第一話 「白鳥のお嬢様」
この話は気軽に楽しく読んでいただけたら幸いです。
楽しければヨシ! そんな感じで作りました。
彼女が俺の前からいなくなって10年の月日が流れた。
月日というのは記憶を薄れさせる。
自然と俺の中から彼女の存在はいなくなっていた。
そして、気づけば俺は高校2年生になっていた。
高校生になっても日々平凡な生活。
勉強、運動、遊び。
極々普通の暮らしを俺は楽しんでいた。
そんなある日の朝……。
けたたましい目覚ましの合図で俺は目を覚ます。
昨日は友人の正輝と徹夜で麻雀してたからな……。
眠い、だるい、死にそうの三拍子揃ったこの体調。
カーテンから漏れる日差しが俺に襲い掛かる。
寝起きにこの日差しはキツイ。
更に悪い事に時計を見ると、どうやら時間が迫っている。
俺は自分に渇を入れて無理やり体を起こす。
「学校……行かないとな」
とりあえず、俺は自分の部屋を出て洗面台に向かう。
フラフラと廊下を歩いていると、正面から妹がピシッと
学生服に身を包んでいた。
だらしない寝巻き姿の俺とすれ違う。
「おはよう、昨日帰ってくるの遅かったの?」
俺は妹の質問に首を縦に振って応答した。
妹はそれだけ聞くと、あっさり玄関の方へと向かっていった。
最近、テニス部でレギュラーに選ばれたらしく、やけに張り切っている。
今日も朝練にいくのであろう。
俺は洗面台で、爆発している頭の寝癖を直して、冷たい水で
顔を洗う。
顔を洗えば、否が応でも目が覚めるものである。
そして、次はなんといっても腹ごしらえ。
これだけは、例え学校を遅刻するとしても抜けない項目だ。
居間に向かうと、既に朝食が準備されており、親父とお袋が
朝食を食べていた。
「……おはよう」
「おはよう亮介」
俺の挨拶にお袋が返事をする。
お袋は、いそいそと俺の茶碗に飯をよそってくれた。
今日の朝食は焼き魚に、味噌汁、ひじきの煮物だ。
俺は手を合わせた後、朝食を食べ始める。
「亮介、今日も『舞ちゃん』を待たせる気か?」
親父が少し怒ったような声で俺に話しかける。
「ん? 別にいいだろ? あいつが勝手に俺を呼びにくるんだから」
「お前と言う奴は……一体、誰に似たのか」
ハァ、とため息をつく親父。
間違いなく、アンタに似たんだと思うよ?
親父は会社でも遅刻の常習犯だと聞くし。
まぁ、親父が怒るのも無理ないか。
アイツを待たせて遅刻させた事もあったし。
俺は朝食をとりながら朝のニュースを見る。
一番俺が気にしているのは、朝のニュースよりも占いのほうだ。
ちなみに、俺の星座は獅子座。
この占いによって今日の俺のテンションが決まると言っても
過言じゃない。
ニュースが終り、じきに朝の占いが始まる。
『占い師ヒミコが送る、朝の星座占い〜!』
と、銘打ったテロップが流れる。
どれどれ、昨日は最下位だったからな。
今日は一番になるのが大体の占いなんだが……。
しかし、何時までたっても獅子座の名前が出てこなかった。
そして、最下位に。
『今日のブッチギリの最下位は 『獅子座』のあなた!
今までヒミコが占った中でも今世紀最大の不幸があなたに襲い掛かります!
車に轢かれたり、突然刃物で刺されたなんてのは
当たり前! って言うぐらいの不幸っぷり。
今日はおとなしく家から出ずに団子虫のように丸まって今日を何とか
凌いだ方が身のためよ! ラッキーアイテムなんて無いんだから!』
……最近の占いはここまではっきり言えるように
なったんだな〜と、感心してしまった。
しかし、人事でないのがつらいところである。
「言っておくけど、休むなんて許さないわよ?」
俺の心を見透かしたかのように、お袋から釘を刺される。
俺は朝食を済ませた頃、玄関の呼び鈴が鳴る。
時間を見ると、きっちりいつもと同じ時間。
どうやら、アイツが来たようだ。
俺は急いで自分の部屋に戻り、学生服に着替えて鞄を持つ。
そして、玄関の扉を開ける。
目の前には、青空のように澄んだ青色のショートカット。
くりっとした黒い瞳。
卵型の輪郭に、モデルのようにスラッとした体型。
少し怒ったような顔がまた可愛さを引き立てる。
いや……多分、実際に怒っているのであろう。
「ちょっと! 何でいつも時間ギリギリなの!?」
やはり怒っていた。
彼女は腕を組んで、俺に怒鳴り散らす。
まぁ、ギリギリなのは確かに良くない事だ。
「悪い、いつも待たせてすまないな」
ごめんね、と謝る。
すると、少し驚いた表情をする女性。
「ま、まぁ、今度から気をつけてくれれば良いだけだから」
「そっか。いや〜、助かる。実際、舞の正拳突きが来る
かと思ってひやひやしてたんだけど」
「……喰らってみる?」
「結構でございます」
目の前の彼女は『相沢 舞』
俺と同級生で、同じクラスで、幼馴染という腐れ縁。
ルックスも良く、スタイルも良い。
それ故、学校内でも人気が高く、彼女を狙っている男も多い。
しかし……なぜそんな奴が俺をいつも朝誘いにくるのかが不思議だ。
「もう時間が無いから急ぐわよ!」
「えっ? あ、ああ」
突然走り出す舞。
俺も慌てて走り出すのだが……。
「うおっ!?」
途端に靴紐がほどける。
そのまま前のめりに倒れる俺。
「ちょっと、大丈夫!?」
「あ、ああ。悪い、ちょっと先行っててくれ」
「えっ? わ、わかった」
俺の方を心配そうな表情で見つめた後、走り出す舞。
俺も急いで靴紐を結ぶ。
「よっと、コレで……げっ!」
靴紐をきつく結んだ瞬間、通してあった紐がブチブチと音を立てて切れてしまった。
それも、全部。
「あちゃ〜、参ったな」
俺は紐を結ぶ事を諦めてそのまま走りだす。
学校手前の交差点。
もう、学校は目と鼻の先であったが、赤信号で足止めされる。
この信号によって俺の遅刻は確定してしまった。
「くそ〜、何て運が悪い……ん?」
目の前に何十匹もの黒猫が一列になって俺の目の前を
通り過ぎていく。
他の人達に対しては、何故か後ろを通る奇妙な黒猫集団。
「な、何て不吉な……」
些か不安に駆られたものの、学校にいけばなんて事はない。
そう、俺は考えていた。
しかし、今までの奇妙な現象は俺に学校に行くなと言う
警告であった事は知る由も無かった。
学校に着くと、急いで教室へと向かう。
しかし悲しい事に、朝のHRが始まっていた。
なにやらやけに今日は騒がしい。
俺は教室の後ろのドアをゆっくりと静かにあける。
俺の席は最後尾であったのが唯一の救いだった。
そして、こそこそと中腰の姿勢で俺の席へと向かおうとしたが……。
「あれ?」
俺の席に誰か座っていた。
いや、良く見ると何かが違う事に気づく。
「ちょっと、何してるのよ?」
不意に誰かに話しかけられる。
そこには、舞の姿があった。
「あれ? お前、たしか席は最前列じゃなかったか?」
「亮介には悲しいお知らせだけど、実はさっき席替えしたのよ」
「な、なに〜!? じ、じゃあ、俺の席は!?」
舞は席替えで変わった俺の席を指差す。
一言でいうならそこは特等席だった。
教壇の目の前。
最前列にして、最前線の場へと俺の席は駆り立てられていた。
無論、俺が遅刻している事は既に先生には明白である。
「ん? おい! そこにいるのは神崎か!」
しかも隠れていたのもバレてしまった。
俺は苦笑いしながら立ち上がる。
「あ、あの〜、道端で倒れていたおばあちゃんを助けて遅れて
しまいまして……」
「だったら堂々と入ってくれば良かっただろう! お前の嘘は
バレバレだ!」
周りの皆からドッと笑いが起こる。
俺は渋々最前列の席へと向かう。
HRの時間も終りに指しかかった頃。
「えー、これで朝のHRは終りにしたい所だが」
急に態度がおかしくなる担任。
何回か咳払いをした後、俺達を見て話し出す。
「実は、今日からこのクラスで一緒に勉強する子を紹介する」
その言葉に周りがざわめきはじめる。
それもそうだろう、高校2年生で転校とは正直きついのでは?
と、誰もが思っているだろう。
しかし、そんな不安は担任の説明で一気に吹き飛ぶ。
「実は、この子は『白鳥グループ』のお嬢様だ」
「し、白鳥!? 白鳥って、あの白鳥ですか先生!」
生徒の一人が凄くビックリしたような感じで先生に
尋ねる。
「そうだ。皆良く知っている白鳥だ」
ざわめきが更に大きくなる。
すげー! まじ? などの音声が俺の耳に入ってくる。
そして、俺は隣にいる親友の正輝に。
「白鳥って、何?」
皆良く知ってる白鳥を知らない俺がいた。
俺の発言に目が点になる正輝。
「お、お前は白鳥知らずにどうやって生きてきた!?」
「いや、こうやって生きてるが?」
「いいか、白鳥は9年前に突如現れたIT会社。
白鳥の会社より電子機器に関して右に出るものは無いって
言うぐらい凄い会社だ。携帯、パソコン、テレビ。
電気製品においては世界的にも超有名会社だ」
他にも……と、熱く語る友人。
なるほど、つまり俺達凡人とはかけ離れた世界にいる、
いわば雲の上の存在ってわけね。
「せんせーい、どうしてそんな著名人がこの高校に?」
「それはわからん。だが、何か目的があってこの高校に来たような
事は言っていた」
へー、こんな片田舎の高校に?
もしかして、金持ちの気まぐれでこの高校選んだんじゃないだろうか?
先生は一旦教室を出て行き、その子を連れてくるようだ。
先生がいなくなると、一層教室の中が騒がしくなる。
隣にいる正輝が俺に話しかけてきた。
「なぁ、白鳥のお嬢様が美人かどうか賭けないか?」
「何を賭ける?」
「今日の学食のAランチなんてどうだ?」
「Aランチね〜……よし、正輝その話乗った。俺は不細工な方に」
「よっしゃ、んじゃ俺は美人な方に」
大抵の相場は不細工と決まっている。
しかし、心のどこかでは美人の方がいいな〜と思っていた。
廊下から誰かが近づいてくる音が聞こえてくる。
そして、その音は教室の目の前で止む。
勢い良く教室の扉が開かれ人が二人入って来た。
一人は俺達の教室の担任。
そして、もう一人は……。
「え〜、紹介しよう。彼女は『白鳥 渚』
さんだ。みんな仲良くしてやってくれ」
「初めまして、白鳥渚です。どうかこれから皆さんよろしく
お願いします」
背中の辺りまで伸びた金色の艶やかな髪。
目元はパッチリ二重で、理想的な緩やかな曲線を描く輪郭。
容姿端麗という言葉がぴったりなプロモーション。
両手でしっかりと握られている鞄。
そして、お辞儀をする女性。
教育されているのか、分度器で計ったらきっちり
45度の姿勢を保っているのでは無いかと思われる姿勢。
上品にして、綺麗。
紛う事なき本当のお嬢様だった。
「Aランチ奢れよ?」
隣で話しかけてくる正輝。
これは仕方ない。並大抵の容姿なら俺も反論するが、反論する余地がない。
残念ながらぐぅの音もでないのであった。