第十三話 「お祓いをしましょう」
時はまだまだ夏真っ盛り。
本日も雲ひとつ無い快晴。
周りからは蝉の嫌がらせとも思える合唱が嫌が応でも聞かせてくる。
「あ、暑いな……」
何度この言葉を繰り返した事だろうか?
それじゃあクーラーでもつければ? などと思うかもしれないだろうが無理だ。
なぜなら今俺は、山の石段を登っているからだ。
上が見えないほど長〜い長〜い階段。
日頃から運動不足の俺には苦痛でたまらない。
そんな俺とは裏腹に、元気が良い三人が俺より先にどんどん石段を上っていく。
「リョウ君、早く、早く!」
上の段から渚が大きく手を振りながら俺を呼ぶ。
白いワンピース姿に麦わら帽子を被り、微笑ましい笑顔を俺に見せる。
「ま、待ってくれ、足が限界……」
「亮介、これを機に運動部でも入ったら?」
あまりにだらしない俺に呆れた様子の舞。
キャミソール姿に、ショートパンツという動きやすい
服装かつ、若干露出度が高い。
「無理無理、過労で死んでしまいます」
「だらしないわね〜」
「それでしたら、私の所にスポーツジムがありますから、そこで体を
鍛えたら如何ですか? 神崎様」
「え、遠慮しておきます、黒羽さん」
フフッと、かすかに笑みを浮かべる黒羽さん。
黒のノースリーブのシャツに、白のスキムパンツというスタイル。
そして日傘をさして直射日光を避けていた。
「しかし渚さん、本当にここでよろしいのですの?」
「うん、ここで間違いないよ」
「亮介早く! あんたの為に仕方なくこんな山奥の神社に来てるんだからね!」
「……へいへい」
俺はため息をつきながら少しずつ階段を上っていく。
どうしてこんな事になったのだろうか?
そう、あれは確か3時間前――。
◆
「少年、お客さんだぞ?」
「えっ?」
俺が家の中でクーラーに当たり、気持ちよく漫画を読んでいる時に
突然涼子さんが声をかけてきた。
「俺にお客さんですか?」
「ああ。しかし、少年も隅におけないな」
「?」
涼子さんがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
一体何があったというのであろうか?
「少年のお客さんは女性だぞ? しかも3人」
「えっ? 本当ですか?」
「しかも、皆綺麗な子ばかり。少年もやるね〜」
「何言ってるんですか涼子さん」
俺は涼子さんを放って玄関の方へと向かう。
廊下を歩いていると、玄関のほうから話し声が聞こえてきた。
「……から、……だと私は思うの」
この声は……舞か?
話の内容が気になった俺は、忍び足で玄関の方へ向かい、少しだけ
顔をのぞかせる。
すると、玄関には舞、渚、黒羽さんの3人がなにやら円になって
話し合いをしている様子が見て取れた。
俺は聞き耳を立てて、何を話しているのかを聞いてみる。
「確かに舞さんの言う事に一理ありますわ」
「でしょ? きっとそうに違いないわよ」
なにやら深く悩んでいる様子。
何度も唸ったり、ため息をついたりしている3人。
「そう、これは亮介の為に絶対やっておかないとまずいわね」
「その意見には賛成ですわ、舞さん」
えっ? 俺の為?
一体何を話していたのだろうか?
再び耳を傾けると。
「絶対亮介は『呪われて』いるのよ!」
舞がすごい自信を持って断言する。
……な、なにを根拠にそんな事を仰るのですか舞さん?
「だっておかしくない!? 今まで女性なんて寄り付かなかった亮介に
この数ヶ月でなんでこんなに増えてるのよ!? さっきの女性は
一体誰なのよ!?」
やけにイライラしている舞。
さっきの女性といえば……あー、涼子さんか。
今玄関に出て行くと、何か余計な混乱が起こりそうだから、
俺は舞達の様子をもう少し見ることにした。
「絶対何かの呪いよ! それ以外考えられない!」
「そうなると、どうするのです? 舞さん」
「決まってるわ、お祓いよ、お祓い! どっかの偉いお坊さんか誰かに徐霊でも
してもらわないと!」
「なるほど」
呪われている疑いのある本人を抜きに意見がまとまっていく
舞と黒羽さん。
あなたたち、最近滅茶苦茶です。
「渚さんはどう思っているのですか?」
「えっ? わ、私は……リョウ君は関係ないと思うから」
渚の言葉に不覚にも涙が零れ落ちる。
くぅ〜、渚だけだよ、俺の事を分かってくれているのは!
「な〜んて、以前は思っていたけど、今考えてみるとそうよね。
リョウ君が呪われているとなれば全て納得できるわ。
私も悪霊祓いに一票」
……何も分かってくれてなかったようだ。
俺が無実を訴えたとしても、3人の裁判官は俺を有罪にする様子。
さてと、そうと決まれば、正輝の家にでも避難する準備をするか。
そうして来た道を引き返そうと振り返ると。
「何をやってるんだ少年?」
「! う、うわっ!?」
目の前に涼子さんの姿があった。
突然の事で俺は驚き、声をあげてしまう。
「あれ〜? 今亮介の声しなかった〜?」
「ええ……しましたわね」
「あれ〜、もしかしてリョウ君……今の話盗み聞きしてたのかな〜?」
玄関の方から殺気と怒りに満ちた声が聞こえてくる。
こうなると逃げる方が不自然になってしまう。
俺は覚悟を決めて玄関の方へと足を運ぶ。
「いや〜、悪い悪い、来るの遅くなって」
まるで、今やっと来たように振る舞いながら3人の前に出る。
3人からは強面のお兄さんも逃げ出すような視線が俺に向けられていた。
「で、どこまで聞いてたの? 亮介」
「おや? 何の事?」
「とぼけるのはよくありませんわよ? 神崎様」
「やだな〜、ボクには話の意図が読めませんよ?」
「今正直に言うと許してあげるよ? リョウ君」
「許すも何も、何も聞いてないから」
ますます3人の疑いの眼差しが強くなる。
しかし、証拠が無い以上、これ以上俺の追及はできまい。
「まっ、いいわ。それじゃあいきましょうか亮介」
「いやいや、俺は呪われてないから。そんなわけの分からないことで
お祓いなんかされても……」
「ふ〜ん、よくわかったわね? お祓いに行くなんて」
ギャー! し、しまったー!
3人の表情が一気ににやける。
俺はあっさり舞の誘導尋問に引っかかってしまった。
「聞いてるとなると話が早いわよね〜亮介?」
「うっ、いたたた。突然腹痛が」
「却下」
そして俺は三人に首根っこ掴まれてズルズルと外へと引っ張られていく。
それを楽しそうに傍観する涼子さん。
「た、助けてください! 涼子さん! あなたのその力で」
「少年、か弱い女性に助けを求めるな。私にはどうする事もできん」
「嘘だ! か弱い女性なんかじゃないですよ涼子さんは!」
「少年、帰ってきたら折檻な」
こめかみに青筋を立てて指をゴキゴキと鳴らす涼子さん。
ひいいい! どうやら涼子さんのタブーに触れてしまったようだ。
行きも地獄で、帰ってきても地獄が決まった。
そうして俺は何時の間にか用意されていた黒塗りの車に乗せられて今に
至るわけだ。
つまり、俺は無理やり連れてこられたのだ。