1
月エレベーターや火星移住など人類の本格的な宇宙進出の前に、地球内で異世界と繋がる連結ホールが発見された。
原始の地球みたいな自然が広がるセインツロックは多種多様な気候が狭い範囲に宝石箱の如く詰め込まれているのが特徴で、ジャングルと氷雪地帯と砂丘と森林という色も温度も全然違う四つの地帯を回るのに一時間しか掛からないなんてのはザラだ。
各地帯手狭という点を除けば、植物は生い茂り、真水や空気だってきちんとあるのでこの世界は生物の繁栄にはもってこいである。
それなのに動物や昆虫といった生物が極端に少ない。ごくたまにいても、猫やリスを始めとした愛玩動物によく似た無害ものばかりなので、複数首の火竜や陸上を闊歩する巨大イカ等の登場を期待している世間の声には到底応えられない。まあそれでも、地球上にはいない種なので大発見であることには変わりないのだが。
セインツロックに人類が到達してすぐの頃は、公式の調査隊のみが探索の任についていた。また、一切の責任を負わないという条件で、入場を志願した者たちも自由に異世界を駆け巡っていた。
調査隊が額に汗を滲ませながら組織的に探索を続ける中、最初に手柄を上げたのはゴシック誌のカメラマンだった。小型動物と思しき足跡の撮影に成功し、莫大な報酬も得た。大体的に伝えられたこの報道をきっかけにセインツロックに進出する人々が殺到して、探検業が一躍表舞台に躍り出ることとなる。
個人単位で見ればごく少数しか報酬を得られるような情報を手にできなかったが、マッピングが恐ろしい速度で進んだり、環境が短距離で変化することが判明したり、多く報酬を得られるような発見ではなかったにしろ新種の植物や鉱物等の発見が続出したりと、広く全体的に見て、人類としては大きな進歩を遂げたのだった。
期せず人類の発展に貢献してしまった野望に塗れた探検者たちを、現代では最初に手柄を上げたカメラマンにちなんでパパラッチと呼んでいる。
小学生の将来の夢ランキングで軒並み上位を獲得し、時を経て社会に認められた立派な職業の一つであるが、それだけで生計を立てられる者は希少である。
パパラッチの収入は、数年前に施行された《情報換金制度》によって賄われる。
パパラッチの商売道具であり、免許同然である《リアライター》で撮った画像や映像を機関に送信すれば、勝手に評価してもらえてその良し悪しで相応の金が振り込まれる。
以前までは自ら政府機関まで足を運んで交渉していたのが、この制度のお蔭でずっと楽になったと古参のパパラッチたちは声を揃えるが、同時に志が中途半端なニワカが増えて鬱陶しいと苦情を訴えている。
ある程度情報も集まってきて、最初の頃に比べてビッグニュースが減った。情報一つ当たりの単価が下がりつつあるのは、国がケチだからではなく単純に情報に価値がないからだ。そんな二束三文の状態で、専業パパラッチは随分減ってしまった。今の時代、ほとんどのパパラッチは兼業で、本業の傍ら休日はセインツロックに出向くというスタイルが浸透している。
本業が忙しくてもパパラッチという職を手放すことを、野心と浪漫は許さない。ビッグニュースは確かに減ったが、それでもまだ一つ、一獲千金の大チャンスが残っている――それは、知的生命体の存在である。
知的生命体に関する情報は高値で取引されているが、どのパパラッチも完全な姿を激写できていない。またそれは裏を返せば、部分的な撮影には成功しているということになる。
毛や足跡、爪やその垢といった存在を裏付ける証拠は時代と共に、ゆっくりとではあるが収集が進んでいる。
パパラッチであるからには、その全貌を撮影してやりたい。
プロ野球選手がタイトルを狙ったり、ゴルファーが賞金王を目指したりするように、パパラッチにだってそういう夢があるのだ。
夢追い人をすることは恥ずかしいことじゃないし、珍しいことではない。素敵なことだ。夢のために一生懸命になれるだけで、人は充分満たされる。
パパラッチはどこにでもいる。
例えばここにも、専業パパラッチをしている一人の少年がいる。
齢十八――青春の全てをパパラッチに捧げている少年がいる。




