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「家族から冷たくあしらわれる父親ってこんな感じなのかな?」
「は?」
珍しく花沢に酒が入っていた。自宅でスクープとポン子にぞんざいに扱われたことによる苛立ちが遅れてやってきて、それを紛らわそうと飲んだのだ。
頬を紅潮させて酩酊状態に陥りつつある花沢に面倒臭さを感じつつも、大人の寛大さを持つ押止はしっかりそれを受け止め、当たり障りのない返事をする。
「俺は父親になったことないから分からないけど、家に男が一人、女二人になったらそうなるもんじゃないのか? 女はすぐ結託するからな」
「そういうもんかぁ……あー、でもゲームしてただけであそこまで言われるなんて」
むかむかむかむか。酒が回っているせいもあり、早いペースで苛立ちが募っていく。
ロック酒の入ったコップをやにさがって持ちながら、
「まあまあ、そう怒るな。女二人の前でバーチャルの女攻略しようとしてたお前も悪いっちゃ悪いだろ。気遣いが足りないと思うぜ?」
「気遣い? なんでだよ、恋人同士なら分かるけど、俺とあいつらはただの同僚だ。嫉妬を抱かれる覚えはねぇ」
「いやまあ嫉妬とは限らないけどな。男女間でそれなりに親密な関係が築かれていたら気にするべきだと思うが。つーかはっきり言わせてもらえば、そろそろそういうゲームは卒業しろ」
「お前は俺から生きがいを奪うつもりか!」
酔っ払い面倒臭ぇ。押止は素の自分が出そうになった。
「奪うつもりはない。ただ少しは自重しろって言ってんだ。お前、スクープと一緒に暮らし始めてどれくらいになる? 二年くらいか? それくらい一緒にいたら、そろそろ違う関係に発展してもおかしくないんじゃねぇの?――例えば、恋愛関係とか」
実は押止も酔いが回っている。発言の節々に気取った香りがするのはそのせいだ。
「いい加減現実にも目を向けてみたらどうだ? ゲームの恋愛も楽しいが、それを現実でもやってみたらもっと楽しいだろうさ」
「そうとは限らないって。俺は今のままで充分楽しいの! スクープやポン子と適当な仕事上の関係を築きながら、バーチャルの青春を謳歌することで満たされてんだ」
「だからそれが自己中だって言ってんだろうが。お前、見向きもされなければ名前ですら呼ばれないスクープのこと考えたことあんのか? ねえだろうな、それができたら今頃その童貞だって卒業してるわな! この生涯チェリーが!」
「そうだとしても今お前に言われる筋合いはねぇ!」
「あぁあ!? 言わせておけば二十歳にもなってねぇクソガキが調子づきやがって、こりゃ一回締めとくしかねぇみてぇだな、あぁ!?」
「上等だ押止! お前とは一回どこかで決着付けるつもりでいたんだ、今日がその日だ!」
口調が荒ぶり心が荒んで場が荒れて、いつの間にか二人は市場の中心で向かい合い、周りには野次馬たちの輪ができていた。悪酔いした野郎が二人を煽る。
「行くぞ押止ッ!!」
「おう来いやッ!!」
先手必勝――花沢が拳を握って身構える押止に向かって駆け出した。
普段なら絶対に怒らない衝突が発生しようとしていた――そのときだった。
「ごふぉ!?」
「いでぇっ!?」
「……お客様」
突風のように颯爽と割り込んできた長身のマスターが、押止を殴ろうとしていた花沢の拳を掴んで腕を捻り、拳を掴みかかっていた押止の腕が同様に捻られて場の空気が止まる。野次馬たちは息を呑んで、マスターの二言目を待った。そして。
「このまま腕を折られるか、素面に戻るまで店に来ないか――お好きな方をお選びください」
『失礼しましたー!』
花沢と押止は命からがら市場を後にした。