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第二十話 「驚き」

只今の時間は午前三時。当然の事ながら俺は羊さんによって眠りの世界に誘われて

居る時間帯なのだが、そんなの関係ないと言わんばかりのけたたましいサイレンが

城の中に響き渡る。あまりに突然の出来事に思わず飛び起きる。


「な、何? 何の音?」


俺は素早く辺りを見回し、警戒していると。


『起床〜、起床時間です。すみやかに社員の方は準備に取り掛かりなさい』


などと、放送が響き渡る。起床って……確か社員の方って午後十一時過ぎまで

仕事してましたよね? およそ睡眠時間は三時間。うわぁ……なんという

恐ろしい所だ。ほとんど不眠不休ではないか。

俺は扉を開いて廊下を覗くと、そんな疲れを見せない社員の方がせわしく動き回る。

もしかして社員の方はロボットなのでは? などと思ってしまうほど。

さて、こうして起きてしまったからには、とりあえず着替える事にした。



着替えた後、顔を洗い、一通りの準備が終わったのは午前五時。時間がたっぷりあった為に

のんびりと準備をしてしまった。

今は俺の家には無い32型の薄型プラズマテレビで、朝のニュースを見ているという

贅沢さを満喫していた。

いっその事、俺の部屋とこの部屋を取替えてくれないだろうか?

そんな事を考えていると、ドアがノックされる。


「神崎様、起きていますか?」

「あれ? 黒羽さん?」


俺は急いでドアを開ける。

そこにはやはり黒羽さんの姿が。昨日は執事の方が呼びに来ると言っていたのに

どうしたのだろうか? 


「あの、どうしたんですか?」

「神崎様にドレスの見立てをしていただこうと思い、直接私が来ました」

「えっ? 今からですか?」

「当然です。ただでさえ数が多いのですから、今から見てもらっても三時間ほどかかります」

「さ、三時間!?」


あまりに予想だにしてなかった時間の長さに驚く。

一体どれだけのドレスがあるというのだろうか? 黒羽さんは俺の腕を引っ張って

ドレスの有る部屋へと連れて行く。


◆◆


黒羽さんに連れられてやってきた衣裳部屋を見て仰天した。

同じ服が何着も揃えてあり、その種類も様々。昨日の部屋とは比べ物にならない程の

服の多さ。目が届く距離は全て服で埋め尽くされていた。


「まさかこれ全部黒羽さんのドレスなんですか?」

「ええ、それが何か?」

「何着ぐらいあるんですか? ここ」

「そうですね……ざっと三千着はあるのではないでしょうか?」

「さ、三千!」


なんとも桁違いの服の多さに驚きを隠せない。

黒羽さんは三時間と言っていたが、これ全部見ていったら三時間で足りるのだろうか?

そんな俺の不安を余所に黒羽さんは端から片っ端にドレスを俺に見せる。


「ほら、これなんかどうです?」


そういって見せてくれたのは丸く襟元がカットされており、体型をスラッと見せる

ドレスの基本のようなシンプルなデザイン。

色は水色で爽やかな印象を与える。

黒羽さんは着たときの姿をイメージしやすいように、服の上からドレスを重ねて

俺に見せてくれた。


「い、良いんじゃないですか?」

「神崎様、それでは見立てになっていません。詳しく良い所、悪い所を

 言っていただかないと」

「とは言っても……」

「じゃあ、これなんかどうですか?」


そう言って見せてくれたのはハイネックな襟元に、両肩を大きく開いたデザイン。

さらに胸元が開いていると言う過激なもので、思わず赤面してしまう。


「もしかしてこれが神崎様の好みですか?」

「ち、違います! そ、それは駄目! 絶対駄目です!」


その後も幾つか服を見せてくれるものの、正直な話全て似合っている為

どれでも良いと思っていた。


「どれが一番合っていると思いますか?」

「う〜ん、黒羽さんなら全部似合ってると思いますよ?」

「……その言葉は禁句タブーですよ、神崎様」

「えっ?」

「"どれも似合っている"などという言葉は基本的に良くありません。どれが

 どう似合っているのか、どう似合ってないのか正直に言っていただいた方が、

 その人がどれだけ自分の事をちゃんと見ているのか分かりますからね」


黒羽さんの言葉が俺の心にグサリと刺さる。いえ、ちゃんと見ているのですが

正直な話、全部非の打ち所が無いぐらい似合っているのだからどうしようも

無いわけで……。

黒羽さんは次々とドレスを見せてくれるものの、やはりどれも甲乙つけがたい。

この中から一つ選ぶとなると非常に難しい。

改めて昨日の自分の発言が無責任だった事を思い知らされた。

頭を抱えて悩んでいる俺に、黒羽さんは見るに見かねてか。


「神崎様から見て、私はどんなイメージですか?」

「えっ?」

「全て似合っているというのであれば、その人のイメージ、性格、雰囲気などを

 選ぶ基準にしてみたら如何ですか?」

「イメージ……ですか?」


黒羽さんのイメージ……う〜ん、花に例えるなら薔薇だよな。

こうシャープで、触ると手が切れそうなほど。

それでいながら外見は長くしなやかな黒髪が特徴的な大和撫子。

他の同年代の女性とは一線を画した艶姿。

むっ、段々良い感じに閃いてきそうな予感。


「では神崎様、それを考慮してドレスを見てください」


そうして黒羽さんは一つのドレスを手に取る。

そのドレスを見た俺は。


「! それだ! それですよ、黒羽さん!」

「えっ? これですか?」


いきなりの決定に戸惑う黒羽さん。だが、そのドレスはまさしく

黒羽さんのイメージにぴったりのドレスだった。


「本当にこれでいいのですか?」

「はい。もうバッチリ」


俺の迷いの無い言葉に黒羽さんも納得したのか、黒羽さんも迷わず

それに決めてくれた。

そうして衣裳部屋を出て部屋に戻る途中。


「あの、黒羽さん」

「はい、なんですか?」

「本当に俺の選んだドレスでよかったんですか?」

「ええ、勿論です。神崎様が選んだドレスなら絶対に間違いありませんから」


そう言ってニッコリと微笑む黒羽さん。

うう……そんな顔を見ると、選んだ俺は凄く不安になってきました。


「ところで黒羽さん、パーティーは何時から始まるのですか?」

「えっと、午後十二時からですね」


俺は携帯電話を開き時計を見ると、もう午前九時。これから準備の時間も

考えると結構ギリギリでは?


「時間の方は大丈夫ですか?」

「私の方は大丈夫なのですが……」


チラチラと俺を見る黒羽さん。ん? どういうことなのだろうか?

しかし、その視線の意味は直ぐに分かることになった。


「朱音様! こちらにおられましたか!」


一人の男性社員が黒羽さんに向かって走ってくる。そして、黒羽さんの

前まで来ると、片膝をつき"なんなりとお申し付けくださいませ"と言わんばかりの

姿勢をとる。

黒羽グループの教育恐るべし。


「どうしました?」

「はい、お隣にいる朱音様のお客様の服が仕上がりましたので、これより

 試着していただきたいのですが……」

「わかりました。そのついでに、他の部分もセットしてあげてください」

「えっ? うわっ! ちょ、黒羽さ〜ん!」


社員の方に連れて行かれる俺に手を振って別れを告げる黒羽さん。

俺はそのまま部屋に帰る事無く別室へと連れて行かれた。



別室につくと俺は、髪のセット、顔の手入れ、マッサージなどを経て

昨日選んだパーティー用のスーツに着替えさせられる。

俺は部屋の中にある姿見を見て、あまりに何時もの自分と違う格好に少し笑ってしまった。

部屋から出てみると、城には沢山の人が入ってきていた。

よくテレビや雑誌で見るような著名人、顔は分からずとも、名前を聞けば驚くような

財界の有名人などなど。

そんな夢のような競演の中に一人、至って不釣合いな凡人の俺がいた。

正直、黒羽さんのパーティーでなければ全員にサインを頼みたいぐらい。

俺は遠巻きでボーっとそんな有名人を見つめていると。


「あら? もしかして神崎様?」

「えっ?」


背後から聞きなれた声が聞こえて振り返ると、そこには

目を見張るような美人が立っていた。

白く透き通るような肌。艶やかな黒い髪を頭の頂上付近で束ねている。

首から襟元をつるしたようなデザインで、赤い情熱的なドレス。

肩や背中が大きく開いたセクシーなスタイル。

身に纏う豪華なアクセサリーも、彼女の美しさの前にはくすんで見える。


「あの、どこかでお会いしましたか?」


俺が訊ねると、その美人はクスッと笑う。どこかで見た仕草。

だけど、これほどの美人なら忘れる筈は無いと思うのだが……。


「神崎様、私です。朱音です」

「! く、黒羽さん? ほ、本当に?」

「ええ。私が来ている服、これは神崎様が選んだドレスですよ? 忘れたのですか?」


黒羽さんはそういってドレスの裾を掴んでクルリとその場で回る。

忘れては無かったけど、ドレスよりも黒羽さんの方が印象が大きかった。


「似合いますか?」

「え、ええ勿論です。すごく似合ってます」


そんなありきたりな感想を聞いて少し微笑む黒羽さん。


「もうすぐパーティーが始まるので三階のホールに行きましょう」

「は、はい」


そうしてゆっくりと階段を上り、三階へと辿り着く。

三階のホールは広々とした空間がひろがっており、天井には豪華なシャンデリア、

辺りには幾つもの丸テーブルが置いてあり、その上に極上の料理が置かれていた。

皆、立ちながらワインを片手に談話を交わしていた。

正直、一般人にはほとほと縁の無い世界だと改めて思い知らされた。


「では神崎様、私はこれで」

「えっ? どこにいくんですか黒羽さん?」

「私はこれからやる事が沢山ありますので、またパーティーが

 終わり次第お会いしましょう。では、ごゆっくりとくつろいでください」


そうして何処かへ消えていく黒羽さん。くつろぐなんて出来ませんよこの状況。

とんでもない場違いのパーティーに、頭が混乱してパニック状態。

まるで地に足が着いていないようだ。

俺は気を紛らわす為、ぎこちなく目の前の料理に手を伸ばす。


「おや? 見るからにパーティーに場慣れしていない、場違いな人がいると

 思ったら、亮介様ではありませんか? 」


むっ、この若干の嫌味を交えた挨拶をする声は……まさか。

俺は声がした方向を見ると。


「うわっ! 怪人百面相!」

「誰が怪人百面相ですか」


ジーっと蔑んだ目で見つめる自称メイドこと、ルビアがいた。

青のドレスに身を包み、すらっとしたプロモーションをみせつけていた。


「何でアンタがここに居るんだ?」

「本来ならお嬢様がここに来る予定だったのですが、生憎の所お嬢様は

 ご多忙の為、代わりに私が来たというわけです」

「へ〜、忙しいのか渚」

「当たり前です。夏休みの課題もやらずにここに居る貴方とは違うのですよ」

「えっ! な、何故それを!」


その言葉を聞いたルビアの顔がますます険しいものになる。

しまった。どうやら、先程の発言はハッタリだったようだ。


「……夏休み明け、楽しみにしてますよ?」


ルビアの顔がフフフと、怪しく笑う。

何をどう楽しみにしてるのかは聞かないでおこう。

帰ったら徹夜で課題にとりかかったほうがよさそうだ。


そんな会話を交わしていると、一番前の壇上にマイクを持った司会らしき男性が

現れた。手にはカンペと思わしき紙。それを開き、チラチラ見ながら話を始めた。


『え〜、本日はお忙しい中、ご来場いただき誠にありがとうございます。

 それではこれより黒羽朱音様の誕生パーティーを開きます。

 開始の前に、朱音様より一言』


そうマイクの男性が言うと、周りが静まり返り注目する。

壇上の隅から黒羽さんが現れる。皆その姿に拍手喝采。

そして黒羽さんは一度会釈をして、マイクを男性から受け取る。


『このたびは私の誕生パーティーにご来場頂き、誠にありがとうございます。

これほど盛大なパーティーになるとは思いもしませんでした。

皆様に祝福される私は幸せ者です。皆様、存分に楽しんでください』


黒羽さんの貫禄あるスピーチが終わると、再び拍手喝采。

そしてそのスピーチをキッカケに皆談話を始めた。

スピーチが終わった後、俺は少し気になった事があった。


「なぁ、ルビア」

「はい? なんですか?」

「黒羽さんの両親はここには来てないのか?」


そう、折角の娘の盛大なパーティーなのだ。例え両親二人が揃わなくても

どちらか居てもおかしくなさそうなのだが?


「むっ、さては亮介様は黒羽お嬢様の事を知らないのですか?」

「? 何を?」


ルビアは苦虫を潰したような顔をし、何かに悩んでいる様子。

そしてしばらく悩んだ後。


「まぁ、私たちの中では有名な話ですから喋ってもいいでしょう。実は黒羽さんは

 "養子"なのです」

「……えっ」

「彼女は生まれて間もなく孤児院で育ち、4歳のときに今の黒羽さんの父親に

 引き取られて一人娘として育てられたというわけです」

「そ、それ本当なのか?」

「嘘を言ってどうするのです。彼女としてもあまり触れて欲しくない部分だと

 おもいますよ?」


黒羽さんの方を見ると、周りの人たちと楽しそうに会話を交わしていた。

屈託の無い笑顔を見せる黒羽さん。

だが、彼女の心境は今どうなのだろうか……。







 








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