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「ふぅん、なるほどそういうわけ」
「そういうわけなんだよ」
温泉が撤去された日の翌日、花沢は地下のいつもの市場を訪れ、カウンター席にて自営の押止と談笑していた。
遅ればせながら言っておくと、押止は既にポン子の存在を知っている。早い段階で花沢が喋ったのだ。まあ押止も仲間みたいなもんだしいいだろうと、つーか元はこいつが原因なんだし知らせておこうと、そう思ったのである。
そして、今日は先の温泉騒動の全容を喋った――奇妙な飲料温泉に浸かり、ポン美というシュヴェールトゥトラと出会い、自分たちの助言のせいであのような騒動を招いてしまったのだということを正直に喋った。結果、笑われた。
「……はははははっ! すごいな、本当にすごいなあいつら。人間なんかよりもずっと面白い。スケールのデカいことを軽々とやってのける。いやぁ、痺れるねぇ」
「放言もそこそこにってことだな。いや、俺たちにそのつもりはなかったけど、的確なアドバイスのつもりが、結果的には世界中を騒がす事件を招いちまったんだ。あいつらの前で迂闊なことは言えねぇ」
「でも逆に迂闊なことを言うってのも楽しそうだけどな。俺たちがあいつらの技術力と行動力を利用しちまうんだ。どんなでたらめだって実現可能だろうよ」
「んな気起きねぇよ。実現したところでどうする、処理に困るだけだ」
「はっ、かもね」
一笑してから押止はロック酒にちびっと口をつけて、口の中でもぐもぐした。
「本当に何が起こるか分からない。彼らはどんなことだってやってのける。えーっと、なんだっけっか。ほら、この前君から聞いたポン子ちゃんの台詞」
「厳密にはスクープが聞いた台詞だけどな」
とりあえずの体で注釈を述べてから、
「セインツロックにはポンも知らない仕掛けがある、だよ。そんなことをほざいてたらしい。全く、無責任にもほどがあるぜ。仲間の悪事は把握しとけっつーの」
「本人たちに悪事のつもりはないからねぇ。今回の騒動だって悪事とは呼べないよ。ちょっとしたサプライズと考えることだってできる。仕事が増えた人だっているだろうさ――んで、その台詞に基づいた俺が言いたいことなんだけど」
「うん」
「何が起こってもパニックになるなよ。冷静になれ」
「……なんだよ、急に真剣な顔になって」
押止が突然キリッと表情を引き締めたので、花沢は少し気圧された感じに体を引く。
「いや、今更ながら先輩として一言注意しておこうと思っただけだ。お前はセインツロックを自分ちの庭のように駆け回って、ぶっちゃけ結構怖いもの無しな心理状態だと思うんだよ。ポン子というガイド役も手中に収めたせいで、その兆候はより一層強くなってるだろうな。有体に言えば、油断してる」
「は、はぁ……」
「む、その態度。大人の話しっかり聞いとけ」
「うぇっ」
強烈な凸ピンを食らって花沢の体がのけ反る。でも、花沢の返事が締まらない感じになってしまったのも無理ないのだ。急に真剣な話を振られたら人は困るものだ。
ただ、大人の押止は当然そんな心の内側もお見通しの上でこうして喋っている。
気が向いたから――そういう気が長されてしまう前に、可愛い年下を思いやって無理やりでも言っておこうと押止は思ったのだ。
「あそこでの油断は禁物だ。ガイド役のポン子だって知らないことがあるって言ってたんだろう? それだけ未知の危険に溢れ返ってるってことなんだから――今一度、初心に帰れとまでは言わないが、帯を締め直すくらいことはしておけよ」
「……分かった」
「よろし」
花沢は、話に集中し切れないままだったものの返事をした。忘れない程度には脳内に留めて置く気はあったが、肝に銘じるとまでは行っていない。
「(帯を締め直せ――ね)」
そもそも俺は帯なんてしてんのかね、と花沢は心の中で呟いてからオレンジジュースをおかわりした。




