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白銀の卑屈  作者: 歯キャラ被告
2/2

2.黄金の果実

男は俺の眼前に2万ドルを差し出した。

よく分からない。あの親父の借金を肩代わりする様な馬鹿は世に存在しないだろう。2万ドルなんて結構な大金だ。ゴミ屑同然の一家にそう気軽に渡せる金額じゃあないし、もっともこんな男の話を俺は親父から聞いた覚えがない。誰だ、この爺は。詐欺師かな。

「利息は?足元見られちゃ、悔いても悔やみきれない」

「投資に利息が発生するのかね?」

「シドルアの知り合い?」


ニヤニヤしやがって。

回りくどい爺が。

なにか、勿体ぶってやがるが、どうせ大した事情は持ち合わせちゃいないだろう。

「君の親父とは旧知の友だった。自らの命の価値を自覚していない、実に愚かしい男だったね。私は随分悩まされたよ」

「ああ。命の価値。健康な間に、臓器でも売ればまだ生まれた価値もありましたね」

「君は臓器程度の価値で満足かね」

「貧乏人には大金なんですよ」

俺と世間話でもしたいのか。いちいち会話を続けようとする、この小便頭の爺に俺はイライラしている。用事なんてねえんだよ、馬鹿。嫌がらせなら、帰れ。

「何の用だよ」

「見てわからんか。私はね、土を耕しに来たんだ。果実がなる土俵。君は自覚があるのかね?」

「農家じゃないんだ、ウチは」

「言葉遊びが理解できん奴だな。勿体ぶるのは楽しいぞ。反応を見ると、人となりが察せられる。虚を突かれた風な態度を見せたり、理解しようと考える人間もいる。なにせ、事象を別の事象と置き換えて考えるのは、ワクワクせんかね。一人の人間の一生が、言葉遊び次第で、偉大なる救世主の誕生にまで、話を膨らませられるんだ。事象を事象で比喩すれば、別の角度から物事を察する事も、可能になる」

「用件は?」

「玄関でする様な話じゃあないんだ。上がらせて貰っていいかな」

「嫌だね。借金の話だろ。金なんかない」

「一言もそんな話を言った覚えはないじゃあないか。経験則に基づいた行動は、チャンスを逃すぞ。当てにならん。欲望に忠実にな」

「・・・はあ」

「三言言おう。まず、私は金持ちだ。そして、シドルアに金を貸していない。そして、君には大金を渡すに値する、確固たる理由がある」

「・・・」


胡散臭い。話せば話すほど、なにやら、胡散臭い。怪しい。疑念。

「疑うな」

此方の心まで読んでくる。いや、顔が不審な表情をしてたんだろう。

取り敢えず、俺はこの男を家に迎えて、リビングの質素な椅子に座らせる。

見れば見る程似合わない風景だ。薄汚れた土壁。虫に食われてボロボロになった、木製の椅子。蜘蛛の巣が張り、虫の死骸がペタペタくっ付いた天井。そして、この純白の衣服、金髪の男の初老かつ、威厳漂う立派な風貌。貧乏屋敷にギリシャの彫刻品。ジャンヌ・ダルクにキ⚫︎ガイのジルドレ。キリストに商売人ユダ。言葉遊び。


腹立たしい。俺はぶっきらぼうにコップに湯を注いで、男に差し出す。

「それで、お名前は?」

「私はサド。サド・レノン。偽名はまだまだある。カサエル、マクレーン、シモン、中東人を相手にする時は、アルハムドゥ・リッラーと言う。仲良くなれるよ」

「いい加減にしろ!舐めてんのかッ」

「思い上がるな。貧乏人に何故俺が、本名を明かす必要があるんだ」


男は急に和やかな態度を捨てた。

俺を慧眼で睨んでくる。

碧眼の光。威圧的な目。

俺は立ち竦める。なんなんだ、この男は。

「シドルア・バレットも偽名と偽の経歴を使っている。戸籍は私のルートで売買した。君も偽の戸籍の延長上に存在しているのだ」

「犯罪ですかね」

「違う。出生に問題がある。シドルアから祖先の話を聞いた覚えがあるか」

「知りませんよ」


シドルアの兄弟は全員役立たずの底辺一族だ。シドルアの妹はヒステリックの独身女、コートナー。この女は詐欺と盗難で訴えられてる。弟のヌケカス野郎は、シドルアと喧嘩して殺された。IQがとんでもなく低い野郎だったらしく、怒りに任せてシドルアに拳銃を発砲したから絞め殺された。正当防衛で無罪になったらしい。


「どうせ、ロクデナシの祖先だろ。頭の悪い大人が後先考えず発情期に子種を仕込んで、頭の悪いガキを量産したんだ。近親相姦かな。その末裔だろ。俺たち」

「末裔」

「絶えた方がいい、俺たちは。子供なんか残さない方がいい。ゴミを産むだけだ」

「君は卑屈家かね」

「ああ」


「自分を舐めるのと、他人を舐めるの、どっちがいい?」

「は?」

「中華の孟子の残した言葉だが、人必ず自ら侮りて然る後に人これを侮る。他人から侮られる人間は、自ら自身を侮っている、という意味だ」

「・・・」

「自分を自然淘汰されるべき対象と認識している様子だが、どうかね」

「そりゃあ、そうだろ。俺みたいなカスは、さっさと死んだ方が世の為だ」

「世の為に死ぬのかね」

「ああ。仕方がない。俺は利己主義だし、イライラするとすぐ他人と喧嘩する。社会性もない。消え去るのが社会貢献だ」

「ムカつかない?」

「あ?」

「世人から、死ねと言われ、迫害され、疎んじられ、軽んじられて。そうして、世の為に消え去る。死骸は某路で鴉のエサ。世人の世間話の種にしかならん。君、飼い慣らされてるね、世の奴隷だな。奴隷、奴隷」


殺してやる。俺は立ち上がって拳を握り締めた。男は笑う。

「反抗の相手を、間違えとりゃせんかね。君を追い詰めたのは、世の中だ。シドルア・バレットも、貧困に追い詰められた犠牲者である。俺一人を殺して、スカッとするのは一瞬だが、何千何億人もの人間をいたぶって得る快楽とは、どんな物なんだろうな。君、想像した事ある?」

「ないね。絵空事だ。馬鹿じゃねえのか」

「私はあるよ」


男は体験談を語り出す。

「或る富豪の男が児童売春にのめり込んでいてね。毎晩、女を買って楽しんでいた。私は知り合いの子供にレコーダーを持たせ、その男の元に仕事を斡旋させたのだ。当然だが脅迫したのだ。男は社会的地位が損なわれる事に恐怖して、指示通りに私に大金を渡したんだ。その後に脅迫の種をチンピラ集団に流した。何百人もの相手に口止め料を払うものだから、男の資産は底を尽き、精魂尽き果て警察に助けを求めた。自白したんだ。馬鹿な物だ。現在も懲役だよ。一族もろとも凋落したそうだがね。最高の愉悦だった」


ニヤニヤ笑いながら、男は続ける。

「真の幸福とは、他人を貶める事だと、私は人生哲学を持っている。倫理観を指標に生きる連中もいるがね。私の資金の前では立ち向かえんだろ。貧乏人の善意などとは、自己満足の自慰の様に、自らを慰めて、一生を終えるしかない。ちょうど、世の為に消え去ると主張する、君の様に」

「馬鹿にしてんのか、馬鹿にしてんのかっ!」

「君の卑屈は黄金の糧になる。自らを侮るではなく、他人を侮り給え。他人を、小馬鹿にしたいと思わないか? 楽しいぞ」

「・・・」

「一人を馬鹿にする程度じゃ足りないな。数千人を小馬鹿にしたい。数億人を小馬鹿に見下したい。死屍累々足る愚人を、壇上から見下ろして、小馬鹿にしながら、子牛のステーキを食うのはどうかね?」


この男は、悪魔だ。

「嫌だ。それじゃ、あの親父と同じ、ゲス野郎になっちまう」

「倫理観に阿るか。佞智、佞智。倫理は君を守ってくれないよ。倫理観を作り上げた人間は、君の様に騙される人間を求めているのだ。君が死ねば次の獲物を探す。使い捨てだ。道徳の殉教など、所詮、食い物に過ぎない」

「それでもいい」

「道徳心。人間の美学。まるでカルト教団。君は、その信者か」


男は一つの革製の本を懐から取り出した。

「君の洗脳を解いてあげよう。刮目しろ」

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