎をでて校門へと向かうのだが……。
「亮介、一緒に帰らない?」
そんな俺よりも早く校門の前で待ち伏せしていた舞の姿があった。
というより、本当にお前は人間ですか?
「舞、すまないが非常に嫌な予感がするからやめておこ……」
「えっ? 何? 何か言った?」
舞の鞄の取っ手がメギャッとへし折れるのが見える。
やだな〜、それって俺に選択肢が無いって事ですかね?
「あ、あのな舞、申し訳ないんだが……」
「……次は無いわよ?」
「いや、俺も実は一緒に帰りたかったんだ。うん」
脅しに屈する弱者の俺。
仕方なく一緒に帰ることになってしまった。
じきに日が沈む夕暮れの帰り道をトボトボと帰る俺と舞。
「ねぇ、亮介」
「ん? なんだよ?」
「白鳥さんと昨日なにが有ったの?」
「いや、何も無いけど……」
「嘘。それだったらなんで今日ずっと亮介に付きまとっていたのよ彼女」
「えっ? そうだったのか?」
「そうよ。授業中も見てたし、昼食の時もあなたの隣に来てたし、ストーカー?」
「さ、さあ? どうしてだろう?」
じー、と疑いの眼差しを俺に浴びせる舞。
俺は何とか誤魔化そうと必死に言い訳を考えていると。
「見損ないましたよ、亮介様」
「どわっ!?」
突然ブロック塀から忍者のようにペロンと紙がはがれて姿を現す女性。
それは紛れもなく、メイド服姿のルビアだった。
突っ込みどころ満載なのだが、とりあえず俺の第一声は。
「あんた、本当にメイドか?」
「ええ、勿論」
何を当たり前な事を……と、俺を睨むメイド。
はっきり言う、メイドは先生になったり忍者になったりしない。
「それよりも、亮介様はお嬢様とも言うお方がいるのにも関わらず、そんな二股を
かける男性だとは、ああ、何と残念な事でしょうか」
そういいながらもニコニコとしているメイド。
あんた、本当は嬉しいんだろ?
「ちょっと亮介、話が良く見えないんだけど?」
突然のメイド出現に戸惑いを隠せない舞。
しかし、こうなると嘘を突き通すのは難しい……。
俺は舞の正拳突きを覚悟して、昨日あった事を打ち明ける事を決意した。
「実は……」
「お嬢様が亮介様に惚れておりまして、結婚したいといっておられるのです。
そして、お嬢様にふさわしい人物であるかどうかを私が品定めしておられると
言う事です」
俺の決意を無残にも打ち砕いてくれましたよこの悪魔
その言葉に一瞬硬直する舞。
そして、わなわなと拳を振るわせる。
「亮介!」
「は、はい〜!?」
「それってどういうこと? 詳しく聞かせてもらえないかしら〜!?」
舞の背後からすさまじいオーラが見える。
笑顔を作りながらも、指をコキコキと鳴らしておられる。
「じ、じつはだな……」
俺は昨日の黒服に絡まれたところから親切丁寧をモットーに詳しく話す。
それを聞いた舞は呆気に取られた表情。
「えっ、何それじゃあ、彼女ってそんな理由で亮介のお嫁さんになるとか言ってるの?」
「ああ。とりあえずそういうことです」
「なんで最初に言ってくれなかったのよ?」
「いや、こんな事喋って学校で噂になったら大変な事になるだろ?」
こんな出来事に巻き込まれてる俺の気持ちも汲んでくれ。
舞は一回ため息をつくと、なにやら考え込む。
「参ったな〜、ライバル出現か……」
「えっ? 何か言ったか舞?」
「えっ!? な、何も言ってないわよ!」
あたふたと慌てる舞。
なんだ? 今日はやけに舞らしくないというかなんというか……。
「舞、すまないがこの事は学校では言わないでくれないか?」
「まぁ、こんな事言えるわけ無いわね」
「そうしてくれると助かる」
「仕方ないわね、ここは亮介のために一肌脱ぎましょうかね」
「えっ?」
ニコニコと笑う舞。
そんな舞の顔とは裏腹に、俺はいや〜な予感がしてたまらない。
できることなら今すぐ逃げ出したいほどです。
「私が亮介の恋人のフリをしてあげるわ」
「な……何ー!?」
あまりのビックリ発言に眼が点になる。
おれは周囲を見渡しカメラが存在しないかどうか確かめる。
これはドッキリだろ? そうなんだろ?
「そりゃ一体何がどうなってそうなる!?」
「だって亮介に彼女が居ると分かれば白鳥さんも諦めるってものでしょ? うん、いいアイディアね」
「なるほど、それはいいアイディアです」
うんうんとメイドと舞が頷く。
今この二人に確かな友情が芽生えていた。
「そ、そんなので諦めると思うか?」
「まぁ、ちょっとやそっとじゃあ諦めないかも知れないけど、効果はあるんじゃないかしら?」
「すまないが俺の意思は? 意見は?」
「あるわけないでしょ? 今日の亮介を見てればこの先ずるずると引っ張られていくのは
目に見えてるし。さ〜てと、明日からどうしようかな〜?」
クスクスと笑いながら俺の方を見る舞。
これは夢だ……たちの悪い夢を見続けているに違いない。
こうして、俺の平和な日常は壊れ、波乱に満ちた日々の幕開けだった。