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勘違い娘の話―2



 ――魔大陸最北端、ケルニー地方。

 その場所を指し示す名称として有名なのは、“極寒の美人の里”、“春の訪れない場所”。文字通り、まんまですね、捻りもないですねー。

 住民は二名と一部を除いて全て氷人族ですし、氷人族は男女問わず美しく整った美人ばかりですし、春はもちろん、年中を通しての降雪地帯なので皆無ですしね! ケルニー地方には、いわゆる永久凍土ですから、冬以外に季節がないので、当たり前の話ですね。

 たまに美人をとの春を求めて他部族がいらっしゃいますが、氷人族は己の美目当てが一番嫌いなので、そちらの春もほぼ皆無ですね!

 ……まあ、とにかく。

 もうひとつ、ケルニー地方を指し示す有名な名称がありました。

 それは、悪い意味で有名した。

 もうひとつの有名な名称は、“屍夫人ルーラメリーの寝床所在地”。

 屍夫人ルーラメリーとは、『魔神さまのおうち引きこもり事件』で発生したアンデッドの起源種にあたる始源のアンデッドです。アンデッドの中でも長老格にあたり、その残忍で無慈悲な性質で恐れられ、敬遠される存在なのです。

 場所は特定されておりませんが、屍夫人ルーラメリーはケルニー地方に住んででいるらしいのです。ケルニー地方のどこかに、義娘のエリーメリーとともに。

 アンデッドの肉体は、遺体です。自然に還るはずだった肉体に、不自然な形で魂が帰って宿り、還るはずの肉体をこちら側へとどめている状態です。

 自然に還るといえば、……おわかりでしょうか。細胞が分解されて、土に還るわけです。肉体は、土に還る準備万端なわけです。細胞が分解されて……つまり、モザイクをかけてしまいたくなるわけでして。

 いくら魂が戻って宿っても、肉体は既に生命活動を終えていますので、再び生命活動を始めるわけではないのです。

 だからこそ、年中極寒で厳寒で冬しかない永久凍土は、アンデッドにとって「腐る危険の無い天国」なんですね。……でも、氷人族には天国じゃないんですよ。

 かつて、再婚にいたった事情を知ろうともせずに、溢れる感情のままに、生前の旦那と実の妹を激情にまかせて冥府送りにした凶徒ルーラメリー。

 アンデッドは皆さん猪突猛進で、生前とは違い肉体的なストッパーは既に死んでいますので、馬鹿力なのです。「あらごめんなさいまし」と相手にぶつかれば相手を即死させるくらいには怪力なのです。恐ろしいですね!

 そして、アンデッドは協調性という単語も冥府に置き去りにして来ています。移民として(?)やって来たルーラメリーに、当初は「お互いに譲歩しようね」と当時のケルニー家の家長が言えば、「なぜ?」と首をかしげて「あらごめんなさいまし」と、村を破壊してしまったのです。理由は、「リア充許せなくて」だそうで。

 ルーラメリーが、ケルニー地方の麗々たる氷人族と一般の氷人族を敵に回した瞬間でした。

 代々のケルニー家は、以来何度も彼女と衝突し、何度も一戦を交えてきたといいます。

 ルーラメリーは何年かに一回の割合で、「リア充消えろぉお!」と吠えながら氷人族のカップルもしくは新婚さんを襲いにやってきます。当代の家長夫婦も既に何十回と一戦を交えています。

 ――そんな繰り返されてきたいつ終わると知れない戦いも、近年は少しおさまっていました。ここ十数年の話ですね。

 ルーラメリーは、エリーという魔族の少女の死んだばかりの遺体を手に入れて、義娘としてアンデッドの仲間に入れたのです。

 ……この時点ではまだ、おさまってはいませんでした。

 死んだばかりの少女は、エリーメリーと名を改めてアンデッドとなりました。もちろん、理性などを冥府に忘れてきた状態で。

 新しい仲間を増やしたルーラメリーを、ケルニー家がさらに警戒したのは当然の展開でした。ルーラメリーも、仲間が増えてより襲いやすくなりました。両者、一触即発です。

 しかし、ここで両者ともに想像のつかない展開が待っていました。

 エリーメリーがアンデッドとなって十数年が経過したある日のこと。

 ルーラメリーと違い、主に若い男女を「運命でずわー!」と拉致監禁、死亡させきたエリーメリーが、新たな標的にテュリオスを選んだのです。


「てゅリオスざまああ」


 ――勘違いレベルカンスト令嬢、電波令嬢という呼び名が生まれ、定着していったのでした。

 それを機に、屍夫人ルーラメリーは「可愛い義娘の恋活を妨げるなんて義母のずることではありまぜんわ」と、戦いから身を退いたのです。まあ、開けてビックリ玉手箱? です。あれだけ残忍で、悪いことを悪いことと思わずに平気で行う屍夫人ルーラメリーが丸くなったものです。

 レベルカンスト級の勘違い娘によって、一時的で曖昧な仮初めの平和が成立したのです。テュリオスを生け贄にしちゃったんですね。

 ――しかしやはり仮初めは仮初め。いつかは現れるであろう綻びが、いつ現れると知れないもの、それは世の理、お約束、典型的パターン、王道展開ですね!


「てゅリオスざまっ、てゅリオスざまっ」


 白銀の雪原を、今日もエリーメリーは走ります。エリーメリーは凄い速度で走りますので、彼女の背後には雪煙が今日も発生しております。

 たまーに足の骨が飛び出てしまい、なおすために止まりはしますけれど、今日はその様子がみうけられません。

 ……おかしいですね。彼女たち義親子は、ルーラメリーの言葉を借りれば「お骨と内臓をいかに出ざないように優雅に振る舞うかが、あたぐしたちの一族の礼儀でずわよ」をモットーに動いているんですから。

 エリーメリーは、ぶつぶつと何かを呟いていますね。生きていたら息継ぎも限界を迎えて酸欠になってしまうくらい、とってもながーーい呟きですね。


「てゅリオスざま、てゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざま」


 ……長すぎますって!

 ……うわぁ。ドン引きレベルです、ドン引きレベルがカンストしてサンズの河を渡っちゃうくらいにドン引きしてしまいました! うわぁ、息継ぎの必要性がないアンデッドならではのロングロングアゴ……いや、げふんげふん、長すぎる呟きです。


「てゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざまてゅリオスざま」


 まだ呟いてますねー……。しつこいですけど、本当に長すぎますって。

 ――まあ、とにかく。

 エリーメリーが呟きながら向かう先は、ケルニー家の領主館。領主館へ向かってまっしぐら、直線距離で進んでいます。

 ――ここでひとつ注意事項、です。

 エリーメリーは、住まいの穴を出発しました。そこがスタート地点なわけですね。なお、屍夫人ルーラメリーの住まいである大穴と、ゴール地点であるケルニー家の領主館は直線距離で進むことはできません。途中に凍った何も住まない大河も、氷人族が住む村々も点在しています。

 けれども、エリーメリーはそれらを無視して直線距離で進んでいます。まさしく猪突猛進です。ちなみに速度は人間の世界でいう平成の新幹線の速度の五倍くらいでしょうか。

 そんな速度で走るものですから、エリーメリーが通ったあとは、真っ白な雪の地面が抉れてしまい、ケルニー地方ではあまりみられない茶色の地肌が見えています。地面が抉れちゃっていますね!

 ……ということは、どうなりますか?

 繰り返しますが、屍夫人ルーラメリーの住まいと、領主館を直線距離で結ぶと、その過程にはひとつの凍った大河とみっつの村が確認できます。みっつです、みっつ。

 ……その直線距離を、新幹線並みの速度で走ったら? 答えは――


「ああ、母さああんっ!」


 エリーメリーが通過した場所は、悲劇に見舞われておりました。

 白銀一色の世界は、赤と白銀の二色のいびつな斑模様になっていました。

 ぽた、ぽたと現在進行形で白銀に赤色が増えていきます。

 今も、赤の模様は増えています。

 小さな赤、中くらいの赤、大きな赤。実に大小様々な赤が、白銀に輝く美しい大地を犯して行きます。


「父さん、姉さん!!」

「あなたああああ、あああっっ!!」

「何で、何でぇっ……!」


 ――白銀と赤の織り成す惨劇の舞台となったのは、灰色の石とカラフルな窓の色硝子、そして半球形のシルエットが特徴の家屋が見られる可愛らしい村でした。ケルニー地方ではどこにでも見られる、一般的な村でした。

 その村は、エリーメリーが通過したあと、もう普段の面影がありませんでした。通過したあとからは、かつてのメルヒェンで童話チックな可愛らしい村がそこにあったなんて、誰にも想像ができないくらいに、とてもとても……酷い有り様でした。

 ――赤に犯された白銀の大地、粉々に破壊された灰色の家屋。無残に抉られ地肌をさらした大地。明らかに命がないとわかる肉親の遺体を抱く、怪我だらけの氷人族たち。

 ……村の平和は、一瞬にして奪われました。

 奪ったのは、アンデッドのエリーメリー。しかし、エリーメリーには些細なことでした。……だって、エリーメリーは理性などといった気持ちを、冥府に置いてきてしまったアンデッドなのですから。




「これは……?」


 ――この惨劇を偶然目の当たりにした者がおりました。


「これは………これは何だ!!」


 その者は叫びました。理不尽さに、暴虐さに、声をあげて涙を流しました。さく、さくと赤と白の雪の大地を踏みしめては立ち止まり、踏みしめては立ち止まりを繰り返して、ついに膝をつきました。


「誰が、こんなことを……っ!」


 赤い場所に膝をついてしまったので、白い衣装がまだ乾いていなかった赤色を吸い上げていきます。それを気にすることなく、寧々子はふらふらと立ち上がりました。

 ――寧々子の顔は、怒りに満ちておりました。

 赤と白の大地を、血に汚れた白無垢の寧々子が歩いていきます。綿帽子をとり、カケルくんへ預け、髪を振りほどいて、般若のごとき表情を浮かべて――故郷の環藤の国にて、姫髪武者と呼ばれた寧々子が今、キレた瞬間でありました。


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