表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/16

冥府の話

『もし、他の女に気を見せてみろ。

 ――子孫ができないように、男の象徴を凍らしてもいでやる』


 それは、かつてテュリオス・エルニー・ケルニーのご先祖さまに嫁いだ雪女という妖の言葉です。なんて名言、いや迷言な罵詈なんでしょう!

 その迷言な罵詈の言葉はいつしか実害をもたらしました。被害が続出したのです。雪女さんは、有言実行の妖だったわけですね。怖いですね!


「おい、クソ魔神」


 その雪女さんは、今もちゃーんと冥府より子孫を見張っ……げふんげふん、見守っておりました。そして、今も罵詈でののし……げふんごふぉんっ、今も素敵に尖った言葉を口にしておりました。


「おい、引きこもり」


 冥府は、虹色に淡く輝く地底湖を抱いた大きなドーム状の洞窟でありました。光源は淡く輝く水面だけでありましたので、まるで朝と夜の間のような、優しくも薄暗い空間でした。


「おい、引きこもり魔神」


 地底湖のほとりには何本も何本も鍾乳石が林立し、大きなサンズというななつの河から各色の水が合流し、虹色の湖水を作り上げておりました。

 水面には透き通る翅を持った妖精が舞い躍り、時折マーメイドが可憐な声で、郷愁を思わせる歌を歌い上げます。


「おい、聞いてんのか」


 サンズの河をくだって冥府に来た死者の魂たちは、妖精の舞いとマーメイドの歌に導かれ、うとうとと午睡のように眠りに導かれ、夢の世界へと旅立ちます。そして皆が眠りについた頃、彼らが乗船した笹船から蛍の渡し守が漂い離れたのを合図に、ゆっくりとゆっくりと水中へと沈んでいくのです。


「おい、聞いてんのか引きこもりクソ魔神」


 ――そうやって、生命活動を終えた肉体から離れた魂は、記憶を忘却の湖へ流しながら、湖底に渦巻く輪廻の中へと組み込まれていくのです。

 それが不変の自然の決まり事でした。しかし時折笹船が沈む前に、乗船した魂は、何かに引っ張られていくかのように、来た道を逆走していきます。


「おい、おめぇの耳は穴だらけか?」


 その逆走した魂こそ、肉体がアンデッドとなりつつある魂でした。アンデッドとなりつつある肉体は、こうして冥府にくだった魂を呼び戻すのです。


「なら、おめぇの耳にもっと穴を開けてやろうか?」


 ――そんな幻想的な流れる時間もない冥府にて、冥府の主人は今もぽややんと釣りをしていました、まる。


「ど阿呆っ」


 そして、通算一億二千と三百四十六回目となる平手打ちを後頭部にプレゼンツされましたとさ、まる。


「釣れないくせに何釣ってんだ。てかいい加減にアタシを無視するな」


 べちぃ、というたいへんイイ音がいたしました。まるでハエを叩くかのような音ですね。日頃から魔神さまのサボリに悩まされている方が見たら、きっと「なーいすぐっじょぶ★」と指をたてたことでしょう。


「痛いよ痛いよゆっちゃーな!」

「誰がゆっちゃーなか」


 ずべし、と再び魔神さまの後頭部に平手打ちがプレゼンツされました。心なしか先ほどより力が入っているように見受けられますねー。おお、記録が更新されましたね!


「ゆっちりん、暴力反対、暴力反対!」

「――誰がゆっちりんか。

 いい加減覚えろ、アタシはおめぇと違って名前は長くないってのに」

「りょーかい、ゆっちょー」

「人の名で遊ぶな。了解してねぇだろが。おめぇアタシの話を真面目に聞く気あんのか!?」


 みたび、平手打ちが炸裂いたしました。たんこぶがぽぽん! とみっつできました。まるで三段重ねのアイスクリームみたいです。トリプルですね。しかし知り合いの名前わざとですかね、間違えてるの。わざとだったら酷いですね!


「いい加減にしやがれクソ魔神。湖底で輪廻の順番を整理してる先代巫女たちを呼んでほしいのか? 呼んでやろうか?」


 先代巫女、といわれて魔神さまは釣竿を放り投げ、ぶるんぶるんと高速に首を横に振りました。高速すぎて残像すら見えませんね! ……わざとだったのでしょうか。

 先代巫女とは、魔神さまのおうち引きこもり事件で「おかみさま、やめてくだされぇええ」と泣きわめいたあの巫女さまです。かつての平和主義者たちの嘆願書事件よりうざいと魔神さまにお墨付きをいただいた巫女さまです。


「……雪千世ゆきちよ、輪廻の向こうに渡った旦那サンが、その様子見たり聞いたりしたら泣いちゃう、よー……?」


 そろーりと背後を振り向きながら、魔神さまはご機嫌をうかがうようにそろりと雪千世の顔を見ました。

 青灰色の浴衣を銀鼠色の帯で締め上げ、長い薄墨色の髪を緩く結い上げた美女――雪千世が、魔神さまの視線の先で般若の面も裸足で逃げそうなお顔で仁王立ちをしていました。


「――だから、あんたは嫁さんはおろか、カノジョはおろか、異性の顔見知りさえ出来ないんだよっっ!」


 魔神さまの脳天に、雪千世の回転踵落としがきまりました。ざくっと音がしましたよ。痛そうですね……! にしましても魔神さま、なんてでりかしぃのない発言っ……。だから独“神”なんですよ!

 ――まあ、とにかく。


「……ふんっ! ……そこで地面と接吻でもしながら、今からアタシが話すこと、よーく耳の穴開いて聞いておけ」


 足もとで頭から煙をプシュプシュ噴き出す魔神さまを見下ろしながら、雪千世はケッと唾をはきました。どうやら魔神さまを無視して話をすることにしたようです。


「おめぇがフィーリングとやらで選んだ今回の縁組み。おめぇ、うちの子孫選びやがって」


 雪千世は、だぁん! と草鞋をはいた足で地団駄を踏み始めました。うわぁ、揺れるくらいに大きな地団駄です。そんなにお怒りなんですね……魔神さまに!


「……あんたのフィーリングとやらで選んだのはまあ、許してやる。こればっかは神さまの直感だからな」


 雪千世はちっ! と大きく舌打ちをしました。

 魔神さまは、一応魔“神”さま。神さまなのです。神さまの直感は、無碍にはできないのです。絶対に妨げられないものなのです。

 だから、雪千世は歯噛みをして耐えるしかなかったのです。いやいやながらも魔神さまの直感を認めるしかなかったのです。


「……俺っち魔神さまなのに、何で上から目線、何さまなのさ」


 いつのまにか意識が復活していた魔神さまがぼやきました。蚊のようなぼそぼそ具合です。

 きっと、雪千世に聞こえないと思ってぼやいたのでしょう。しかし、古今東西悪口というものだけは、本妖(人)にはよーく聞こえたりするんですよね。これ、王道(なんか違いますが)、お決まりですよね!


「何さまなのさって、一応おめぇの属神だが? うっかりでアンデッドを誕生させて他所さまへ迷惑をかけるおめぇを、先代巫女と一緒に監視する見張り役だが? ――凍らして逝かしてやろうか、あァ?」


 ああ……魔神さま、色々と踏んではいけない地雷のひとつを踏んじゃったんですねー。雪千世さん、吹雪を背負ってますよー。すごい雪女らしい怖さがあります! 大迫力ですね!


「……ァ?」


 ――え、あれ、こっち気付いたですか……まさか……?


「……気のせいか」


 わぁー、あー、びっびりましたあ……! さ、さすが見張り役……でしょうか。こちらにも気付きかけるなんて(未遂です未遂!)……! 恐るべし見張り役……。

 ――ま、まあ、まあとにかく!

 見張り役、というのは文字通りの役目ですね。

 魔神さまが『魔神さまのおうち引きこもり事件』を引き起こしたあと、さすがにそれはどーよと、有志が集まって見張り役を設立したわけですね。

 さすがに神さまといえど、多方面へ迷惑をかけてしまっては信仰もしてもらえません。だからこそ、二度とはた迷惑な事を起こさないように、何名かの見張り役が必要なわけです。

 今代の見張り役に就任しているメンバーは、設立当時から変わらない『魔神さまのおうち引きこもり事件』当時の巫女さまと、あの雪千世さんですね。

 ――雪千世さんといえば、子孫である麗々たる氷人族に『浮気一切するな』という掟を課した張本妖(人)です。

 もし一族の殿方が、結婚したあとに永久を誓った相手以外と浮気したら、殿方の子作りに必要な箇所をもぐぞ――と、いまも冥府から虎視眈々とガチでリアルに子孫を監視しています。

 子孫をガチでリアルに監視するために、雪千世さんは死した後も輪廻に加わらず、魔神さまの見張り役につきました。死んだ後は、妖・魔族関係なく輪廻に加わりますからね、監視をするために加わりたくない雪千世さんは意気揚々と見張り役についたとか、ないとか。

 ――ごほん、脱線しましたね。

 まあ、とにかくです。見張り役であり、監視もしているからこそ、子孫であるテュリオス・エルニー・ケルニーが今回の縁組みに選ばれたとわかったんですね。


「まあ、とにかくだな?」


 おや、魔神さま………………うわぁ、うわぁ。ぼっこぼこのべっこべこのばっこばこのぺっちゃんこの血塗れになってます。

 そんな魔神さまを見下ろし、雪千世さんは笑います。じ、女王さまみたいです……!


「おめぇが過去にやらかしたアンデッドの誕生。あれで発生した屍夫人と呼ばれる始源のアンデッドのいち個体がなぁ……?」


 女王さ――ごほん、雪千世さんの笑みが深くなりました。見ているだけで背筋が凍ります……っ!


「子を、作ったんだよ。その子がなぁ、ヤバイのさ」


 屍夫人の子――エリーメリーさんですね。エリーメリーさんはいろんな意味でヤバイんですが、この場合はどのあたりのヤバさ加減でしょうか。


「今回の縁組みを知らずに、ぶち壊そうとしてるんだよ」


 血塗れになってる魔神さまが、ぶるりと大きく震えました。絵的にいえば「ぎくっ」もしくは「ぎっくんちょ」でしょうか。


「おめぇ……わかってて巫女に全投げしやがっだろう。こんの、」


 雪千世さんは足を振り上げました。その足の向かう先は、もちろん――


「サボりクサレ魔神があああ、反省してこいやああああ!!」


 ああ、魔神さまが弧を描いて飛んでいって……ああ、ぼちゃんと虹色に輝く湖面へ落ちました。淡い虹色の光とともに、大きな飛沫があがりました。おー、きれいですねー。虹ができましたよー(棒読みです)。


「ああ、巫女に伝えねぇとな。ああ、ミネイアにも伝えねぇと」


 頭をポリポリかきながら、雪千世さんはぼんやりと湖面を見ながら溜め息をつきました。きっと今頃、湖底にいる先代の巫女にびっしばっしと泣きつかれているであろう魔神さまの様子を思い浮かべて。


「あんにゃろう……なぁにが“ミネイア達に会って伝えて後は任せたよ”だぁ? もっとちゃんと伝えやがれ」


 雪千世さんのぼやきの通りです。

 手抜きの常連の魔神さまは、新人だからまあ騙せるよねー、とのノリで巫女姫さまに丸投げしたのです。最低ですね。巫女姫さまが頑張って張り切りすぎる子だとわかっていて、やりやがったんです。これが鈴彦姫なら、魔神さまにしてやられることはないんでしょうけど。

 ――まあ、とにかく。

 雪千世さんは、魔大陸の巫女さまを援護するべく、ご先祖さま専用の“通信手段”をとることにしました。

 ……ちなみに、エリーメリーさんが村を破壊する直前のお話です。

 この後雪千世さんは、エリーメリーさんの凶行に気付き、彼女にしては珍しく焦りながら、子孫の枕元にたつのでした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ