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パパラッチはぶっちゃけない  作者: 設楽 素敵
第三話 伝説! 君が来てくれることを信じて
19/22

8

 夜の学校はワクワクする。何の変哲もない校舎は暗闇を得ることによってエンターテイメント性を帯びて、簡易お化け屋敷へと姿を変える。

 まあお化け屋敷と言っても学校祭開催直前ということで各クラス煮詰まっており、肝試しに挑戦したりするのは不真面目な層だけだったりするのだが――例外的に、本人にその気はなかったのに肝試しに参加してしまった層もごく少数いる。

例えば二年三組に所属する花沢という生徒は気分転換に廊下を歩いていたばかりに他人が行っていた肝試しに紛れ込んでしまい、相手方にこいつ知らないけど面白そうだから驚かせようぜ、とさっきから水鉄砲で攻撃される、死角から血糊を顔に塗りたくった男が飛び出してくる、廊下に横たわっていた白衣の女を跨いだら校内中追いかけ回られるなどといった理不尽極まりない被害に遭っていた。

「学生ノリ怖ぇえよ……」

 深夜徘徊は危ないと言うが、こういう危ないはなかなか体験できないんじゃなかろうか。息を切らしながら一階の食堂内にある自販機の陰に隠れている花沢は、ちょこちょこ廊下の様子を窺ってはここから脱出するタイミングを見計らう。上手く追手を撒ければいいけれど、あっちも無駄に力を入れているから油断はできない。

 懐中電灯を持った生徒たちが視界を通り過ぎていった。運良く食堂には見向きもせずに廊下を突き進んだので見つからずに済んだ。今度こそ撒けたようだ。

 立ち上がった花沢はずっとしゃがんで息を潜めていたせいで固まってしまった体を伸ばすと、抜かりなく廊下に人が潜んでいないかをもう一度確認してから食堂を出た。下手に反対方向に進むと出会い頭にばったりということも考えられたので、敢えて追手たちが進んで行ったのと同じ方向に歩き始めた。

「あー、疲れた……深夜零時に鬼ごっこなんてするもんじゃねぇよ」

 非常口の明かりを頼りに道を進む。

 単純作業に嫌気が差して出てきたが、これからは一人で出歩くのは控えようと思った。怖い思いをするなら誰か道連れと一緒に。

「トイレ行くときは江戸下を連れて行こう」

 無慈悲な発言を躊躇なくした花沢の足の運びが鈍ったのは間もなくのことだった。

 上の階へと続く階段に差し掛かって、花沢は囁くような声量の奇妙な女の笑い声を聞いた。人の気配もする。それも近くに。

「追手がまだ残っていやがったか……!」

 今度はなんだ、口裂け女か雪女か!? そう考えて心も身も構えて奇襲に備えた。でも三十秒経っても、一分経っても笑い声はその姿を現わそうとはしない。しかもその間に笑い声の大きさはさらに落ちて、ついには無音になってしまった。

「気のせいじゃないよな? また違うグループが肝試しでもやってたのか?」

 でもそれだったら悲鳴が聞こえるはずだよな、と煮え切らない風ではあったがこれ以上の待機は時間がもったいなかったし、何より弄ばれているようで気分が良くなかったのでこれ以上詮索するのをやめて、階段を上ろうとして。

「この学校って、マジもんのバケオが出るそうな」

「ぎゃああああああああああああああ!」

 背後から笑い交じりに震えた声で囁かれて、一瞬気を緩めた花沢に致命的なダメージを与えた。主に、精神面へ。

「ごめんなさい先輩、驚かせちゃったみた」

「ひぃいいいいいいいいいいいいいい!」

「余程怖かったのか。引くくらい驚いちゃっ」

「ぐぅあああああああああああああ!」

「……あれ? もしかして遊んで」

「うぉおおおおおおおおおおおおお―――痛っ」

 狂喜乱舞、じたばたする花沢の頭頂部に笑い声の張本人――一年生の本田は鋭いチョップを振り降ろした。

「本田この野郎……よくも俺を怖がらせてくれたな」

「怖がってくれて驚かせ役の冥利に尽きるけどさー、オーバー過ぎてもうざいっていうかさー、何事も適量適度が大切っていうか」

「お前が驚かせたのがそもそも間違いなの! やっちゃ駄目なことなの!」

「なんでさ。花沢、ついさっきまで肝試ししてたじゃん」

「巻き込まれただけだから俺の意思関係ねーんだわ。ひどい誤解だよ」

「あっそ」

 返事はどうでも良かったらしい。反抗が面倒だったので本田はさっさと話題を切ってしまった。

 文句を言い足りない花沢が不服そうに本田を凝視する。やがてそれに気付いた本田が花沢に目を合わせると、けろっとした感じで切り出した。

「ちょっと校内徘徊しない? 夜の散歩しようよ」

「徘徊で酷い目に遭ったばっかりなんだけど付き合わなきゃいけないの?」

「いけないの」

 本田はぶりっ子系女子みたいに思い切りカワイ子ぶって言う。言った相手の反応は薄く白けていて、挙句せせら笑いまで貰うハメになってしまった。慣れないことはするべきじゃない。

「四階は結構寝静まってるんだな」

 人の良い花沢は結局本田の深夜徘徊に付き合って四階を訪れていた。

 まだ活発な雰囲気でいる三階や二階と違って、今年高校生になったばかりのあどけない一年生たちはもう休んでいる者が多かった。クラスの出し物が上級生と比べて難易度が低いことも休息時間を得られた要因の一つだろう。ステージメインの三年生だってまだまだレッスンに精を出しているのでもうしばらく休めそうにない。

「女子高生が寝てるからって変な気起こさないでよ、ぶっ飛ばすよ」

「警告どうも。安心しろよ、俺はガキには興味ないから」

「大人苦手じゃん。じゃあどっちも苦手なの?」

「そうかもしれない」

「将来大丈夫かよ……」

 こんな風に他愛もない話をしているだけで、何か踏み込んだ話をするとかはない。ただ花沢としてはポン子とこんなに長い時間話したことはなかったから、結構新鮮な気分だった。現実でも二人きりになるようなことがあったら、これくらい喋れるのか? ポンポン鳴くあれと? ……頑張って想像を試みるも、ビジョンが浮かばなかった。

「そういえば花沢ってオバケとか無理な人……だよね、うん、聞くまでもなかった」

 懐中電灯を片手に階段を下りていると、本田はくすくすと馬鹿にするように嗤った。

「何を言うか、この俺だぜ? 花沢だぜ? 度胸だけは一丁前だってば」

「どうだか、実は全然度胸ないじゃん。好奇心が突き抜けてるから恐怖や危機にも物怖じせず突っ込んでいけたりするけど、度胸自体はないよね。好奇心で誤魔化してるだけだよね。私には分かるよ」

「おいおい、そいつは分かった気でいるだけだ。なんなら俺の度胸試してみるか?」

「…………」

「遠慮しなくたっていいんだぜ? まざまざと見せつけてやるか……ら?」

 返事がない。隣にいるはずの本田がいない。花沢は慌てて探す――までもなく、振り向いたらちょっと後ろに立っていた。黙って。俯いて。

「なんで止まってんだよ、ほら行くぞ」

 花沢は踊り場からまだ数段上にいる本田を見上げて呼びつける。すると本田は少しだけ顔を上げた――が。

「……どした?」

 懐中電灯をぶつけてその表情が見えた。

 顔面蒼白。額には湿り気があるようで、額の生え際には水滴が付着している。瞳の動きが何やらおかしく、釘打ちされたようにある一点を見つけているようだった。これらを統括して彼女の心理状態を推察するならば、ひどく懼れているみたいだ。

 そんな本田はゆらりと力の抜けた動きで懐中電灯を持っていない方の手を水平に持ち上げると、花沢の背後を指差して、言った。

「後ろに、小さい、女の子が」

「ぎゃああああああああああああああああああああああ!」

 花沢は自分の後ろを言われているのだと納得するやいなやその場から逃げて階段を駆け上がり、指を差したままの本田に抱き着く。

「怖い怖い怖い怖い怖い怖い――あ」

 我を失っていたせいでとんでもない行動をしでかしてしまったことに気付いた花沢は、本田の細い腰に手を回したまま声を上げた。

「(ヤバい、これは――)」

 命の危険が迫っている。

 いや、いくらなんでもそれは冗談にしても、頬に拳が飛んでくるくらいは覚悟した――それでも、いつまで経っても攻撃されなかった。

 不審に思った花沢はしがみついたまま本田の顔を見上げる。そこには恥ずかしそうに下唇を噛んだまま、お面を被ったように微動だにしない表情があった。

「……離さないで」

 本田はしおらしく言うと、逃げようとした花沢の腕をぐっと引き寄せる。女子高生に抱き着いたままの体勢を強いられてしまい、花沢の頭はひどくかき乱された。

「本田、これって」

「先輩は菊先輩と仲が良いんだっけ」

 涙声と瓜二つの震えた声で問う。

こんな声出されたら自分のターンなんて放棄するしかないじゃないか――何を尋ねる気も失せてしまった花沢は本田の話に耳を傾け、その質問に答えることだけに集中することに方針を捻じ曲げる。。

「……まあ、良いみたいだな」

「みたいだな、なんてはぐらかさないできちんと言って」

 実はきちんと言ったら「みたい」になっただけである。相手がスクープだったなら言い切っていただろうが。菊の好感度が高いことくらいは知っているけれど、実感としては仲が良いと言い切るには抵抗があった。

「ああ、仲良いよ」

 でも本田がそれを望むなら嘘でもそう答えよう、こういうホワイトライはエイプリルフールじゃなくても許されるはずだ。持論を展開して花沢は自分を納得させた。

 ばっさりフッたみたいな感じになって花沢は後輩のメンタルを心配したが、しかし本田はくよくよしたりせずに逆に胸を張って意気揚々と切り出した。

「でもでもっ、そのアドバンテージを覆すのは不可能じゃないよね!?」

 見上げたままでいる花沢の顔に、飛んだ唾が何滴も付いてしまうくらい顔を接近させて言う。当然のけ反ろうとした花沢だったが、腕を掴まれている上に姿勢が悪いのでそうすることができず、近付いてくる顔を迎え入れるような構図になってしまっていた。

「どうしたんだよ本田、急におかしいって――」

「急にじゃないよ。私はずっと前から先輩のことを」

 言い切る前に本田は瞼を閉じて、薄桃色の唇を花沢のそれに重ねんとしてきた。女の子の甘い匂いと柔らかさが思考回路を滅茶苦茶にして、身動きを取れなくさせる――そしてついに、花沢のファーストキスが奪われる瞬間が。


《① このままキスする》 

《② キス以上のことをする》 

《③ こっちだ! と叫んで邪魔を入れさせる》

 

 ――来なかった代わりに、再び攻略対象キャラの頭上に選択肢が現れた。吐息が顔にぶつかる中で、花沢は迷わず三を選んだ。

「こっちだ!」

「は?」

「あ? 花沢か? いつまで休んでんだー?」

 階段の上から降りてくる江戸下の声が全てを停止させた。空気も、迫ろうとする唇も。

「……白けた」

「へっ?」

 本田は顔を離して溜息をしてから唇を尖がらして花沢を見下した。

「ほら、いつまで抱き着いてるのさ。後輩の抱き心地がそんなにいいの?」

「打って変わって冷たくなったな、離れるなとか言ってたのに」

「空気が変わったのは見ての通り感じての通りでしょうが。さっ、離れた離れた」

「……分かったよ」

 長らく感じていた柔らかな抱き心地を手放すのは少々惜しい気がしたが、本人が拒んでも続けるのは単なるセクハラ行為だ。

 潔く離れると、本田は「腰が圧迫されてたせいか痺れる……」と腰を横に捻りながら、

「じゃ先輩、またの機会に。お楽しみに」

「ちょっ、待……つわけないか」

 本田はふふっと小悪魔スマイルを浮かべてから下の階へ逃げた。それと同時に制服を着崩した江戸下が上から下ってきた。

「……何やってんだ?」

「眩しっ」

懐中電灯に照らされて、発見された怪盗みたいになる。

 江戸下は子供のように上向きにした懐中電灯を顎辺りに持ってきて、

「サボってばっかの悪い子にはお仕置きが必要だな」

「お仕置きって……あー、いやでもいいや、好きなようにしろよ。お前のお蔭で俺の貞操が守られたんだし」

「その言い方だとなんかいやらしいな。貞操守られたってどういうことだよ」

「秘密。とにかくサンキューな、お前が空気をぶった切る悪友キャラで本当に良かった」

「あれ? 微妙に悪口言われてね?」

 脅威は去った。選択肢によって二度貞操を守られたかのように思われたが、花沢は迫りくる問題を一時凌ぎで後回しにしただけであるということを忘れてはならない。



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