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婿さま側の話―2


 ――魔大陸の上半分を領土とする大国ケイオス、その最北端は言い換えれば魔大陸の最北端でもあります。

 伯爵家でもある、麗々たる氷人族のケルニー家の治める領地はそこにありました。

 最北端だからこそ、春も夏も秋もなく、年中を通して冬のみの極寒の地域です。通年、真っ白な銀世界なわけですね。

 このあたりは、昔から氷人族が住んできた地域です。といいますか、寒すぎますし、雪しかありませんし、特に目立った産物もないうえに、年中冬なものですから、だーれも進んで攻め入ったりしなかっただけなんですけどね! はやい話、だーれも興味湧かなかったんですよ。雪景色ってキレイなのに勿体無いないですよねー。

 雪景色以外もグッド! なんですよ。

 この極寒の地方の街の家屋は、灰色の石とカラフルな窓の色硝子、そして半球形のシルエットが特徴ですね。

 この家屋は特に窓に嵌め込まれた二重の硝子窓がナイスッ! なんです。

 どうナイスッ! かといいますと。二重の硝子窓に、空から差し込む陽光と、雪原に反射した陽光とに照らされて、キラッキラに光輝やいちゃっている光景は――とっても、幻想的なんでっす!

 ……ああ、脱線してしまいました。

 ――まあ、とにかくですね。

 この地方はですね、家屋一軒一軒の隣家までの距離が、かなーり離れちゃっていますので、なんとも長閑な光景です。お隣さんまで徒歩で三分です。

 一応ケルニー伯爵家領の領都であるこの辺りでさえこんな感じなので、領地の普通の村々はもっと離れちゃってるんですけども。

 そんな領都のメインストリート(といっても、商店等があるだけの牧歌的な雰囲気ですが)を歩くケルニー伯爵家三男・テュリオスは首をかしげました。


「あれ……?」


 どこを見渡しても、いつもなら彼に群がる(見た目含む)若い女性がいないのです。彼のナンパ対象がいないのです、彼的には「なんていうことでしょう」なわけです。

 訝しみつつも、彼は歩を進めていきます。対象が見当たらない現状に戸惑いは見受けられものの、女性を探し当てることには迷いは感じられない足取りでした。

 そんな彼を、家屋の窓ごしに見張る同族の影が、ちらほらありました。


「――こちら左官屋ジョニー、ターゲット、北へ進んでおります」


 室内の氷で出来た手鏡で、麗しいけれどもいかついおじ様が呟きました。鉢巻きを額に巻くスキンヘッドなちょいワル親父(美レベル段階中の上)が、手鏡を見つめて呟く様はどことなく不気味ですね!

 ちなみに、氷人族は美レベルが中で、美レベルが上なのが『麗々たる』氷人族です。ちなみに下はありません!

 ――まあ、とにかく。


「こちら表具屋ペーター。北に進むターゲットを発見。ターゲットは作戦タイプAに疑問を持ち始めている様子。繰り返す、作戦タイプAは疑われている」


 作戦タイプA、それは三男坊っちゃま被害阻止の会の会員たちが、これ以上被害者を増やさないために立案、実行している作戦の名前ですね。

 捻りもないそのまんまなこの作戦タイプA、内容としましては「三男坊っちゃまが近付けば接近警報を発令し、(見た目が)若い女性をある場所にまとめて避難させる」ですね。街をあげての厳戒体制なわけです。ちなみに会員は住民のほぼ九割九分九厘のシェアを誇っています。

 そのシェアも、九割九分九厘の数字の割合に見るように、住民全てではありません。残り一厘、会員たちが手を焼く厄介な例外がいるわけでして。

 三男坊以下略会の会員は、だいたいが被害者の両親です。なかには、被害に遭って痛い目にあって目が覚めた女性方もいらっしゃいますよ? 今回たまたま作戦の前線に立ち、ターゲットたる三男坊っちゃまを見張っているのがおじ様ーずなわけでして。


「こちら硝子屋のセバスチャン、総員とその家族に告ぐ、ターゲットに台風の目が近付いている! 方角は南!! まっすぐターゲットに向かって北上中!!!」


 三男坊以下略会の会員のひとりが手鏡に向かって、唾を飛ばす勢いで叫びました。


「何だと、電波令嬢が!?」

「あの勘違いレベルカンスト令嬢が!??」


 台風の目――それは、例外であり残り一厘にあたる人物。彼女を指す通り名は、電波令嬢、そして勘違いレベルカンスト令嬢。

 ……なんということでしょう。通り名からしてお近づきになりたくありません!


「ああ、ターゲットに襲いかかる姿勢に入った!!」

「ちっ、作戦変更! 総員告ぐ、タイプ対電波プランに変更だ!」


 鏡を通じて連携の変更が急ピッチで波及していきます。その速度には目を見張るものがありました。皆さん、顔色が急激に悪化しています――波及速度より速いですよ皆さん! それだけ、電波令嬢兼勘違いレベルカンスト令嬢はヤバイということなのでしょう。


 ――ぁぁああ!


 どこからか、地響きが聞こえます。反響しています。南の……例のカンスト令嬢が来ているらしい方角からですね。


 ――……ぁぁあああああああ!!


 じ、地響き……ではな、く……? こ、これはとてつもなく大音声です!? ハンパないです!!

 ま、まさか……?


「さまああああああっっ」


 大音声は、やはり街の南方から、でした!


「総員に告ぐ! 対電波プラン、実行っっ」


 おじ様ーずのひとりが叫びました。それはもう悲鳴でした。

 対電波プラン。どんな作戦でしょう? 悲鳴をあげて軽く恐慌状態になりつつも対処できるプラン、気になります。


「耳をふさげーっ!」


 ふさげと来ましたか。え、ただ耳をふさぐだけですか?

 あ、ひとりが悲鳴混じりにふさげと叫べば、みんな鏡から手を離して耳をふさぎ始めました、本当にふさぐだけです!

 ……ちょうど、おじ様ーずが耳をふさいだ頃でしょうか。

 南方からの大音声と、凄まじい雪煙が三男坊テュリオスへ近づいてきたではありませんか。


「てゅうゥェぅりィェぃいぃおおぅぁおぁああ、す、さっまああああ゛あ゛あ゛!」


 雪煙のなかに、どどどどど、と凄い速度で全力疾走するドレス姿の少女がいました。

 うっすら灰色の土気色の顔には所々雪が付着し、豪奢な金髪縦ロールを振り乱し、どろんとした濁った黒い目の、見た目十代半ばの美少女でした。もちろん、見た目は若いですね!

 彼女が、勘違いレベルカンスト令嬢なのでしょうか。何か心なしかドレスに、乾いて褐色に変化した血が付着しているように見えるんですが。

 ――まあ、とにかく! ドレス+金髪縦ロールってとっても令嬢チックですよね!

 ……しかしですよ。


「来るなああああああ!」


 三男坊テュリオスは叫びましたよ? 叫びましたよ! なんていうことでしょう! あの、三男坊テュリオスがっっ! 女性を拒否りましたよ!

 ――魔族ひとよんで、『歩く節操なし』、『ハーレム製造魔族』。見た目さえ若ければ、独身であろうがパートナーがいようが、ところも相手も構わずに口説く男、あのテュリオス・エルニー・ケルニーが、ですよ、(見た目含む)若い女性を見て、拒否を……拒否をするなんて、明日は……きっと春と夏と秋がいっぺんにきますよ。

 ほら、嘘ではないのです。彼の顔を見てください。ジーッと見てください。ひっじょーっに、信じ難いですけどね!

 氷人族は、青白い不健康そうな顔がデフォルトでありますが、今の三男坊テュリオスの顔はそれ以上に真っ白でありました。まるで足下の雪原のようですね!

 あの女たらしが、女性を見て、顔色が真っ白って。真っ白って。信じられません! ああ、きっと明日には全ての雪が溶けちゃってるかもです!


「あ゛ら」


 ぴた、と勘違いレベルカンスト令嬢が止まりました……止まれるものなんですね、時速七十は出ていたでしょうに。

 勘違いレベルカンスト令嬢は、首をコテンと横へ倒し、にへらっと笑みに顔を崩しました。……横倒しした首の付け根から何か白いものが見えておりますが、気のせいでしょうか。


「照れ隠じ、ですかしらあ゛?」


 ぎょろっ、と濁った黒い目が片方だけ忙しなく動き、三男坊テュリオスを見てばちこんとウインクをしました。な、なんだかその動き、ホラーですね!


「――すぅ」


 テュリオスは覚悟を決め、腹をくくった表情で、停止した勘違いレベルカンスト令嬢に向き合い、大きく息を吸いました。かんっぜんに、無視です。ええ、キレイなくらいに見事にガン無視ですね! スルー・オブ・ザ・お坊っちゃまですね!


「あらあ。照れちゃってえー」


 照れていませんよ、たぶん!

 ほら、今だって。ガン無視しながら、利き足を一歩半前へだし、体重を前方へかけて腰をおとし、前のめりになり、顔を追跡者へ向けて、深呼吸を繰り返しましたよ。かんっぜんに、臨戦態勢の雰囲気にじみ出てますから!

 ――そして、最後に大きく息を吸って、吐くタイミングで、口から青い吹雪を放ちました!!

 びゅおお、と大きな音をたてながら、三男坊テュリオスの口からブリザードが噴射されているのです。そのブリザードは、円錐のシルエットを保ったまま、地表の雪を巻き上げながら徐々に大きさを増していきます!

 どぉおお、という地響きは近くの家屋をびりびりと震わせ、ごぉおお、というブリザードの風の音は思わず耳を塞ぎたくなる大きさでありました。時おり、ひゅおお、きゃああと女性の甲高い悲鳴のような音も響き渡ります。


「いやあああああああ!」


 ブリザードは、勘違いレベルカンスト令嬢に正面衝突しました。(見た目は)若い女性だというのに、容赦ないですね! ほら、悲鳴あげているではありませんか。


「いやあああああああ! こ、ごれが愛の試練ね゛ー!!」


 ――いや、違うでしょうよ!

 正面衝突しても、勢いを無くすことなく、ブリザードはそのまま大空へと延びていき、地表から竜巻となって離れて行きました。……頬に手を当てて、いやんいやんと首を左右に振る勘違いレベルカンスト令嬢を乗せて。


「てゅうぅりぃおおすさまああ、ツンデレさんのおお、てれやざんなんだからああああ!」


 ――斜め上どころか、勘違いも甚だしすぎる叫びを残して。とってもポジティブシンキングすぎますね!

 曇天の雲間に吸い込まれていく竜巻を見送りながら、テュリオスははあはあと肩で息をし、ガクッと膝をつきました。


「疲れた………」


 ――弱いですね!

 あれくらいのブリザードなら、麗々たる氷人族なら朝飯前でしょうに。だって、その気になればあの百倍の竜巻を起こして、近隣の村を根こそぎ吹き飛ばすことができるんですよ、この一族。


「坊っちゃま!」


 しばらくテュリオスがぜへぜへいっていると――本当に弱っちーですよ――オールバックの老執事が、彼の側へスノーボードでやってきたではありませんか。


「――げ」

「げ、とは何ですか、げとは! ああ、嘆かわしいですぞ。草場の陰から奥さまが――」


 そういいながら、老執事はどこからか取り出したハンカチを噛み始めました。

 そんな老執事に、三男坊テュリオスの突っ込みが入ります。


「母上は生きてるぞ?」

「コトバノアヤです! ああ、年長者に口答えまで! ああ、嘆かわしや……」


 老執事はおよよと嘘泣きを始めました。噛むのは止めていませんので、もう既に三枚目に突入しております。


「雇い主を例えでも個人にしてしまうあんたの方が嘆かわしいぞ?!」

「――ああ、嘆かわしい。わたくしめのハンカチがすぐに消費してしまうのも……」

「俺じゃないし!?」

「誰もあなたさまとはいっておりません(棒読み)、自意識過剰でございます(棒読み)」

「何なんだよ?!」


 ――しばらく続くかのように見えた漫才は、次の老執事の言葉で止まってしまいました。


「何なんだよではありませんよお坊っちゃま。お坊っちゃまのお嫁さまが決定なされたのですよ。わたくしめはそれをお知らせに参ったのですよ」


 テュリオスは固まりました。しかしそれも一瞬の出来事、すぐに解凍して一言申しました。


「え? 俺、女の子ときゃっきゃうふふ出来ねーじゃん」


 テュリオスは拒否りました。


「何をおっしゃられますか。あなたさまには拒否毛……いや、拒否権はございません!」


 拒否毛って何ですか!?


「俺、いつもいってるけど。誰かを一人に決めるなんて無理無理!」


 危機感が全く感じられない態度ですね!

 このお坊っちゃま、わかっちゃいないのでしょうねたぶん。

 そんな態度のテュリオスに、老執事は目をかっと見開きました。某家長夫人には劣りますが、なかなかの威圧感ですね。ほら、お坊っちゃま後ずさりましたよ!

 目をかっと見開いたまま、老執事は血走った目でぎろ、とテュリオスを見て一言告げました。最後通牒ってやつですね?


「もがれますよ! そして仲人は魔神さまです、逃れられますまい!」


 テュリオスの顔色が、白くなりました。おお、効果はありましたか!?


「え、きゃっきゃうふふより出来ないじゃん」


 老執事は固まりました。

 ――お坊っちゃまは、どうやら懲りていない模様です。

 どうやって拒否しようかなと呟くお坊っちゃま、固まって脳内真っ白で鬘がずり落ちかけている老執事。ふたりの魔族はしばらくそのままでした。




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