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第二十七話「過去と今」

昔の話。

毎日が充実していたあの頃の話。


空が茜色になる時間、陽射しが差し込む部屋でひたむきに励んだ青春。

常に付き纏うのは孤独と疑問。

ただひたすら目の前にある空白を埋める。

毎日、毎日、少しずつ埋めていく。

それが私の生きがい。これが私の全てだ。


――何時だっただろうか? そんな事を繰り返していたある日。


"すみません、入部したいのですが……"


一人の男性が尋ねてきた。

外見はひょろひょろ。顔から優しさが溢れ出るような私の一番嫌いなタイプだった。

おどおどした様子で私に話しかけてくる。


"勝手にすればいい。ここは部活じゃない。部員も私一人だからな"


それだけ簡潔に伝えると私は男を相手にしない事にした。

以前にもそういう興味本位の奴はいたが、大抵はこれで諦める。

だが、こいつは少し違っていた。

部屋の中をゴソゴソとあさりだし、同じ道具を揃え、私の隣に立つ。


"あの、この後どうすればいいですか?"


呆れてものが言えなかった。

ニコニコと笑顔を振りまきながら私に訊ねてくる。

正直、殴り飛ばしてやりたかった。


"描けばいい。自分の思ったこと、感じたことを。筆に思いを乗せて

ありのまま描けばいいだけだ"


へぇー、と感心したように頷く。

そうして男は描く。

下手糞で、幼稚で、猫らしき物体を描く。

けれど男は満足そうな顔をする。


"嬉しいか? そんな下手糞な絵を描いて"


あまりにも真っ直ぐな本音いやみ

相手が初心者だという事は分かっていた。

だから上から目線でそんな事を私は言った。それに対して。


"はい。自分で精一杯描いたものですから"


意外な返答だった。

そうして男はまた奇怪な絵を描こうとする。

けれど、その前向きな姿に何処か私は惹かれていた。


"……筆、貸してみろ"


男の筆を無理やり奪うと、男の悪い場所を指摘する。

感嘆の声をあげながら男は私を見ていた。


"凄いですね、まるで魔法みたいです"


比喩としては面白い。

一本の筆から無限の可能性ができるのだから、確かに魔法とも言える。

そんな男の世辞に少し気を良くする。

なにせ私は一度として褒められたことがなかったからだ。

そうして手直しを加えた後、自分の作業に取り掛かる。

男も男なりに何とか頑張っていた。


"なぁ、お前は何故こんな所にきたんだ?"


降って湧いた疑問。

私は男の方を振り向く事は無く、手を休めずに聞いてみた。


"絵を見たんです。校内であなたの展示されている絵を。凄く感銘を受けまして、

それで……"


至ってシンプルな回答だった。

つまり、私に憧れてこの部活もどきに入って来たというのだ。

嬉しくもあり、悲しくもある結果だ。

褒められるのは嬉しいが、おかげで一人いらない奴がこの部活に入部したからだ。

それからも男は私に質問してくる。

一人増えただけでこれほど賑やかになるとは思いもよらなかった。

だが、何故か悪い気はしなかった。


昔の話。

毎日が充実し、彼と過ごしたあの日々――。




◆◆◆



もう八月も終りに近づくというのに、未だ蝉の声が鳴り響く正午頃。

雲ひとつ無い青空に太陽の輝きがピークに達していた。

そんな暑い日に外に出るわけも無く、家の居間でボーっとしていた。

渚との海から帰ってきた後、自分の中で言い表せない焦燥感があった。

この気持ちはなんだろうか? 家に帰ってきて何日も経つというのに未だに付き纏う。

やり場の無い怒りに似た感情が自分を覆いつくす。

何も手に付かず、居間のソファーに一人座り込んでいた。


「どうした? そんな思いつめたような顔をして」

「え?」


驚いたような様子で俺に話しかけてきたのは涼子さんだった。

涼子さんは腕組みをして、近くの壁に寄りかかる。


「何か悩み事かな少年は? どれ、お姉さんに言ってみなさい」


ん〜? と口がにやけて如何にもからかう気満々の涼子さん。

けれど、今は涼子さんに構う気にはなれなかった。


「何でもないです。できれば放っておいてください」


少し冷たく突き放すような言い方をする。

涼子さんが如何にも不機嫌そうに口元をムスッと歪める。

それで会話は終り、涼子さんも自分の部屋へと帰っていく……と思いきや、

何を思ったのか涼子さんは俺に近づいてきて突然額に手を当てる。

そして自分の額にも手を当てた後。


「熱は無いか。暑さで頭がおかしくなったというわけではなさそうだな。となると、

 真剣に悩み事かな? 少年らしくも無い」

「いい加減にしてください! 俺は本当になんでもないんです! 放っておいてください!」

「放っておけるわけないだろ? それが真剣な悩みなら尚更だ」


涼子さんの表情が何時になく真剣な顔つきになっていた。

俺の顔を真っ直ぐに見つめる涼子さんの瞳に俺は戸惑いを隠せなかった。


「言ってみろ。実際の所、喋った方が楽になる時もある」


涼子さんは柔らかい物腰で俺に話しかける。

そんな涼子さんの言葉には魔法がかかっているのか、何時の間にか俺の

中にある胸の焦燥感が和らいだような気がした。


「実は――」

「……なるほど、そういうことか」


フゥ、とため息をつく涼子さん。

俺の話を聞いた後、困ったようにガシガシと頭を掻き毟る。


「うーん、実際の所、そこまで少年の悩みが深刻とは考えてなかったな。

 いや、これは意外」


何がおかしいのか、カラカラと笑い出す。

涼子さんって本当につかみどころの無い人だ。


「さて、そんな少年の悩みの解決方法はと言うとだな……」

「方法は……?」

「無い」


思わずソファーからずっこける。

あ、あの、それじゃあ俺、涼子さんに相談した意味全く無し?


「りょ、涼子さん?」

「そんな目で見るな少年。まぁ、その気持ちは分からなくもないが、それは

 自分自身で解決するべきだな。若いうちは悩め。悩みぬいて得られるものは

 とても素晴らしいものだぞ」


うんうん、と一人納得する涼子さん。

俺は全く納得がいかないのですが……。


「まぁ、解決できなかったお詫びと言ってはなんだが、いい所に

 連れて行ってあげよう」

「えっ? 何処ですか?」

「私の仕事場だ。どうだ? 一緒に来るか?」


涼子さんの仕事場? 今まで謎のヴェールに包まれていた涼子さんの仕事。

非常に興味がある。

しかし……そこで気になる点が一つだけある。


「あの、涼子さん」

「ん? 何だ少年?」

「何処の格闘家と闘うのですか? もしくはやっぱり某有名空手道場に殴りこ――」


そこまで言いかけて殴られた。しかも顔面に迷わずグーパン。

どうやら失言だったらしい。しかしそうなると一体何の仕事をしているというのか?

謎は深まるばかりだった。






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