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第二十六話「願い事」

災難な事故から色々とあり、部屋に戻れたのは午後十時。

身も心も疲れ果てた俺と正輝は直ぐにベッドへと横たわる。

心地よいベッドが俺を安息の一時へといざなってくれる。

俺は静かに目を閉じ、寝ようとしたのだが……隣からイビキと寝言が

絶え間なく聞こえてくる。


「た、助けて! もう勘弁してください白鳥さーん!」

「あー、もう! うるさいぞ正輝!」


かなりうなされている正輝。どうやらアレを思い出しているようだ。

まぁ、結構なトラウマになりかねないよなーアレ。

口に出せない内容な為、伏せています。

俺はうなされている正輝の頬を引っ張るが、一向に起きる気配なし。

正輝がうるさくて眠れず、仕方ないので気分転換にホテルの中を歩くことにした。

豊富な施設を見て回り、ホテルのロビーにまで来たときだった。


「ん? あれは……」


ホテルの外へ歩いていく女性の後ろ姿を見る。

あの後ろ姿はまぎれもなく渚。 

一体こんな夜更けに何処へ行こうというのか? 俺はそんな奇妙な行動を取る渚を

不思議に思い、無意識に渚を追いかける。

外は真っ暗で、所々に設置されている街灯が道を僅かに照らしているだけだった。

そんな薄暗い道を一人歩いていく渚。

何処か目的の場所があるのか、足取りに迷いは無くスタスタと歩いていく。

そんな渚が気になり、後ろをこっそりとつけてみる。

幾つもの道を歩き、辿り着いた先はあまりに意外な場所だった。

そこは昼間に遊んだ浜辺。昼はあれほど賑やかだった浜辺も今はさざ波の音しか聞こえない。

海は暗闇で黒ずんでおり、海中は全く見えない。

夜空では真円を描く月がおぼろげに輝き、辺りを照らす。

そんな浜辺に渚は一人立ち尽くす。

俺は渚を少し離れて見つめていた。

ただ黙って海を見つめる渚。それは普段見ることの無い渚だった。

明るい姿は無く、何処か張り詰めたような重い雰囲気。


「……あれ? リョウ君?」

「えっ?」


渚の声にハッとする。

何時の間にか渚は俺に気づいており、顔を俺の方に向けていた。

少し驚いたような表情。


「どうしてここに?」

「あ、いや……ホテルで渚が外に出て行くのを見かけたからそれで……」


俺は渚の後ろを勝手についてきた罪悪感もあり、喋る声のトーンが

後につれて小さくなる。……怒っているだろうな渚。

俺は渚の顔を直視できなかった。

そんな俺に対して渚は。


「心配してくれたの?」

「えっ? あ、ああ」


そう答えると渚は微笑む。そして再び渚は海を見つめる。

付いて来たことに咎めることも無く、気にした様子も無かった。

俺は渚に近づき、隣に並ぶ。


「なぁ、なにしてるんだ渚?」

「海を見ながらちょっと考え事……」

「考え事?」


渚はコクリと頷く。いつもならどんな事? などと聞いてしまうのだが、

今の渚の表情を見るとそんな事はとても聞けなかった。

しばらく二人共黙り込み、目の前にある海を眺める。

波の音が夜の海に響き渡る。とても静かで、とても綺麗だった。


「ねぇ、リョウ君……」

「ん?」


突然渚が口を開き、俺に問いかけてくる。

そしてそれは、俺にとって忘れられない言葉になる。


「もし、願いが一つだけ叶うとしたら何を願う?」


思いもよらない質問に俺は意表を突かれる。

願いが叶うとしたら? 様々な希望、欲望を俺は頭に浮かべる。

その後しばらくして、ある一つの結論に辿り着く。


「そうだな……願いが叶うとしたら」

「叶うとしたら?」

「皆を幸せにしてほしいかな?」


そう。これが一番の願い。なにも自分だけの事を考える必要は無い。

一つの願いで皆が幸せになるのなら、これ以上の望み、願いがどこにあるだろうか?

俺の願いを聞いて渚は驚くかと思いきや、意外にも微笑むだけだった。


「おかしいかな?」

「ううん、全然。良い願い事だと思うよ。……リョウ君らしいね」


渚の言葉に照れくさくなり、それを隠すように頭を掻く。

しかし、そうなると自然と興味を抱くのが……。


「なぁ、渚はどんな願いなんだ?」


俺がそういうと渚は少し戸惑う表情を見せたものの、口を開く。


「月……かな」

「つ、月!?」


うん、と俺に笑顔を見せながら渚は頷く。

月か……これはまた凄い願いだな。


「明るいし、何処にいても見えるし、ずっと側に居てくれてるみたいだから。

 でもね……」


渚は月に向かって手を伸ばす。遥か彼方にある月を。


「届かないんだ……。見てると直ぐ近くに居るみたいだけど、実は遠い。

 遠い、遠いお月様。私にはその姿を眺めることしかできない……」

「……渚?」


渚が凄く切ない顔をする。まるで恋人がどこか遠くに行ってしまうような……。

横で見てる俺の心も締め付けられるような渚の姿。

渚はゆっくりと手を降ろし。


「……なーんてね」

「え?」

「驚いた? 以前ドラマでこういうシーンがあったからやってみたく

 なっちゃったの。結構演技上手かったでしょ?」


すこし舌をだしてごめんね、とはにかんだ表情を見せる。

そんな渚を見てドッと肩の力が抜ける。

自分でも信じられないぐらい緊張していた。それぐらい渚の先程の「演技」

は堂の入ったものだった。

俺はホッとため息をつく。


「からかわないでくれよ渚」

「ごめんごめん。これはさっきのお風呂のお返しかな」

「うっ、それは言わないでくれ」


そんな渚の言葉を口火に俺達から笑い声が出る。

さっきのシリアスな雰囲気なんて一気に消し飛ぶ。

やっぱり、渚は笑顔が一番良い。


「? どうしたの? リョウ君?」

「いや、なんでもない。それより渚はまだここに居るのか?」

「ううん、もうそろそろ帰ろうと思ってたところ」


渚の言葉にホッと一安心。渚が帰るのであれば俺もここに居る理由は無い。

そうして俺は踵を返してホテルに向かって歩き出す。


「リョウ君」

「ん?」


不意に渚が俺を呼び止める。

振り向くと、渚は月光を浴びてえも言われぬ美しい姿を見せていた。

金色の髪は艶やかに輝き、吸い込まれそうな優しい瞳。

白い陶器のような肌は海面の光と合わさり鮮やかに闇夜に映える。

そんな神秘的な姿に息をするのも忘れる。

そして渚は嬉しそうに。


「お誕生日おめでとう。少し遅くなっちゃったけど」

「! 知ってたのか?」

「うん。確か八月一日。丁度朱音のパーティーに行く前日だったよね?」


自分自身どうでもいいと思っていた誕生日のことを渚は知っていた。

突然の祝福の言葉に俺はどう反応していいのかわからずにいた。

ただ嬉しかった。


「ちなみに、誕生日プレゼントは豪華ホテル宿泊券でしたー」


手を大きく広げてワーイと子供のようにはしゃぐ渚。

あっ、だからあの時お金は要らないって言ったのか。

俺にとってはあまりにも大きすぎる誕生日プレゼント。


「ありがとう。すごく嬉しいよ」


素直にありのままの嬉しさを伝える。

その言葉が渚にとってどれだけ良かったのか分からないが、満足そうな

表情を見せてくれた。

渚はひょいひょいと俺の側に駆け寄ってくる。

だが、砂に足を取られたのか、俺の目の前で突然転んでしまう。


「お、おい、大丈夫か渚?」

「痛たたっ……顔がヒリヒリするー」


手で顔をさすり、痛みを和らげようとする。

見たところ外傷は無いみたいだから良かったけど……。


「立てるか?」

「うん……痛っ!」


渚が顔をしかめる。何とか立とうとするものの、痛みが酷いのか

直ぐに座り込んでしまう。よく見ると足首が赤く腫れあがっていた。

どうも先程転んだ時に痛めたようだ。

仕方ないので、俺は渚の前でしゃがみ込み背中を見せる。


「仕方ない、ほら背中に乗れよ」

「えっ! い、いいよそんな事しなくても!」

「そんな事言っても歩けないんだろ? それにホテルまで

 なんだから大丈夫だよ」


ほら、と俺は渚をせかす。

多少躊躇してはいたものの背に腹は変えられない為、俺の背中におぶさる。

渚は俺がイメージしていたよりもずっと軽かった。


「大丈夫リョウ君? 重くない?」

「全然。むしろ軽すぎるくらい」


俺は渚をおぶったままホテルに帰る道を歩く。

夜中の為、誰一人として通行人に会わないのがせめてもの救いだ。

二人っきりの夜道をゆっくりと歩く。


「ねぇ、リョウ君」

「ん? どうしたんだよ?」


俺にしがみついたまま耳元で渚が話しかけてくる。

俺は渚の方を振り向くことは無く、歩きながら背中越しに返答する。


「もし、リョウ君が私以外の人を好きになったら……」


渚の言葉から次の言葉を予測する。

おそらく、"ぜーったい許さないからねー!"だろうなー。

頬を膨らませて怒る渚の姿が目に浮かんでいた。



「その人……幸せにしてあげて」



消え入りそうな声で渚は小さく呟く。

俺の服をギュッと掴み、まるで子供のお願いのように純粋だった。

歩いていた足がピタリと止まる。

あまりに意外な言葉に頭が真っ白になる。

今……何て言った? どうしてそんな事を?  

だって俺は――。

喉元まで出かけた言葉をなぜか俺は飲み込んだ。


「――悪い、ちょっとボーっとしてて聞こえなかった」


渚の方を振り向く事無く返答する。

そんな事は無い。だけど、俺にはこれしか返事がなかった。

ただの言い訳。言い逃れ。渚の言葉に頷くことができなかった。

それからホテルに戻るまでその会話に触れる事は無く、渚もこれ以後

話しかけてくることは無かった。



――渚の言葉が、何時までも残響として俺の耳に残っていた。









 






















 








 






















 



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