婿さま側の話―3
――『お姫ちゃん、今回のお婿はケルニー家の三男ねー。今度ケルニー家の家長に伝えてきてくれちゃって。本人でなく、家長夫妻ねー。ここ重要、ベリー重要だからね!』
家長の妻・ミネイアは、“苛烈夫人”、“熱血夫人”と呼ばれる氷人族です。じゃじゃ馬な娘さんがそのまま年をとった、そんな感じの方なのです。
――ちょっとやそこらではへこたれない心根の持ち主である、精神的に強い女性のミネイアでしたが、そんな彼女も悩みはありました。彼女の悩み、それは三男です。
ケルニー家の性格・特徴を濃すぎるほど濃厚に持って生まれた三男、テュリオス。彼は産まれたその日から、異性――見た目が若い女性たちを見ては、鼻の下をのばしていたのです。な、なんて嫌な新生児……彼の女好きは、天性のものだったのです。
育つにつれ、彼の外観は“女性を虜にしてやまない、虜にされても納得してしまう”外見に成長してしまいます――やっぱりケルニー家(=麗々たる氷人族)の殿方であるので、見目は麗しかったのです。
――上の二人はまともに育ったのに、末っ子はなんでアレ?
ミネイアは悩み、悩みつくしました。母の悩みなど知らぬ存ぜぬで、テュリオスは大きくなるに連れ、女たらしとして名を馳せてゆきます。
――そんな名前、馳せるなるな!
テュリオスはまさしく目の上のタンコブでした。いつかもがれるのか、自分の代でもがれるのか、と彼女の優しすぎる夫は日に日に窶れていきます。
日に日に窶れていく夫、匙を投げた長男次男、周囲に気付かず好き勝手口説く三男。ミネイアはストレスが溜まっていきました。ストレスのボルテージはマックスはとうにこして、溢れかえっておりました。そろそろ崩壊して決壊しそうでした。ダムが海になっちゃうとこでしたね!
――もうヤバイよ決壊するよ、と今日もストレス具合が凄かったそんなある日、ミネイアは己の現状を救いだしてくれる救世主に出会ったのです。
――『王妹殿下であり、巫女姫さまでもある殿下がいらした理由は、不肖の息子のことでしょうか』
ミネイアの問いかけに、救世主たる巫女姫さまは頷かれました。
――『ええ、そうなんですの――家長夫人の言葉の通りですわ』
ミネイアのどこにも出したくない不肖の三男が、成婚率百パーセント・百発百中の魔神さまの縁組みに選ばれたのです。
――来たこれーっ!
ミネイアは心中でガッツポーズをしました。やったね! と一人で自分に拍手喝采でした。……一人で自分にって、寂しいですね!
――『家長夫人を味方につけるないといけないのさー』
そんな魔神さまの言葉で、自分が魔神さまが楽をしたいがために、自分が組み込まれたと露知らず、ミネイアは魔神さまに信仰を深く深く捧げました。
巫女姫さまも――『必ず家長夫妻に会い、軽く緊張感を高めて、びびっちゃう傾向のある家長を黙らせて、勝ち気な傾向のある家長夫人を交渉相手として引っ張りだしなさい(要約)』と、魔神さまに伝えられていたことを失敗せずに遂行できてホッとしていました。
――こうして、ふたりは知らず知らず魔神さまのてのひらの上で、転がされていたのでした……すべては、面倒くさがり屋でクソな魔神さまが楽をしたいがために。
そのことを知った雪千世さんは、何たることだ、と溜め息を吐き頭を抱えました。
(もうひと蹴りしておくんだったッ……!)
今すぐにでも、冥府の湖底へ沈めたクサレヒッキー魔神にもうひと蹴りくらわせて、死の吹雪でも四十九発くらいお見舞いしてお仕置きしてやりたいと血の涙を流したくなりました。……もう涙を流せる肉体はないのですけれども。
クソ手抜き魔神さまは、ひっじょーにウザいくらいに面倒くさがりやさんでしたので、自身に仕えてくれている、(巫女としては新人の)魔族側の巫女である巫女姫さまに丸投げしやがったのです。
冥府から現世へ出張した雪千世さんは、現世へ到着するやいなや真っ先にケルニー家の領主館へと足を運びました。……実際のところ、足はありませんので領主館へ飛んだ、が正しいのですけれども。
(まっったく、何なんだいあのドクサレ魔神は! 手抜き丸投げしやがって……。おかげで、おかげで、あの災厄を招いたじゃねぇの!)
お怒りマックスな雪千世さんは、現在半透明なお姿です。THE・幽体ってヤツですね! 魂ですね! もう遥か昔に冥府に逝っちゃった魂だけの存在ですから。
……だからこそ、だからこそ!
秘技、枕元にたーつ! です。ご先祖さまが子孫に何かを伝えたいときにとる、ポピュラーかつホラーな手段です!
うっすらと銀色に輝く半透明なお姿は、もちろん透け透け(きゃー!)なので、向こう側の景色がばっちり見えちゃってます。
そんなホラーなお姿で、いま、雪千世さんはケルニー家長夫妻の寝室を訪れているわけです。……突撃隣の晩御○ならぬ、突撃子孫の寝室ですね!
――まあ、とにかく。
『おい、子孫ディトル』
巫女姫さまの高圧的オーラにあてられて、寝台にふせっていた家長ディトル。その家長ディトルの耳に、ハスキーな女性の声が届きます。もちろん雪千世さんの声ですね。
「…………ふぇ?」
連呼される自分の名に、家長ディトルは目蓋をうっすら開けて――
「ひっ……、ひぎゃああああ、出たああああ! もがないでぇええ!!」
ディトルは股間をおさえて泣きわめきました。
――今現在、雪千世さんは現在のケルニー家の家長の枕元にたっております。もちろん向こう側が見えるすっけ透けな半透明、足のないホラーな出で立ちですよ!
……さあ、想像してみてください!
氷と雪で出来た寝室の、これまた大量の白い煙を発する寝台(ドライアイス製)に横たわる顔面蒼白の死にそうな美しい男性。
苦そしうにうなされる彼は自分の名を呼ぶ声を耳にします。微睡む意識が引き起こした幻聴だと思い込みますが、しかし確かに名は連呼され続けます。
何だ何だと、彼はそっと目を開け、絶叫しました。枕元には焦りと疲労に満ちた顔の半透明のご先祖の雪女が立っていたからです! そのご先祖は、伴侶を裏切り浮気をした子孫の大切な場所をもぐと言い伝えられていて……な、なんてホラーなんでしょう!
恐れおののき、びくびくと体を震わせる子孫に、雪千世さんは告げます。
『嫁と巫女をここへ呼べ!!』
結い上げた髪は無惨にもほつれ半透明な雪千世さんの顔を半分覆い隠しています。
そんな表情がうかがいしれない顔で、雪千世さんは子孫を見下ろしました。
「ひぃぃ! か、かしこまりましたてございますぅぅ!!」
――(急いだので)髪はほつれ、(猛スピードを出したので)髪を振り乱し、髪から覗く目は(焦っているので)血走っている、そんな雪千世さんに凄まれ……あわれ子孫ディトルは泡を吹きながら、妻と巫女姫さまがいる階下へと猛ダッシュで走り出したのでした。