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第二十九話 「手料理」

部屋の壁にかけてあるカレンダーの数字に撃墜マークのように×印が

描かれており、生き残りは後六つ。

そう、素晴らしき夏休みライフは残り六日の命になってしまった。

六日後には地獄の学園生活。あぁ、時が止まってほしい。

そんな事を考えながら俺は部屋を出て居間へと向かう途中に偶然

廊下で妹の里奈と出くわす。

妹はおしゃれな服装に身を包み、何処か急いでいる様子。


「お兄ちゃん、私今日遅くなるから」

「えっ? なんで?」

「今日は隣の市でコンサートがあるの。真島君と見に行く約束してるから、

 帰るのは大体……午後の十時ぐらいかな? それじゃあね」


ばたばたと玄関に向かう妹。

ふーん、なるほどね。真島君と……ん?


「おい里奈! それってデートじゃないのか!?」

「かもねー」

「かもねー、じゃなくて! 親父に紹介したのか? お袋には?

 俺もまだそいつの顔知らないぞ!」

「頭硬すぎだよお兄ちゃん、まだそんな仲じゃないから大丈夫だよ」

「早く帰ってこいよ! もし何かあったら直ぐに110番だぞ!」

「ハイハイ」


そうして玄関のドアが開き、閉まる音が聞こえる。

……何という事だ。まさか知らないうちに里奈に彼氏が。

親父達はこの事を知っているのだろうか?

俺は居間へと急ぐ。


「親父! ついさっき仕入れた情報なんだが……ってあれ?」


居間でゴロンと寝転がる置物おやじの姿は無く、テーブルの上には

一枚の紙切れと五千円が残されていた。

俺は紙切れを手に取り、目を通す。


「何々? "今日は結婚記念日で一泊二日の旅行に夫婦水入らずで行ってきます。

 帰ってくるまでその五千円で暮らしてて"」


聞いてない。

つまりこの家に取り残されたのは……。


「ふぁー、お早う少年。おや? どうしたんだ? ため息なんかついて」


昼頃になってやっと起きてきた涼子さんが不思議そうに俺を見つめる。

涼子さんと二人っきりかー……非常に嫌な予感がするのは気のせいだろうか?

まるでライオンの檻に放り込まれたような絶望感が俺を襲う。


「いえ、じつは今日、家の中は俺と涼子さんの二人っきりらしいです」

「どういう事だ?」


俺は涼子さんに先程の里奈の事と、書置きを見せる。

それを知った涼子さんは。


「ふむ、そうか……仕方ない、今日は私が料理を作ってやろう」

「えっ! 涼子さん、料理作れるんですか!?」

「当たり前だ。夕飯を楽しみにしておきなさい少年」


ピースをして任せなさいと意思表示。

涼子さんの手料理……一体、何が出てくるというのだろうか?

凄く期待してしまう。


「よし、そうなると後で夕食の買出しに行くとするか」

「あ、俺も手伝いますよ」

「いや、少年はここにいなさい。楽しみが減るだろ?」


むっ、確かに。涼子さんの買出しに付き合えば自然と材料をみてしまう。

そして、材料からどんな料理を作るのかが大体わかってしまう。


「わかりました。じゃあ涼子さんにお任せします。あっ、このお金

 使ってください」


そう言って俺はテーブルの上にあったお金を涼子さんに手渡す。

涼子さんはそれを受け取り、ポケットの中にしまう。


「うむ、それじゃあ楽しみにしときなさい」





涼子さんはその後元気よく夕飯の買出しに出かけた。

俺は涼子さんが直ぐに準備できる様に調理器具の確認をする。


「えーっと、おたまに鍋にフライパン……」


うむ、大丈夫だ。普段は絶対にしない調味料の確認も怠らず。

これでどんな料理であろうと完璧に作れる。

無事自分の仕事を終えた俺は居間のソファーで一息つく。

涼子さんの帰りを今か今かと待ち構えていると……。


「たっだいまー」


玄関から威勢のいい涼子さんの声が聞こえてくる。

涼子さんは手に大きなビニール袋を二つ持って居間へと入ってくる。

はてさて、一体どんな材料を……? あれ?

おかしいな、目の錯覚だろうか? 二つあるビニール袋の内、一つは

涼子さんが好きな銀色に輝く缶が溢れ出ており、もう一つはよく見る

発砲スチロールのコップ容器が。

俺はゴシゴシと目を擦りもう一度よく見るのだが目の錯覚ではなかった。


「あの、涼子さん? それって……」

「ん? ああこれか。意外と上手いぞ、このカップ麺。どれがいい?

 お薦めは和風カレー味なのだが……」

「涼子さん! それ手料理じゃないですよ! 料理つくるんじゃなかったんですか!?」

「作るさ。ポットでお湯を注いで三分と便利な料理じゃないか?」


そういってテーブルの上に様々なカップ容器を置いていく。

その数五つ。

お、俺の夢が、希望が、音を立ててガラガラと崩れていく。

甘い手料理が無残なインスタント食品に変貌してしまった。

俺はヨロヨロと台所へ向かう。クソッ! ジュースでも飲まないとやってられるか!

冷蔵庫のジュースをゴクゴクと一気飲みしていると。


「あっ、立っているついでに私のカップ麺にお湯を注いでくれ。この

 和風シーフード味な」


……涼子さん、料理作ってくれるって言いませんでしたか? 

これじゃあ俺が全部作ってる事になるのですが……。




俺は涼子さんと自分のカップ麺にお湯を注ぎ、今はテレビを見ている。

ちなみに味はお薦めの和風カレー味で、意外や意外で美味かった。

あれ? おかしいな? 目からなぜか涙が。

ほんのちょっぴり悲しいというか、ブルーな気分でカップ麺を食べる。

只今の時間は午後六時。テレビを見ていると、夏休み恒例の24時間テレビが

今日から始まっていた。

仕方ない、愛と感動に包まれるこの番組を見てこの気持ちをリフレッシュさせよう。


「あっ、そろそろ格闘技頂上決戦が始まるじゃないか。いかんいかん」


ピッと、容赦なく番組を変える涼子さん。

愛と感動の番組は消え、暴力と熱気に包まれる番組へと変わる。

あまりに酷いです涼子さん。

俺は仕方ないので渋々24時間テレビを録画をすることに。

それからテレビの方はというと白熱した戦いが繰り広げられる。

夏休みという事もあり、超有名な格闘家のドリームマッチが組まれ、

その光景は迫力満点であった。

試合は一ラウンド三分で一分の休憩インターバルで行われ、全三ラウンド。

それをトーナメント方式で繰り広げられているのだが……。


「フゥ、さすがだな。今日の試合は見ごたえがある」


インターバルの時間になると缶ビール一本飲み干す格闘家がいました。

片手にウサギのぬいぐるみを抱え、試合が始まるとぬいぐるみを

ボコボコ殴る涼子さん。


「なぁ、少年、凄いと思わないか! ……ヒック」

「えっ? な、何がですか?」

「だーかーら、この試合が凄いって言ってるの! あんまり

 見れないんだよ? こんなハイレベルな試合」


そう言っていきなり立ち上がり、ジャブ、ジャブ! とか言いながら

凄く切れの良いパンチを披露する。

そんな事をしている内にテレビでは試合が再開。

途端にちょこんと座り、真剣な眼差しで見つめる涼子さん。

試合は白人の男性と黒人の男性が両者一歩も譲らぬ戦い。


「そこ! いけっ!」


涼子さんも応援に熱が入る。

試合は最終ラウンドまでもつれこみ、そして、最後は白人の男性がカウンターで

倒すという劇的な幕切れ。思わずおおっ、と俺は唸ってしまった。


「いやー、凄かったですね、涼子……さん?」


俺は涼子さんの方を向くと、凄く怒った様子でウサギのぬいぐるみの

首をギリギリと絞めていた。どうやら、涼子さんが応援していたのは

黒人の男性の方だったようだ。


「だー! どうしてそうなるの!」

「ちょっ、涼子さん? ……ゲッ!」


涼子さんは怒りのあまりウサギの首を引き千切ってしまう。

そしてウサギさんの顔がコロコロと転がってくる。

ウサギのつぶらな瞳が俺の心に訴えかける。


"ヤバイよー、多分、次の犠牲者は君だと思うから"


そんな言葉が聞こえたような気がした。

見るからに涼子さんは酔っている状況。

そして今涼子さんの暴力を耐えていたぬいぐるみは消えた。

そこから導き出される結論は一つ。

俺は黙ってそこから逃げ出そうとソロリソロリと歩き出す。


「少年……何処に行く?」

「エッ!」


涼子さんのほうを見ると、顔はすでに出来上がっており、目がとろんとしている。

完璧な酔っ払いモードに入っていた。


「えっと、ちょっとトイレに」

「……三十秒だ」

「え?」

「三十秒で戻って来い。でないと」

「でないと?」

「殺っちゃうぞ?」


なーんて軽いノリで、重すぎる死刑宣告を発してくれました。

俺は首を何回も縦に振り、急いでトイレへと駆け込む。

この窮地を脱する方法を何か考えないと、本当に殺されてしまう。




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