第九話 「理由がある?」
お互いの手を握った状態がどの位続いただろうか?
俺は魔法が掛かったようにその状態を維持し続けていた。
しかし、その魔法もやがて解ける。
「お嬢様、入りますよ」
扉が開き、ルビアが中に入ってくる。
ルビアは俺達の手を握っている所を見て一驚する。
「亮介様、まさか本当にそんな事をされるとは思いませんでした」
「い、いや誤解だ! ほら、渚から何か……」
渚を見ると、何時の間にか寝息を立てて眠っていた。
眠りながらも俺の手を離そうとしていなかった。
俺はそんな渚の寝顔を見て、ゆっくりと静かに手を外した。
「寝ているところ邪魔すると悪いから、俺もそろそろ帰ります。
今日は無理言ってすみません、ルビアさん」
外を見れば既に日が落ちていた。
俺はメイドに一礼して直ぐに部屋から出ようとすると。
「待ちなさい」
「えっ?」
「もう外は暗いですから、車でお送りしましょう」
かすかに微笑むルビア。
その優しい顔は今まで見たことが無かった。
俺はその申し出を素直に受ける事にした。
渚の部屋を出て、ルビアに連れられて豪邸の庭へと出る。
外には黒塗りの車が用意されていた。
そして、車の所まで近づこうとした時だった。
不意にルビアの足が止まり、俺の方に振り向く。
「亮介様、今日はあなたを連れてきて正解だったようですね」
「そうですか? 俺は何も……」
「いえ、お嬢様の寝顔を見れば分かります。亮介様の存在は大きかったようですね」
何時もと違い、なにやらやけに俺を褒めるメイドさん。
何だ? 頭に強いショックでも受けたのだろうか?
「亮介様、一つ質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
「?」
「あなたは何故お嬢様と付き合わないのですか?」
「なっ! 何をいきなり!」
「何か理由でもおありですか?」
ん〜? と俺の顔をジロジロと見つめるメイドさん。
今日のこの人の行動は理解不能だ。
以前まで結婚反対と邪魔ばかりしていたと思ったら、今日は賛成しているようにも
思える配慮をする。
「からかうのもいい加減にしてくれ」
「からかう? なぜそんな事を言うのです?」
「だってそうだろ? 付き合えないのはあんたが俺の邪魔ばかりしてるからだろ」
「亮介様、嘘はいけません」
「えっ?」
「本当に付き合う気があるのであれば、私の事など無視してでもする筈です。
本当の理由を私は知りたいだけです」
その眼差しは真剣だった。
決してルビアが興味本位やからかいなどで訊ねたわけでは無いと言う事が
その目で分かった。
俺はそんなルビアの目を直視できず、俯き加減で話した。
「……恐いんだ」
「恐い?」
「ああ。渚は綺麗でお嬢様、それに対して俺なんかは何処にでも居る一般人。
正直、あいつのお荷物にしかならないと思うと……」
俺の言葉にルビアは少し表情が曇る。
そして、ルビアは静かに語るように俺に話をしだした。
「亮介様、お嬢様が言われた言葉を覚えていますか?」
「えっ?」
「亮介様と結婚したいと……」
「ああ、それは勿論。いきなりあんな事言われれば忘れるわけ無いよ」
「では、なぜあのような事をいきなりお嬢様が言ったのか考えた事はありますか?」
「……えっ?」
ルビアからの意外な言葉に戸惑う。
何故あんな事を言ったのか? どういう事だ?
「好きだからじゃないのか?」
「それもあるでしょう」
「……他に意味が?」
「それは亮介様がお考えになる事です」
それだけ言うと、ルビアは俺に背を向けて車のほうへと再び
歩き出した。
そして、俺の方を向く事無く背中越しにルビアは。
「私が言えるのはここまでです。決してお嬢様を悲しませる事が
無いように祈っています」
ルビアは俺に謎かけをするだけしといて、答えを教えてはくれなかった。
俺は胸にわだかまりを残して渚の家を後にした。