終幕
――魔神さま年齢暦二兆とんで五百五年、六の月十の日。
この日、実にたくさんの出来事が起きました。
後の時代、横恋慕ケルニー地方惨劇事件と呼ばれることになる殺戮に満ちた事件の発生が、それら出来事の中でも大きな出来事のひとつといえるでしょう。
そして、それらたくさんの出来事を語るならば、この凄惨極まりない事件なくして語れないともいえるでわけです。
――ケルニー地方の地図に、傷痕という谷ができたのも。
――ケルニー地方をすみかとしていた、始源のアンデッド・屍夫人ルーラメリーと、その義娘・エリーメリーが消滅したことも。
――ケルニー家に巫女姫さまが訪れたのも。
――冥府の扉を少し開けて、ケルニー家にご先祖の妖・雪女の雪千世さんが来訪して子孫の家長ディトルを脅したのも。
――ケルニー家の館に氷の像ができて、翌朝まで許してもらえなかったのも。
――魔神さまプレゼンツの縁組みのお嫁さん側が白無垢で来ちゃったのも。
――何だか違うハーレムが目撃されたのも。
……列記してみました。本当にたくさん起きて……起こりすぎですね! でもでも、まだ控えてますよ、大きい出来事が!
その大きい出来事は、魔大陸に戦いの理由以外で、たくさんの妖が初めて訪れたということです。
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惨劇が起きたその日、惨劇の舞台と化した三つの村の生き残った住民は、様々な意味で茫然自失だったそうです。
いきなり穏やかな日常を奪われて、あまりにも唐突すぎて茫然自失。
一瞬にして崩壊した村で、家族や友人知人が無残に命を奪われて茫然自失。
怒りや悲しみが最大値を迎えてなお、まだ沸き上がる暗い燻る感情を胸に感じていたら、いきなり正義の味方が現れ、自分たちがしたかった敵討ちをしてくれて茫然自失。
その正義の味方が、惨劇の遠因(→エリーメリーの激情の素であり発端であるケルニー家三男坊)の未来の嫁であることに、茫然自失。
そして――……
「お姉ちゃん。強くて凄いとモテモテのお嫁さんになれるの」
「……アーリャ。よく………わからないけれど、モテモテにならなくても、慕われて強くならなくても、お嫁さんならきっとなれるわよ」
――村の生き残りたちは、三男坊の未来の嫁たちに感謝しました。けれども、彼女に憧れる幼い女の子に、決して強くならなくてもお嫁さんになれるよと必死に粘ったそうですよ。
「ねねさま、瓦礫集めました!」
「ねねさま、瓦礫を再活用して建材にリニューアルしました!!」
「ねねさま、建材で新しい家を建てました!!!」
三男坊の未来の嫁・寧々子は、カケルくんに頼んでいたのです。
何をって? 破壊された村の復興を、です。復興の為の妖材(人材)を呼んだのです。
集まったのは、かつて寧々子が故郷でいた頃の舎弟――いえいえ、友人たちです。
寧々子は正確がたいへん男前です。そんじょそこらの殿方より男前です。なので、寧々子のまわりは自然と妖が集まります。比率でいえば男女比三対七的な割合で。
……この場合、何ハーレムというのでしょうか。
「ご苦労、お嬢さん方。わたしの為にありがとう、持つべきは友だね」
瓦礫を集め→リサイクルして→建材にして→家を数分で建てちゃった☆ な本職の大工さん顔負けの仕事をしちゃったのは、カナズチにドリルなどといった建築土木関係の付喪神のお嬢さん方。
「「「きゃー! ねねさまの為なら例え火の中水の中草の中野郎の中!」」」
寧々子の微笑みにハートを貫かれ、悶える彼女たちを前に、生き残りの村人たちは、そっと幼子の目と耳を閉じました。刺激が強すぎたんですね!
――まあ、とにかく。
生き残った村人たちは、寧々子ハーレム(構成メンバーは異性同性)に家を建ててもらって、お墓を作ってもらって弔ってもらって、治療をしてもらってと、寧々子ハーレムに復興を手助けしてもらっていたのです。
そうして、たった半日で村は建物的には復興を成したのでした……はやいですね!?
この復興、建物だけではありませんでした。
「もきゅあー!」
「にゃああー」
――きゅる太を始めとするモフモフモフによる心のケアが行われました。
尾が二股にわかれた化け猫たち、頭に葉っぱをのせた狸精ち、狐精たち、そして送り狼などのワンコ系妖たち。彼らは思う存分もふられておりました。もふる側も、もふられる側も大満足のようです。主に低年齢層と女性陣に引く手あまた過ぎてモテモテだったそうですよ。
――寧々子は肉体の治療だけではなく、心のケアまで手配しちゃっていたわけですね。手がはやいですね!
復興を手配した寧々子に対し、村人はこう語りました。
「……三男坊っちゃんにはもったいないくらい」
「三男坊っちゃんには出来すぎたお嫁さんだよね」
「でもこれくらい良くできていないと、三男坊っちゃんのお嫁さんつとまらなくない?」
「「「だよねー」」」
――寧々子は嫁ぐ前から味方を作っていたのでした。とっても好評で高評価ですね。株が急上昇してカンストしましたよ。成績は花丸ですね! もちろん、やってる寧々子自身無意識です。……寧々子、なんて恐ろしい子!
環藤の島民心得其の十四、“平和で穏やかな争いない健康的な家庭環境のため、夫を立てるべし、家を盛り立てるべし、夫の手綱を握り操縦すべし。”――そのための行動をとる寧々子でありました。
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魔神さまプレゼンツの縁組みの、お嫁さんは相手側にたいそう好評で高評価でしたね。
今回の事件が起きた六の月十の日、個性は強いけれども、何だか影のうっすーいように思えてならないお婿さんは何をしていたかといいますと――
「どの面下げて帰ってきたんです?」
――ケルニー地方、領主館。氷と雪をメインに据えて建てられた館の内部は、やはり氷と雪だけあって低温でした。巫女姫さまが鏡越しとはいえ、見ていて鳥肌が感じるくらいには寒いようでした。
そんな寒い館内のホールにて、室温より冷え冷えとした空気が流れ始めておりました………きっと、濡れた手拭いを勢いよく振り抜けば、一瞬にしてかちんこちんの手拭いソード(剣というより殴打がメインですね)が出来ますね! これで叩いたらいぃ音がしそうですね!
何を叩くか、ですって? そりゃあ……
「どの面って、俺のイケた面?」
実母の怒りに染まった般若の顔もスルーするおバカなお婿さん、ですよ。逝っちゃった思考ですね。
イケた、そのイケには逝けを当てはまりそうです。自分の首をしめちゃってますよ。空気読めよ★ と手拭いソードで叩きたいです。叩けないのが悔しいですね……!
まあ、とにかくですね。
すばあぁん、とこちらの意を汲んだかのように、誰かさんが代わりに叩いてくれたようなので――伝わったのですかね? ――よしとしましょう。
「うっわ、パーで叩きやがった……」
『おい』
「坊っちゃん。おバカなだけあっていぃ音がいたしました」
『おめぇら』
すばあぁんと平手で彼の後頭部を叩いたのは、彼の後ろに佇むトゥエルグでありました。やはりハンカチを噛み噛みしています――あ、破りました。何百枚目でしょうね。
「坊っちゃん。トゥエルグは悲しいでございますだって坊っちゃんここまで空気読まない読めない読ませない三ないおバカだとは」
『聞いてんのか』
「息継ぎなし、しかも棒読み!? 空気読まないのはあんただし!?」
坊っちゃんと執事との会話が漫才へと進んでいきます。――雪千世さんを無視しながら。
『おめぇら聞いてんのか』
雪千世さん、何だかこのやり取りデジャビャ……いや、既視感ハンパないですよ!
「いいえ! 坊っちゃんの三ないおバカっぷりに比べたら、トゥエルグのバカっぷりは米粒、いいえゴマ粒、いいえミジンコでございますればっ!」
『いい加減に、』
「肉眼で確認できねぇし!」
延々と続きそうな会話は、ある突っ込みで強制終了と相成りました。
『いい加減にアタシを無視するな小僧どもが!!』
――領主館の玄関であるホールに、三男坊と老執事の氷の像ができ、彼らがケルニー家のご先祖さまの怒りから解放されたのは翌朝のことだったそうです。 魔神さま年齢暦二兆とんで五百五年、六の月十の日。結局、この日にお婿さまは、お嫁さまと起きた状態では対面できず――
「……、旦那さまは冷たさがお好きなのか?」
村々を復興した寧々子が、自らのハーレムを連れ百鬼夜行を地で行いながら領主館へようやく到着したとき、まわりは既に夜でした。
きらきらとビーズのようなお星さまがちりばめられた漆黒の絨毯のような夜空のしたで、淡い室内の明かりを内包した氷の館の扉が開かれ、寧々子はついに、ついに対面したのです。
『よく来たな、子孫の嫁。同じ妖として嫁いだ身として歓迎するぞ』
寧々子がまず出会ったのは、ケルニー家のご先祖である雪千世さんでした。
「ようこそ、息子の嫁。わたしは姑のミネイア、宜しくお願いします」
――結局寧々子を出迎えた「意識がある」メンバーは、透き通る雪千世さんとはきはきとしたお姑さまでした。
寧々子を出迎えたお婿さまは、意識がありませんでした。雪千世さんの怒りに触れて、文字通り凍ったままでした。
そんな氷に包まれたお婿さまを見て、お嫁さまは呟きました。
勘違いした天然っぷりを発揮したお嫁さま――寧々子の行動は、やはりどこまでも寧々子でありました。
「はじめまして、旦那さま」
意識がないとわかっていても、寧々子は彼に頭を下げ、
「黄泉へ帰った動く遺体であったエリーメリーの分も含めて、貴方を想うと――皆さまの前で誓おう。
わたしは環藤が猛将の娘、毛倡妓の寧々子。旦那さま、」
にっこりと、寧々子はイペタムを握って凍る旦那さまに微笑みました。
「――想いを踏みにじる行為、浮気をしたら……」
ざら、と寧々子の髪が触手のようにのびて、凍る旦那さまを持ち上げました。
「切るのと、縛られるの。どちらがよろしいか」
――魔神さま年齢暦二兆とんで五百五年、六の月十の日。
テュリオス・エルニー・ケルニーが尻を敷かれる事が決まった瞬間でありました。




