第十九話 「準備」
「あの、黒羽さん」
「なんでしょうか? 神崎様」
「すごく色々といいたい事はあるんですが、とりあえず」
「とりあえず?」
「なぜ、俺はヘリの中にいるんですか?」
何時の間にか意識が無くなって、目が覚めた途端に飛び込んできたものは
狭い室内。外から聞こえる轟音。
それがヘリの中だと解るのに長くはかからなかった。
「まず車で我が社のヘリポートに向かい、そこからヘリを使って現在に至るというわけです
只今T県の山中です」
「T県!? 俺の居る県と真逆じゃないですか!」
「だから言ったじゃないですか、半日ほどかかりますよと」
ヘリコプターの窓から下を覗いてみると一面緑で埋め尽くされていた。
日は沈み、じきに夜になる。
もしこんなところで墜落したらどうなる事やら。
「あっ、会場が見えてきましたよ神崎様」
「えっ?」
そう言って窓の外を指差す黒羽さん。
指差す方向を見ると、そこには巨大な西洋のお城が立っていた。
緑一面の山に不釣合いな巨大なお城。金持ちの考える事はよくわからない。
城に辿り着くと、タキシード姿をした二人が着陸したヘリに近づいてくる。
「朱音様、お待ちしておりました」
「出迎えに来るのが遅いですね。前もって連絡しておいたはずですが?」
「も、申し訳ございません、なにせ会場の準備が忙しい為……」
「言い訳は聞きたくありません。二度とこのような事が無いように」
「は、はい」
タキシード姿をした人達は黒羽さんに何度か頭を下げた後、城の中へと帰っていく。
黒羽さんはそんなタキシードの人たちを見ながらため息をつく。
「黒羽さん、少し言い過ぎじゃないですか? あの人たちも一生懸命みたいだし」
「神崎様、そんな事を言っていたらここではやっていけません。忙しくてもそれを
こなすのがプロ。黒羽の社員というものです」
ハッキリと言う黒羽さんの言葉には説得力が感じられた。
俺は改めて黒羽さんはお嬢様なんだなと感じた。
「神崎様、私達も準備に取り掛かりましょう」
「そうですね」
俺と黒羽さんは城の中へと入る。
城の中は外観こそ中世のお城だが、中身は現代風。
石造りの柱や壁に掛かる電気のランプ。通路に敷かれるレッドカーペット。
タキシード姿の人やコック帽を被った料理人がせわしく城内を動き回る。
「それじゃあ俺は何を手伝えばいいですか? 料理の皿出し? 城の中の掃除?」
俺の言葉に黒羽さんは何故かきょとんとした表情。
そして、少し間があった後、くすっ、と失笑する。
「いえ、そういうのは他の者がやってくれますので」
「じゃあ何をすればいいですか?」
黒羽さんは指をパチンと鳴らすと、周りに居た人たちが一斉に黒羽さんの
元へと駆けつける。
うわぁすごいな、ここまで教育されているのか……。
「お呼びですか? 朱音様」
「隣に居る男性の服をパーティー用にコーディネートしなさい」
隣に居る男性……? って、やっぱり俺だよね?
黒羽さんに集まっていた人達が一斉に俺の方を向いた後、俺を掴んで
御神輿のように担ぐ。
「ちょ、ちょっと! 黒羽さん!」
「大丈夫ですよ神崎様、今日は採寸を調べるだけで、明日には仕上げる
手配ですので。後、お泊りの部屋も用意してありますのでご心配なく」
それだけ言われると俺は黒羽さんの社員に連れて行かれる。
別室に運ばれた俺は服を脱がされ三人がかりで体の寸法を測られる。
社員の方は俺の寸法を厳重にチェックされた後、再び俺を担ぎ上げる。
いや、もう自分で歩きたいのですが。
広い城内を担いで運ばれ、また違う別室へ。
そこには部屋一面に広がる服の山。その全てに丹念に手入れが行き届いていた。
数人が色んな服を俺に進めてくる。
まるで王様の気分。
進められた服の中から何着か俺は見繕う。社員の方はその服を何処かへと
運んでいく。どうやら俺の寸法に合わせるようだ。
無事に服を選んだ後、俺は城の二階にある部屋へと案内される。
中はというと……。うわぁ、豪華すぎて目が眩みそう。
部屋一面に敷かれてある絨毯に、ゆうに二人は眠れそうなほどの大きなベッド。
ベランダには露天風呂と獅子の顔置物。
風呂は部屋の中にもあり、そちらはジャグジーつきの豪華なお風呂。
他にもホテルのスイートクラス並みの設備が用意されていた。
俺はそんな一人ではどう考えても大きすぎる部屋で物思いにふける。
明日になれば黒羽さんの誕生パーティーが開かれる。
きっと想像のつかないようなスケールになるのだろう。
そんな事を考えていると、不意にドアがノックされる。
「神崎様、私です。朱音です」
「黒羽さん? 待って、今ドアを開けます」
ドアを開けると、扇子を片手に持った黒羽さんが立っていた。
とりあえず立ち話もなんなので、中に入ってもらう。
黒羽さんは大きなベッドに腰をかける。
「服はお気に召したものはありましたか?」
「どれもすごいものばかりで俺なんかには勿体無いですよ」
「そうでもありませんよ、あそこにある服は大体百万単位のものですから」
「……充分凄いです」
ちなみに今俺が着ている服はセールで買った物で3千円です。
あそこにある服一着でも欲しいと思ったが、心に留めておく事にした。
「明日は私の執事が起こしに来ますので、それまでゆっくりとくつろいでいてください」
「いえ、そういうわけには。俺でも手伝える事があれば」
「神崎様はあくまで私のゲスト。ゲストに手伝わせるわけにはいきませんので」
「何でもいいんです。何かしないと黒羽さんに申し訳なくて」
「何故ですか? 私は別に……」
「服を借り、会場まで案内してもらい、何から何までしてもらっているのに何もしない
訳にはいきませんよ。少しでも役に立ちたいんです。何か無いですか?」
お願いします、と頭を下げる。
それを見た黒羽さんはやや困った様な表情。しばらく扇子を開いたり閉じたりした後、
何かを思いついたのか、扇子をピシャリと閉じる。
「どんな事でもよろしいのですか?」
「はい」
「それでは神崎様には明日の朝、私のドレスの見立て人になっていただきます」
「分かりました、それでよければ……って、ぇえええ!」
「よろしいですね?」
「あ、いや、ど、どうして?」
「本来なら私が選ぶべきなのですが、数が多すぎて選ぶのに困っていたところなのです。
神崎様が選んだものならば喜んで着させていただきますわ。勿論、神崎様の"好み"で
選んで頂いて結構ですので」
そういって黒羽さんはニタリと笑う。そして、上機嫌で部屋を後にした。
俺は一人部屋で明日の責任重大な役に悩み苦しむ結果に。
うわー! こんな事なら役に立ちたいなんて言うべきじゃなかった!