きこりきり
登場人物の行動や思いをひたすら追い求めた作品です。
「オイ、木が切れないだろ。降りてこいよ。ってかキミ、どこの娘だ?」
「やーだ。ボクに指図しないで。そもそも、なんでこの木を切るの」
質問を質問で返すなよ、ときこりの青年アムザは頭をかいた。
「それがオレの仕事だからな。で、キミはどこの娘? うちの村じゃ見たことないな」
「降りてほしいの? どこの娘か教えてほしいの?」
「どっちもだ。降りてこい。家まで送ってやるから」
少女は腰のあたりで括った長い髪先をいじりながら、悪戯っぽい目で笑った。
「どっちかだけ」
「……からかってんの? オレは仕事したいんだ。ほら」
「お願いするにしては、なってないよオニーサン」
「こいつ」
こうなったら無理矢理に引きずり下ろしてやろう、とアムザが斧を置いて木の肌に手をかけた。大人三人で手をつないでもまだ足りないくらいに巨大な木である。
「だめだめ」
少女が言うが早いか、アムザの手はずるりと滑って、地面へ落ちてしまった。頬を引っ掻いて血がにじむ。
「ちっくしょ……木登りくらいで格好悪ぃ」
「もう一回、とか思ってる? ダメだよ」
「あぁん? キミ、何言ってんだ?」
「オニーサンは何度やっても落ちるよ。だから、ムダ」
馬鹿にされている気がした。今度は別の取っ掛かりに手をかけて登ってみたが、これもうまくいかない。それこそ何度も繰り返すうちにアムザは少女の言うことが正しいことを知った。
「何だ……どうなってる? お前、まさか魔女か?」
「ちがうよ」
「……じゃあ、お前は何者なんだ」
「あれ、信じるの?」
「ああ、お前、魔女っぽくないから」
すると少女はキョトンとして、それからケラケラと笑った。
「オニーサン、おもしろいね。なあに、魔女を知ってるの?」
「おとぎ話だと、だいたいこう、黒いローブとか、杖とかを持った醜女だろう。お前は踊り子みたいなヒラヒラした服で、その、なんだ、」
「どうしたの、眉間にシワ寄せて。ボクがなに?」
「……あー、お前はその、愛らしい。だから魔女っぽくないと思った」
仏頂面で言うと少女はおどけたように枝に腰掛け、背を向けた。
「ふふ、ありがと。嬉しいな」
「なんで顔を見せない」
「んー、たぶん照れてるから。だから見せない」
「見たくなることを言う」
「親しい人にしか見せないの」
残念だった。
アムザは斧を拾い上げ離れた。あっさりと。
「他の木を切ることにしよう。それならいいのか」
「あれ? さっきまで切るって言ってたのに」
「お前がその木はダメだと言うからな。そうしたいと思った」
アムザは無言で他の木をスコンスコンと切り倒し、しかし少女の見ている前で木を切ること自体がどうにも気が乗らず、数本でやめてしまう。決めた。今日の仕事は休みにしよう。
「帰る。お前もとっとと帰れよ」
「オニーサン、面白い」
少女は、枝から飛んだ。とはいえ二階建ての屋根の上くらいある。アムザはさすがにぎょっとしたが、テーブルを指で叩くみたいに軽やかな音で彼女の靴裏は地面を踏む。
人間がそんな風に着地できるものなのかと疑問を抱いたアムザの頬を少女はそっと撫でた。傷のあった場所は細い指がなぞると、つるりと綺麗になってしまったではないか。
「お前……やっぱり、魔女じゃないのか?」
「ふふ、違うってば。降りろって言ったから、お願い聞いたげたの」
アムザの表情――驚いてはいるが、恐怖とか嫌悪ではない――を見て何が嬉しいのか、少女は下から覗きこんでにやにやしていた。
見上げていたときも思ったことだが、見たことないくらいきれいな女の子だ。
「お前、まつげが長いな」
「オニーサン、何でも口に出すね。たぶん……モテるでしょ」
「いや、しがない木こりだ。女とは縁がない。ただ、おっ母が『相手が好ましいなら、口にして伝えろ』と教えてくれてな」
アムザが仏頂面のままで言うと、少女はまた後ろを向いた。
「ボクはシクィア」
「シクィア?」
「ボクが誰か、半分だけ教えてあげたの。それじゃまたね」
駆け出した牝鹿のような身のこなしで、シクィアは森の奥へ消えていった。
あっという間に少女の姿が視界から消えると、狐に化かされたのかと思えてきた。
「不思議というか、変わった奴…………また?」
また会ったら、また仕事ができない気がする。
なのにアムザは、また会いたいと考えてしまった。
たぶん、背を向けたシクィアの顔を見てみたいからだ、と思った。
つづきを書くかもしれないし、書かないかもしれない。
ふと思うまま一時間ほどキーを叩いてみた作品。復帰作です。
彼らの国では戦争が起きています。