第十一話 「偶然」
あまりに横暴なお姉さんに連れられて向かった先は駅前の喫茶店。
中は昼間というのにそこまで混んではいなかった。
ぽつぽつと空いてるテーブルも目立つ。
まぁ、そのおかげで直ぐに座れるので結果オーライである。
従業員に連れられて窓際のテーブルに座る。
窓からは駅前の歩道を行きかう人々が丸見えだった。
「ご注文は何になされますか?」
ウェイターが伝票を持って訊ねてきた。
俺とお姉さんは互いにメニューを覗く。
とりあえず財布の中身で事足りそうなメニューの金額でほっとする。
「じゃあ俺は、このハンバーグセットで」
「かしこまりました」
ウェイターがこころよく返事をする。
俺はお姉さんの方を見るとタバコを吸いながらやけに悩んでいる様子。
どうしたんだろうか? もしかして実はお金が無いとか?
そう、考えていた時。
「あー、すまない。ここからここまで、全部持ってきてくれ」
「……は?」
俺とウェイターの声が重なる。
お姉さんはあろう事か、メニュー欄の所の上から下。
ざっと8品目を指でなぞったのだ。
ハンバーグ、カツカレー、ステーキその他もろもろの肉料理。
あんたさっき少しお腹が空いたと言ってましたよね? 少しですよね?
「あの、本当によろしいのですか?」
ウェイターが恐る恐る尋ねる。
そりゃ誰だってそう思うだろう。
もし、食べ切れなかったら勿体無いどころではないし、ここは大食いのチャレンジを
受け付けていない普通の喫茶店なのだからだ。
「ああ、かまわないから持ってきてくれ」
ウェイターは若干不安そうに頷くと帰っていった。
「あの……お姉さん」
「お姉さん? 私の事か?」
「えっ、まぁ、名前が分からないので……」
「名前か……そうだな、私の名前は」
「名前は?」
「いや、いいか」
「えー!?」
「なんというか、お姉さんと呼ばれた方がしっくり来る。そうなると、君は弟か?」
くっくっと僅かに声を漏らして失笑するお姉さん。
自分的にはあなたはお姉さんと言うより、あねさんと言ったほうがしっくり来る
気がします。
「少年、君の名前は?」
「……弟です」
「いや、それはもういいから。本当の名前は?」
「神崎、神崎亮介です」
俺の言葉になぜか眼を丸くするお姉さん。
口にくわえていたタバコを落とすほど驚いている様子。
「神崎……? 本当に神崎なのか?」
「? ええ、まあ」
どうしたんだろうか? 俺の名前を聞いてなにやら考え込むお姉さん。
独り言をブツブツ喋りだす。
「あの……? どうしました?」
「少年、確か人を探していると言っていたな?」
「ええ」
「どんな人だ?」
なにやら不敵な笑みを浮かべながら俺に尋ねてくるお姉さん。
突然お姉さんは俺の探している人に興味を抱く。
まずい……。
「いや、それはその……」
「どうした? 言えないのか?」
「す、すみません」
「何、気にする事はない。訊ねた私が悪かった」
お姉さんと話しているうちに先程頼んでいたメニューが運ばれてくる。
料理が次々とテーブルに並ぶ。
そして全てが並んだ時、その光景に愕然とする。
テーブルの隅から隅まで肉料理。
見ているだけでおなか一杯、ごちそうさまでしたと言ってもおかしくない。
その嫌がらせとも思える光景に注文を頼んだ張本人は。
「……やはり足りないな」
「えーー!?」
この量はどう考えても一日に摂るカロリーをゆうに超えてますよ?
お姉さんは目の前に出されていたナイフとフォークを手に取る。
「では、いただくとするか少年」
「……うぷっ、ごちそうさまはだめですか?」
「? まだ食べてないだろ?」
俺は目の前に出されたハンバーグセットに手が進まなかった。
しかし、それは胃がもたれそうな料理の光景のせいではない。
目の前で黙々と料理の山を食べつくすお姉さんの姿に呆れていたからだ。
上品かつ、豪快に食べていくお姉さん。
もし、普段からこの量を食べていたとすると、そのスタイルを維持する秘訣を
教えていただきたいものだ。
次々と空の皿が山積みになっていく。
周りの人たちもその光景に釘付けになっていた。
「ん? どうした少年? 手が進んでないぞ?」
「あの、いつもそんなに食べているんですか?」
「まぁ、もう少し食べるかな?」
このお姉さんのもう少しはあてにならない。
少し腹が減ったでこの量……食費も馬鹿にならないであろう。
お姉さんはものの数十分で8品目を全て完食。
そして今はデザートとして苺のショートケーキを食べている始末。
「そういえば、少年はこれからどうすんだ?」
「これからも何も、探している人を見つけますよ」
「もういないかもしれないのにか?」
ビックリした様子で俺に問いかけるお姉さん。
誰のせいでそうなったと思ってるんですかと、俺は視線を送る。
「いないかも知れませんが、居ると信じて探しますよ。まぁ、相手のほうは
もう怒り心頭かもしれませんがね」
俺の言葉にお姉さんはなぜか微笑む。
デザートを食べたお姉さんは食後の一服をする。
「何、もしかしたら案外近くにいるのかも知れないぞ? 少年の探している
人物は」
「まぁ、そうだったら良いんですけどね」
食事を済ませて俺達は喫茶店から出る。
家に幾ら電話をかけても全く応答が無い。
俺はこれからどうやって探そうかと思っていると。
「じゃあ、行くか少年」
「えっ? 何がですか?」
「何って、君の家にだ」
……えっと、それはどうして?
俺の頭の上にはクエスチョンマークが何個も並んでいるだろう。
突然飯に付き合わされた後、いきなり俺の家に上がりこもうとする大胆すぎるお姉さん。
「な、何言ってるんですか! そんなわけには行かないですよ!」
「まぁ、そう硬い事を言うな」
「硬いとか言うそれ以前の問題ですよ!」
「これは私の勘だが、おそらく少年の探している人は絶対に見つけられない」
「えっ? なんでそんな事言えるですか?」
「君は探している人物を実は知らないだろ?」
「! な、何でそれを……あ」
図星を突かれて思わず声を出してしまった。
その言葉にニヤリと笑うお姉さん。
実はお姉さんはエスパーだった?
「やっぱりそうだったか」
「どうして分かったんですか?」
「何、勘だ、勘。さらに私の勘によるとその人は既に君の家に向かっているはずだ」
「……どうしてですか?」
「何だ? お姉さんの超能力を疑うのか?」
さっき勘って言ってましたよね?
よくわからないけど、なにやら自信たっぷりのお姉さん。
「さぁ、どうするんだ少年?」
「そんな根拠の無い勘でこの場を離れるわけには行きません」
「根拠ならあるさ」
「?」
「まぁ、とりあえず一旦帰ってみるといい」
お姉さんは俺に帰る事を促す。
確かに一旦帰るのも手だ。
元はと言えば、俺にその人の特徴を伝えなかった親が悪い。
つまり、俺は全然悪くないんだ。
そう、俺は自分に言い聞かせると仕方なく、本当に仕方なく帰ることに決めた。
「そうですね、お姉さんの意見を尊重して一旦帰ることにします」
「うん、それがいい」
「じゃあ、お姉さんもお元気で」
俺はお姉さんに手を振って急いで家まで走る。
幸い、駅から俺の家はさほど遠くは無い。
そうして俺は家に一旦帰ってきた。
玄関を開けると、そこには洗濯物を持っている母親の姿があった。
「母さん!」
「あら? どうしたのよ? ちゃんと見つかった?」
母親の一言で来てない事が判明。
お姉さんの超能力……じゃない、勘を少しでも信じた俺が馬鹿だった。
「見つかるわけないだろ! 後で電話するって言ってたじゃないか!
俺が家に電話しても誰も出ないし」
「ごめんね〜、ちょっと手が離せなかったのよ」
「それで、どんな人なの?」
「そうね、確か……」
「こんにちは〜」
俺の背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
この声はまさか……。
俺は後ろを振り向くと、そこには先程のお姉さんが立っていた。
「お、お姉さん!? どうしてここに?」
「ん? 少年のうしろからついてきた」
「成る程……じゃないですよ! やっぱり来て無かったですよ! お姉さんの勘は残念ながら
外れみたいです」
「いや、そうでもないぞ? 私は当たりだったがな」
「へっ?」
お姉さんの意味不明な言動に首をかしげる。
しかし、それは親の驚いた表情と共にすぐに分かる事になった。
「あら! もしかして涼子ちゃん!? 綺麗になったわね〜」
「お久しぶりです、おばさんもお元気そうで何よりです」
「へっ!?」
お姉さんと俺の母親が抱き合う。
ここから導き出される答えはもしや……。
「あの、失礼ですがお姉さんのお名前は?」
「ん? 私か? 私の名前は『神崎涼子』だ」
「と言う事は……まさか」
「そうだ。私が少年の従姉だ」
「……えーー!」
本日二度目の雄叫び。
ど、どういう事? だってさっき母さんから聞いた情報は男だって。
「母さん! どういう事だよ!? 男じゃなかったのか?」
「やぁね、私は男勝りの口調で、カッコいい女性って言ったはずよ?」
「言ってねー!」
まさか偶然あった女性がそのまま従姉でしたなんて……。
俺は先程の出来事を思い出す。
ああ……なるほど、だから早く帰れなんていってたわけだ。
「お姉さんは初めから分かっていたのですか?」
「いや、分かったのは君の名前を聞いた後だ」
「からかっていたんですね?」
「半分はな。もう半分は君に興味があったからだ」
その言葉に少しドキッとする。
一体どの辺りが興味を引いたのか聞いてみたいが、やめておこう。
「それで、涼子さんはどうしてこんな田舎町に?」
「ああ、実は私の仕事の都合でしばらくこっちに住む事にしたんだ」
「へ〜、どこか泊まる所あるんですか?」
「あるとも、ここだ」
お姉さんは自分の下の地面を指差す。
まさか地中に住むところが? と、思ったがそれはさすがに無理であろう。
となるとやはりその指差す意味は……。
「あの、もしかして、もしかすると?」
「そうよ、涼子ちゃんは家にしばらく住む事になってるのよ」
「――!」
母親の言葉に声にならない声をあげる俺。
どうして最近問題事ばかり増えるのだろうか?
俺は頭を抱えていると。
「こらこら、悩む事はないだろ? こんな綺麗なお姉さんが一緒に住むのに
何か不満なのか?」
「う〜ん、涼子さんの先程の強引さを見るとどうにも……」
「まぁ、あの時は付き合わせて済まなかったな。お詫びと言ってはなんだが……」
「?」
突然俺の頬に軽い音と共に柔らかい感触が伝わる。
いきなりの事で何をされたのか分からなかった。
しかし、すぐ横に涼子さんの顔があった事で何をされたのか直ぐに理解した。
俺は顔を真っ赤にしながら慌てて離れる。
「りょ……涼子さん!? いいい、今何を!?」
「何って、キスだ」
あっさりとそんな事を言う涼子さん。
俺は頬をさすりながらますます赤くなる。
涼子さんはそんな慌てる俺を見て、とてもとてもいい笑顔を見せながら。
「これからよろしくな、少年」
明日から夏休み。
しかし、今回の夏休みはやけに不安になるのは気のせいだろうか?