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お互い酔っていたし、今日のことはなかったことにしよう。
近くの公園で迅速に行われた大反省会で出された結論と、思いの外怪力の持ち主だったマスターの悍ましさを思い出して身をブルブルさせながら、花沢はリストラを食らって放心状態のサラリーマンのように力なくブランコを漕いでいた。無邪気な子供も近寄りがたい雰囲気が漂っている。
そんな花沢に懐疑的な目を向ける保護者は少なくなかったが、今の花沢に世間体を気にする余裕はなく、ひらすらブランコを占領し続ける。
「腹減ったなぁ……」
公園は住宅街のど真ん中に位置しているため、夕暮れ時になると旨そうな匂いが垂れ流しになる。グルメウォーキングと錯覚してしまうくらいだ。
お腹が空いたらお家に帰ればいい――そんな子供でもできる行動が、自分の中に残るストッパーが邪魔してできずにいる。
市場でやった押止とのやりとりのせいである――何故か変にスクープを意識してしまって、帰ろうにも帰れないのだ。告白してフラれた女子に話し掛けにくいのと通じるものがある。
「いつから俺はこんなに女々しくなったんだ……?」
自宅だぞ。パッと帰って、いつも通り飯を食ってゲームして寝ればいいじゃないか。
何度もそう言い聞かせて帰宅を促すも、体が言うことを聞かない。もどかしさに尽きはなく、体の起動に失敗する度に焦慮に駆られ、花沢は髪の毛を掻き毟る。
埒が明かない――この不毛なせめぎ合いに嫌気が差した花沢はブランコを降りると公園を出て、住宅街を抜け、交通量の多い大通りに出た。
ポーズのために持ってきたリアライターの他に、ポケットに財布も入っていた。中身は潤沢とは言い難かったが、ここからポートまでのタクシー代くらいは賄える。
個人タクシーを一台捕まえて、三メーター分ほど離れたポートへ移動――夏の日は長く、着いた頃でもまだオレンジ色が強い。
染色された建物に美意識を刺激されながら入場し、いつもの手続きを済ませる。そして酷い色彩の渦巻く穴を通ってセインツロックに到達した。
人の世界と時間がリンクしているセインツロックも同じように夕方で、辺り一面オレンジに照っている。
レンタルしたセグウェイでオレンジの風景を切りながら、花沢が向かった先はポン子と出会った森林地帯だった。
「スクープが前に森林セラピーとか言ってたっけ……」
とにかく心を落ち着けたい。平常を取り戻したい。それならセインツロックを行き当たりばったりで跋渉するよりも、森林でゆっくりした方がいいだろう。
そんな風にしっかり考えた末にやってきた森林地帯を、花沢はセグウェイで低速運転しながら過ごしやすそうな場所を探す。
「お、こりゃ……」
セグウェイから降りて、花沢はある一本の木の前に立つ――ポン子と出会った日に偶然見つけた木だ。大樹と呼ぶに相応しいボリュームと威厳があり、心を打たれてしまった花沢はリアライターの地図でマーキングしたくらいだ。
夏香る生暖かい風が森林を吹き抜けると、枝は手で撫でられたように弱く揺れた。はらはらと一枚の葉が左右に大きく動きながら花沢の足元に舞い降りる。花沢はそれを何気なく拾ってから数秒見つめたあと、何をするでもなく放り投げた。
花沢は幹に片手を添えて体重を預ける。
大きな木を前にしたら触っておこうというマイノリティな使命感に駆られての行動だったのだが――この行動が、シュヴェールトゥトラの作った仕掛けへの鍵だったことを花沢は知る由もない。




