第三十三話 「質問」
あれから涼子さんと拓海さんは二人ソファーに向かい合って黙り込んでいた。
涼子さんは至ってご機嫌斜めな様子に対して、拓海さんの方は照れている様子。
そう、拓海さんのどうしても会っておきたい人、それは涼子さんのことだったのだ。
俺は二人にお茶を出す。
「それじゃあ俺はこれで。後は二人でどうぞ」
そうして俺はそそくさとその場を退散しようとすると。
「待て少年。君もここに居ろ」
「えっ! い、いややっぱり二人っきりの方が良いんじゃないですか?」
「いいからここに居ろ少年!」
ガルルと野獣のように俺を行かせまいと威嚇する涼子さん。
仕方なく俺は涼子さんの隣に座る。
はてさて、一体お二人はどういう関係?
「少年、こいつとどうやって知り合ったんだ?」
「実はですね、拓海さんが偶然倒れていたところを助けて今に至るわけです」
「はぁ、こんな奴放っておけばよかったんだよ。今から捨てて来てくれ」
「涼子さん、ゴミとかじゃないんですから……」
それから二人とも一言を発しない。
照れて俯いてしまっている拓海さん。
ただ黙っている涼子さん。
このままでは埒があかないので取りあえず俺は疑問を尋ねることにした。
「あの、拓海さん、涼子さんとはどういう関係で?」
「えっ? ああ、僕と涼子は高校時代で一緒に絵を描いていたもの同士なんだ」
その言葉でピーンと来る。
となるとまさか……この人が涼子さんの言っていたすごい人兼好きな人!?
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、お二人は付き合って――」
「無い! 変なことを聞くな少年!」
キッと俺を睨みつける涼子さん。だが、拓海さんの顔がすごい
ショックを受けているのが気になる。
うーん、一体どうなんだ?
「ったく、なんで拓海は日本に帰ってきているんだ? 今海外じゃなかったのか?」
「まぁ作品もひと段落ついたからね。少し羽を伸ばしに来たのと、
その……涼子に会いたかったから」
照れながらそんな言葉を発する拓海さん。しかし、涼子さんは
全く気にしてない様子。
もう表情があっ、そ、と呆れたような感じ。
「しかし、拓海は老けたな。髪はぼさぼさ、目の下にクマ作って
更に痩せたんじゃないのか?
体は相も変わらずヒョロヒョロ、最悪だな」
涼子さんはあてつけのようにそんな言葉を拓海さんにぶつける。
そんな酷い言葉に対して拓海さんは。
「そうだね。それに比べて涼子は一段と綺麗になってるよ」
爽やかなスマイルでそんな言葉を返した。
そんな思いもよらぬ言葉に涼子さんの頬が赤く染まっていく。
見事な返し技です拓海さん。
「ふ、ふん、そんな世辞なんか聞きたくも無い」
涼子さんは口にタバコを銜えて火をつけようとライターを擦るが全く火が出ない。
明らかに動揺している涼子さん。そんな涼子さんを微笑ましい笑顔で見つめる拓海さん。
油と水のように正反対な性質の二人は意外にもいい組み合わせだと思った。
「涼子さんは拓海さんの事どう思っているんですか?」
「どうって……ふん、嫌いだよ。あの時と同じでなんら私の気持ちは変わってない」
腕を組んでムスッとする涼子さん。どうして明らかに拓海さんのことが
好きなのは分かっているのにそういうことを
言うのだろうかこの人は?
涼子さんの心境がいまいち分からない。
「じゃあ拓海さんは涼子さんのことはどう思っているんですか?」
「好きだよ。さっきも言ったとおり世界で一番愛してる」
爽やかスマイルから一転の真剣な表情で告白をする拓海さん。
涼子さんはその言葉に固まっていた。もうカチコチ。
そして温度計のようにグングンと肌の赤みが増していく。
「そ、そこまで好きなんですか? 拓海さんは?」
「うん。正直僕は涼子以外の女性を好きになれない。涼子の為なら全て投げ捨てれる」
そこまで言いますか拓海さん。
隣で聞いている涼子さんはもう恥ずかしすぎて俯いてしまっている。
涼子さんはプルプルと肩を震わせて。
「お前はどうしてそんな恥ずかしい台詞を口に出来るんだ! 馬鹿! 馬鹿!
お前なんて知るか! 大嫌いなんだよ!」
「だー! 涼子さん落ち着いて!」
あまりの恥ずかしさにこらえきれず涼子さんご乱心。
拓海さんに近寄って何度も足蹴する涼子さん。
拓海さんも拓海さんで痛いと言いつつ笑ってそれを受ける。もしかしてM?
それから涼子さんも何とか落ち着き、互いに今現在の話に花を咲かせる。
涼子さんはこの家に来るまでの経緯。
拓海さんはパリに行ってからどういう事があったかなど。
二人の話に入る隙間は無く、俺は本当にそこに居るだけの置物と化していた。
時間はあっという間に過ぎて夕方になり。
「それじゃあそろそろ帰るね。今日は涼子に会えて良かった」
「ふん、よくそんな言葉をベラベラと。ほかの女にもそういってるんじゃないのか?」
「まさか。涼子は何時までこっちにいるんだい?」
「……作品ができあがるまでだ。しばらくは完成する目処は無い。
拓海はこっちに何時までいる気だ?」
「まだもう少し。……また訪ねても良いかな?」
「ふん、勝手にしろ」
涼子さんの言葉に拓海さんは微笑む。
そして拓海さんは玄関へと向かう。俺も見送るために後をついて行く。
「あの拓海さん、泊まるところあるんですか?」
「ん? まぁ近くに友人の家があるからそこに泊めさせてもらうように
頼んでいるから大丈夫だよ」
俺はその言葉にホッとする。
何せ今の拓海さんは無一文なのだからまた何処かで倒れてる
なんてのはシャレにならない。
「また良かったら来て下さい、きっと涼子さんも喜ぶので」
「ありがとう亮介君。また寄らせてもらうよ」
靴を履いて玄関の扉に手をかけて後、拓海さんは一度俺の方に振り向く。
どうしたのだろうと俺は首をかしげると。
「亮介君は好きな子は居るかい?」
「えっ! ど、どうしてそんな事を?」
「ちょっと興味本位で。どうだい? 君は好きな子は?」
「い、今はいないです……」
その言葉に拓海さんは少し嬉しそうな顔をする。
えっと、どうしてそこでそんな顔をするのだろうか?
「……誰の顔が浮かんだ?」
「えっ?」
「ちょっとしたテスト。さっき好きな子と言われたときに誰の顔が浮かんだ?
もし、浮かんだのなら君が今一番気になっている子はその子だよ」
「た、拓海さん! 酷いですよ!」
「ハハ、とりあえず涼子でないことを祈るよ、亮介君」
そんな言葉を残して拓海さんは家を後にした。
頭に浮かんだ女性。
真っ先に浮かんだのが彼女だった。
笑顔が似合うあの娘の姿が――。