第三十八話 「変わっていく日常」
秋は過ぎて冬が到来する。
寒さは日に日に増し、吐く息が白く濁る。
こうなってくると布団から出て行くのが嫌になる。
しかし、そうやって亀のようにしていても何も解決しない訳で。
仕方なく布団から出て俺は洗面所に行き、台所へ向かう。
そういえば最近変わった事が起こっていた。
「おはよう……」
俺は台所にそろっていた家族に返事をして席に着く。
実は最近、渚が家に来なくなっていた。
初めは朝食の時だけ来ずに、一緒に行くときだけ必ず来ていたのだが、
今ではどちらも無くなった。
そして渚が来なくなったと言う訳で、自動的に舞も朝食を
一緒にする事も無くなった。
まぁ、舞の方は相変わらず朝迎えに来てくれているのだが。
「お兄ちゃん、最近白鳥さん来なくなったね」
「ん? ああ、そうだな」
「もしかして、お兄ちゃんに愛想つかしたんじゃないの?」
クスクスと笑う妹。
まぁ、これが普通だったんだ。今までが普通じゃなかったからな。
そうやって自分で納得すると、朝食を口にかきこむ。
そして学校へ出かける時間になる。
いつもと同じように玄関の呼び鈴が鳴り、俺はどたばたと玄関に向かい、
扉を開く。
「おっはよー、亮介」
「あ、ああ。お早う舞」
「なによ、そのガッカリした声は?」
「えっ?」
「もしかして白鳥さんが最近来なくて落ち込んでる?」
「そ、そんな訳ないだろ? ほら、さっさと行こう」
俺は急くように学校へと向かう。
何、渚は家に来なくなったけど、学校で会えるんだ。
教室に入り、中を見渡すと席に渚の姿があった。
俺と目が合うと、手を振ってくれた。
ホッと一安心して、俺は自分の席に座る。
それから授業の方も何事も無く終り、放課後になる。
俺は帰り支度をしていると。
「ねぇリョウ君、一緒に帰らない?」
「えっ!?」
突然後ろから渚に声をかけられる。
さらに言葉遣いが何故か何時もの様になっていた。
周りの人たちの視線が厳しいものになる。あの体育祭の事件も相まってか、
周りからはどういう関係と怪しむ声が聞こえてくる。
「い、いやその、今日は正輝と一緒に帰る予定なんだ」
「あー、俺無理だぞ。今日補習で居残りだ」
「だって、リョウ君」
ニコニコとする渚を見て俺は掌を顔に当てる。
俺は諦めて渚と一緒に帰る事にした。
帰り道、渚は大変嬉しそうな様子。
どうして俺と帰るだけでそんなに嬉しいのかちょっと理解できなかった。
だけど、喜んでくれるのに越した事は無い。
「なぁ渚、最近その……どうして家に来なくなったんだ?」
「ん? えっと、やっぱり迷惑かけたら駄目だと思って。
もしかしてリョウ君来て欲しい?」
「い、いやそういう訳じゃないけど……」
俺はしどろもどろに返答する。
はっきりと断れば良いのに、少しだけ後悔してる自分がいた。
あー、どうしたんだろ俺。
そんな複雑な思いを胸に渚と一緒に帰っていると、道端に
なにやらダンボールがおいてあり、中に子猫が入っていた。
ミー、ミーと可愛らしく声を出していた。
それを見た渚は子猫に近づきしゃがみ込み頭を撫でる。
よしよし、とやさしく言葉をかける。
しかし、なにやら猫に違和感を感じる。
「あれ? その子猫……」
見てみると足が一つ変な方向に曲がっていた。
どうやら障害を持つ子猫のようだ。
それだけではなく、体に無数の傷が出来ていた。
猫を捨てた奴が暴力を振るったか、それとも捨てられた後に子供に悪戯されたか。
何にせよ、ひどい事をする奴が居るものだ。
「ねぇリョウ君、この子猫どうしようか?」
「えっ?」
渚は相変わらず子猫の頭を撫でてその場を動こうとしない。
渚には申し訳ないけど……。
「放っておこう渚。さっ、早く帰ろう」
それだけ言って俺は歩き出す。
何、他の誰かがきっと拾ってくれるさ。
子猫には申し訳ないけど、俺の家は子猫は飼えないしな。
「リョウ君、それ本気なの?」
「えっ?」
思いもよらない言葉だった。
振り返ると、渚はダンボールに入っていた子猫を胸に抱えて俺を
冷たい目で見ていた。
「リョウ君は子猫が可哀想じゃないの?」
「いや、確かに可哀想とは思うけど、どうしようもないよ」
「どうして! 何でどうしようもないの!?」
「俺の家じゃあ子猫は飼えないし、それに……そんなの幾らでもいるし」
その言葉に渚はどうやらひどく傷ついた様子だった。
おびえる様な表情を俺に見せる。
肩を震わせ、唇を噛む。
渚は俺に対して失望した様子を感じさせる。
「馬鹿! リョウ君の馬鹿!」
「お、おい、渚? どうしたんだよ?」
「知らない! そんなリョウ君、リョウ君じゃない!」
「! 何だよ! だったら渚が飼えばいいだろ! 大金持ちなんだから
子猫の一匹や二匹簡単に飼えるだろ!」
売り言葉に買い言葉でそんな事を口にする。
渚から大粒の涙が頬を伝うのが見えた。
その時、俺はようやく言いすぎたと気づいたが、遅かった。
渚は子猫を抱えてどこかへ走っていってしまった。
俺も慌てて渚を追いかけるが、途中で見失ってしまう。
「……まぁ、明日会えるか」
渚も家に帰っただろうし、謝るのは明日でいいか。
俺は気楽にそう考えて自宅へと帰ることにした。
冬という事もあって、六時にもなるとすっかり日が沈み、
あたりは夜となっていた。
居間でテレビを見て有意義に過ごしていると、突然電話が鳴り響く。
母親がパタパタと慌てて電話を取りに行った後。
「亮介ー、電話よ」
「えっ? 誰から?」
「なんだったかしら……ルビアさん? って言ったかしら?」
「? ルビア?」
俺は居間を出て母親と電話を代わってもらう。
「もしもし?」
『亮介様ですか? ルビアです』
「どうしたんだよ、あんたが俺の家に電話かけてくるなんて?」
『ええ、普通ならあり得ませんが、今は緊急事態ですので』
「えっ? どういう事だ?」
『お嬢様が……まだ帰られておりません』
「――え!?」
一瞬、時が止まったような錯覚を受ける。
背筋にぞくりと悪寒が走る。
まだ……帰ってない? もうあれから二時間以上経っているのに!?
「なぁ、どこかに寄っているとかそういう事じゃないのか?」
『あり得ません。必ずお嬢様は六時までには帰宅しておられてましたから。
そこで最後に見た人から聞いたところ、貴方とお嬢様が一緒に帰られていたところを
目撃した人がいた為こうやって電話をかけたのですが』
「携帯は? 携帯はどうなんだ!?」
『それが、今日に限ってお嬢様は携帯を置いていかれていたのです……。
今私たちも全力を尽くして捜しているのですが……」
「分かった、俺も捜してみる。携帯の番号教えるから何か分かったら電話してきてくれ」
俺はルビアと電話番号を交換した後、すぐに電話を切る。
そして、すぐさま自分の部屋にかかってあった上着を取り玄関に向かう。
ちくしょう、なんだってこんな事になるんだよ!
あの時、もう少しまじめに渚を探していたら!
自分のいい加減さに腹が立つ。
「おい、少年何処に行くんだ?」
「すみません涼子さん、少し出かけてきます!」
「お、おい!」
そして俺は急いで家を出て渚を探しに行った。