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パパラッチはぶっちゃけない  作者: 設楽 素敵
第三話 伝説! 君が来てくれることを信じて
16/22

5

 その後、臨んだ二コマの授業でそれぞれ一回ずつ大恥を掻いて迎えた昼休み。親しく接してくる見覚えのないクラスメイトを適当に振り払った花沢は校内探索を開始した。

 学校の構造は四階建てで、フロアごとに学年が分けられている。上から一年、二年、三年生と階を下がるにつれて学年が上がっていく反比例で、一階には理科室や各教科の準備室を始めとした特別教室が密集していた。特に変わった作りはない。

「他学年の階は居心地悪いな……」

 二年三組に配属されていた花沢は、一年生の教室が並ぶ四階をほっつき歩いてよそ者感を味わう。すれ違う人全員に注目されているみたいだ。

 しかも今は学校祭準備期間で、いつもは教室で駄弁ったりしている女子高生も、弁当を食いながら猥談に耽る男子生徒も廊下に出てきてダンスを踊る。人が多いったらありゃしない。

「……さっさと帰ろう」

 いつまでも視線を感じてストレスを感じるのも気分が悪い、と花沢は急ぎ足で廊下を縦断し、故郷の三階へと続く階段を目指す。

「あのー、ごめんなさい」

 駆け足になっていた花沢を、可愛らしい高音が呼び止める。

「(ん? この声って……)」

 聞き覚えがあった――けれども、何か物足りない。そんな違和感を感じつつ振り向くと、瞬間花沢はどひゃっと万歳して数センチ跳ねた。

 小型獣を思わせる癖毛は明るく茶色がかっていて、輪郭を覆うように短くまとまっている。猫目が特徴的な愛嬌のある顔面のクオリティは折り紙つきだ。体躯は幼いが、背丈もそれ相応に低いので貧相なイメージはない。

 そう、なんかこう――ネコミミとか尻尾とか似合いそうなこの感じは。

「ポン子!?」

「誰それ。先輩面白いこと言うね」

「先輩なのにタメ口かよ! ……じゃなくてっ、お前口癖はどうした、いつもみたいにポンポン鳴けよ! キャラ変更か、世界が変わったついでにキャラ変更しちゃったのか!?」

「とりま黙ろう、花沢先輩? 私の友達が怯えちゃってるからさ」

「あ」

「残念もう遅いみたい。女子高生ネットワークに狂人花沢の情報が流出してる」

「そんなネットワーク破滅してしまえ! 誰が狂人だ、こんなになったのもお前のせい……じゃないか。なんでもない、忘れてくれ。取り乱して悪かった」

 取り乱している途中でも平静を取り戻せて良かった、と花沢は安堵した。

 ポン子がポンと鳴かない――あっちの世界でそんなことが起こったら一大事として扱うべき事象なのは間違いない。

しかし、ここは常識が通用しない未知の異世界。スクープが菊と別人を名乗ったように、このポン子の姿をした女子高生もきっとポン子ではない誰か、なのだ。

これまた孤独を深めることになる悲しい発覚だったけれど、そろそろこの世界のルールに慣れてきたところだ。これを最後にもう取り乱したりしないと花沢は心に誓う。

「ま、別にいいとして、先輩にお願いがあるんだよ」

「そうか。お願いか。じゃあ俺もお願いがある。お前の名前を教えてくれ」

 ポカーンと顎が外れたように口を開けたポン子もどきの女子高生は、当惑気味に表情を曇らせて名乗った。

「本田だけど」

「そうか本田か、そうだ本田だったな。俺としたことが、連日の学祭準備で大事な大事な後輩の名前を忘れるなんてな」

「大事な大事なって私の重要性を強調しておきながら名前を忘れるなんてマジで有り得ないし」

「失敬。本当のことを話すとお前だけじゃなくて知り合い全員の名前を忘れたんだよ」

「わお、とんだ記憶喪失じゃんか。雷にでも打たれた?」

 毒づく本田に花沢は誤魔化しの苦笑いしか返せず、そんな自分を情けなく思った。

「で、本田のお願いって?」

「その首から提げてるカメラで私たちの青春の一枚を撮って欲しかったんだけど……もういいや、早くどっか行ってよ。しっしっ」

「扱いひでぇな! すまんな本田以外の女子、今度会ったら写真撮ってあげるから!」

 花沢は蚊のように追い払われ、そそくさと本田らの前から姿を消した。四階の廊下を一気に駆け抜けて、念願の三階へ続く階段に差し掛かる。

「俺と本田って先輩後輩の関係だよな? やけに仲が良いようだったけど……」

 最近の高校生の上下関係ってこんなに砕けてるもんなのか? と、花沢は階段を下りながら疑問に思った。

 三階に立ち寄らずにそのまま二階へ下る。三年生のフロアだ。ここにも名前の変わった知り合いがいるんじゃないかと、今度は心の準備をして廊下を歩くも、結局何事もなく歩き切ってしまった。少々肩透かしだったが、いないに越したことはないので安心して一階に下りた。

 節電の影響で無駄な照明は落とされているので昼だというのに一階の廊下は薄暗い。加えて、一階での準備は禁止されているのか人気も他の階と比べて極端に少なかったため、拭いきれない底気味悪さがあった。

 挙動不審になってきょろきょろ、きょろきょろ――ゆっくり歩みを進めていると、なんの前触れもなく、不意打ち的に轟音が閑散とした空間に鳴り響いた。

「うぉおおおっ!?」

 花沢は音がした方向と反対側の壁へ逃げる――音の発生源は、花沢が丁度今から前を通ろうとしていた理科室だった。衝撃で窓ガラスがカタカタと小刻みに振動する。

「な、なんだ……!?」

 昼から静かで薄暗くて不気味だったり、かと思えば爆発音にも似た轟音が響き出したり、まるで自分を驚かすために作られたトラップハウスのようだ。

花沢はうんざりしながらも理科室への興味が捨て切れず、安全と好奇心を天秤に掛けた結果、結局スライド式のドアに手をかけた。

大規模な実験を行っているようだし鍵が締まっているかもしれないと懸念しながらドアを引くも、不用心なのか鍵はされておらず、いとも容易く花沢の侵入を許した。

「すみません、今すごい音がしたんで……」

爆発の余韻で室内は煙っぽく、花沢は口を腕で塞いでもう片方の手でそれを払うようにする。すると、髪の長い女性らしきシルエットを視界に捉えた。次第に煙が掃けていき、その姿が明らかになる。

「あら、花沢くんではないですか」

「先輩キャラだ! って、ポン美何やってんだ!?」

 大人のお姉さんから先輩にジョブチェンジ。色っぽさは変わらず健在。年齢差が縮まったみたいで花沢は親近感を覚えた。

 フラスコを片手に白衣を纏っているがとても似合っているとは言い難く、これはこれでいいという感想も抱かせないくらいのミスマッチだった。元が良いだけに残念な感じがすごい。この世界の創造主はポン美に恨みでもあるのかと勘繰ってしまうほどだ。

「ポン美? 誰のことですか? 私の名前は本間ですよ?」

「やっぱりお前も名前違うのか……」

 本間と名乗ったポン美のクローンのような女性は上品な手つきでフラスコを揺らし、飲み残し程度の水嵩しかない紫色の液体を弄ぶ。

「いやいや、参っちゃいましたよ。花沢くんには恥ずかしいところを見られてしまいましたね。学校祭で科学部として出展予定のアトラクションだったんですけれど、この体たらくじゃまだ改善の余地がありそうです。良かったら実験台になりませんか?」

「実験台になりませんかって台詞のセンスもなかなかぶっ飛んでるな。へぇ、本間は科学部に属してるのか。らしいポジションだな」

 花沢が「らしい」と判断したわけは、ポン美が張本人として引き起こした温泉騒動にある。

間違った知識によって作られた温泉施設は本場の人間に言わせてみれば大失敗で、手探りの状態による実験的な試みだったとは言え、外国人が経営するすし屋くらい本来あるべき姿とズレがある。

ポン美は持ち前の萌えボイスで「あら?」と首を傾げ、

「らしい、ですか。褒められたと受け取っていいんでしょうか?」

「なんでもいいよ。いくらでも好きに受け取っとけ」

 花沢は雑に話を切ってから、窓辺に近付いて外の風景を眺める。

 学校だけなく街まで再現されている。はシュヴェールトゥトラ――力を入れる方向が間違っているところに目を瞑れば、率直にすごいと思わせる出来だ。

 広々としたグラウンドではワイシャツの袖を捲った男子生徒たちが白熱のサッカーを繰り広げ、日陰になっている芝生では一組のカップルが弁当をつまみあっている。

「つーか煙を出すような危ない実験なら窓くらい開けとけってーの」

 と言って締まりの緩い鍵を解き、動かす度に擦れた高音を立てる窓を力づくで開けると、瞬間むわっとした熱気が花沢の顔面を襲った。

「今日暑いんですよね、風もないし」

「言われてみれば無風だな、でも空気入れ替えたいからちょっと開けとくぞ」

 窓から顔を出すと熱気に晒されるという教訓を得た花沢は少し距離を取って、近くの椅子に座った。ひんやり冷たい黒塗りの大きな机に頬を擦り付けながら、ぼんやりと外の風景を眺め続けた。

「気持ち良いでしょう、ここ?」

「思ったよりも全然気持ち良いな。住みたいくらいだ」

「それは言い過ぎですよ、私は嫌です。理科室に住むなんて」

「科学部部長が言う台詞じゃないけど、まあ夜怖いからしょうがないな」

「人体模型とか最悪です。科学部部長の特権を行使して奥に閉まっちゃいましたもん」

 花沢と本間の間にほのぼのとした会話の花が咲く。現実世界で大した関わりのない二人がここまで打ち解けるのは意外の一言に尽きる。好奇心が強い同士、相性がいいのかもしれない。

 窓を開けっ放しにして長話していたせいで、理科室内の温度も高くなってきた。ので、気怠そうに立ち上がった花沢は窓を閉めようと手を伸ばす。

「ん? なんだあれ?」

 動作の途中に視界に入った丘が花沢の意識を惹く――グラウンド奥に広がる一帯の芝生に、瘤のように盛り上がった小規模な丘が見えた。

角度が悪かったので花沢は移動しもう一度見てみると、その丘の上には一本の木が立派なそびえ立っていた。幹が太く枝には大量の青葉が生い茂っており、かなり目を引く存在だった――が、花沢を注目したわけは他にある。

 そうだ、あんな立派な大樹、どこかで見たような気が――

「悪い、ちょっと外行ってくる!」

「急に活発になりましたね、どうぞ行ってらっしゃい~」

 一緒にいたら和む系の奥さんみたいな送り出され方をされた花沢は一目散に玄関へ駆け出す――玄関まで行って、自分の靴箱の場所が分からなかったのでやむを得ず上靴のまま直行した。

身を焼くような真夏の日差しがじりじりと照りつけるせいで肌が痛い、早く日陰に隠れたい。そんな思いが花沢を加速させる。

 そうして木の陰に雪崩れ込むように駆け込んだ花沢が最初に思ったことは、木漏れ日が差し込んでくるから暑さ大して変わらねぇじゃん! だった。

たった一分で汗だくになった花沢は日陰に籠ったまま木と向き合うように立つ。

「見た目も感触も一緒……多分だけど」

あの木がここにあるってことは、地図上ではここがあの木にリンクしてるのか?

 森林地帯に立っていたあの木と同じようだ――自然に関する知識が欠如している花沢が今頼れるのは感覚だけだったけれど、その感覚が正しいと仮定するならばこの木も位置情報同様にリンクしていることになる。が、残念ながらその見当は的外れだ。

模範解答と照らし合わせても分からないくらいの些末な違いを自然に無頓着な花沢が気付けるわけがない。大体木なんて素人が見て判別できるようなものではないのだから、そう簡単に決めつけること自体よろしくない。もしここにスクープがいたらこんな風に適切な助言をした後、自慢の博識さで木の違いを鮮やかに説明してみせるだろう。

「何故に上靴で駆け出してるんですか?」

「わぉっ!?」

 大袈裟に仰天した花沢はそそくさと逃げるように幹の裏に隠れた。そこから顔だけ半分出してみる。暗殺を謀るアサシンでもなんでもない、ただの菊だった。

「なんだよスクー……菊かよ、神出鬼没も勘弁してくれ」

「私にその気はないですけどね、血相変えて外に出て行った花沢くんを無視できなかったもので、ついつい追いかけてしまいましたよ」

 菊はそう言うと幹にもたれかかる。花沢は暑い暑いと呻く菊を鬱陶しく思い、牽制目的で横目をくれると期せず汗が滲んで白い下着が透けていることに気付いてしまった。

 制服ってこんなに透けやすいのかよ! と、照れた花沢は慌てて視線を逸らした。

 この行動を全く別物として受け取った菊は、ずるずると制服の後ろを幹に刷りつけながら地面に腰を下ろし、控えめに尋ねた。

「あの、もしかしてなんですけど、明日ここに用があったりするんですか?」

「ここってこのたんこぶみたいな丘の上か?」

「ですです。……まあ、丘の上の木っていうのが正しいですけど」

 意味深に呟くと、菊は座ったまま木を見上げた。

「まさか知らないはずないと思うんですけど、一応確認しときますね――古き良きラブコメに出てくるような曰くつきの木ってやつで、この学校に古くから伝わる言い伝えでは、学校祭当日にこの木の下で恋を成就させた二人は一生幸せになれるそうなんです。どうですか? 知ってましたよね?」

「え!? あ、ああそりゃもちろん」

 菊の前髪、汗が滴って色っぽいなーと話とは全然違う部分に意識が向いていたので慌てて返事をした。集中力は五割減でも話の概要は掴めていたし一応空返事ではない。古き良きラブコメに出てくるようなとは菊の癖に言い得て妙な表現じゃないか、と話をしっかり聞いていたよというアピールのために花沢は一言付け加えた。

 環境も変われば見方も変わるのか、花沢はこっちの世界に来てから菊――スクープを女として見ている節がある。でも胸中を明かせば心境は複雑だった。部下に対して恋情とまでは言わなくとも好意を抱いてしまうなど大人として如何なものかと。

「(落ち着けよ俺……こいつはスクープだぞ? 名前は違うが中身はスクープだ)」

 社内恋愛を許せない花沢は自身に命令するように言い聞かせてから、

「ふぅん、なるほどね、浪漫じゃねぇか。でも今日って学校祭前日なんだよな?」

「そうですけど? だから私はてっきり、花沢くんが明日の告白のためリハーサルをしに来たもんだと思い込んでました。で、実際どうなんですか? どなたか思いを伝えたい人はいるんですかね?」

 冷笑交じりにからかうように言うと、ウブボーイ花沢は小学生男子に負けず劣らずの必死さで否定した。

「べ、別にそんなんいねえよ! 女とかマジ興味ねぇし!?」

「高校生男子がそんなこと言うとは思えません、嘘ですね?」

「嘘じゃないって!」

 スクープとこうして学生気分でじゃれ合う気分が来るなんてな――それでも花沢の気持ちは、新鮮さともやもやの半々だ。


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