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嫁さまと勘違い娘の話―中編


「逝っぢゃいなざい!」


 エリーメリーは叫びながら、前蹴りを高速で放ちました。あまりにも高速でしたので、ぶわぁとドレスが広がり、殿方が喜ぶ光景が展開されました――ドレスの中が丸見ーえなわけですね!

 きっと殿方であれば、一瞬垣間見えた夢の世界に釘つけだったことでしょう。そしてそのまま目覚めることなく冥府に逝っちゃったことでしょう。

 しかし現実では、この場に殿方はいらっしゃいません。ええ、いらっしゃいませんとも。

 ひろーい雪原には寧々子とエリーメリーだけですとも……ああ、イペタムは……まぁ……ですね。性別わかりませんし、そもそも殿方であっても、血しか興味ないようですから除外で!

 まあ、こほん……まあ、とにかく、です。

 殿方の夢の世界は、次の瞬間にすぐさま舞い上がった雪煙に消されました。

 ぶわぁ、と一気に生じた大量の雪煙に、寧々子の視界が覆い尽くされます。寧々子とたいして変わらないだろうエリーメリーの背丈よりも大きな雪煙ですね。エリーメリー隠しちゃってますね。まさか、これに隠れて不意討ちとか、これは撹乱用なのでしょうか。

 ――そんな雪煙は、雪波と化して寧々子に覆い被さろうと迫ってきました! さあ、呑み込んでやろう――そんな意志を感じちゃいますよ!

 寧々子は迫りくる雪煙の波から、とっとっとっと、軽い足取りのバックステップで後方へ退避します。まるで舞踏ですね。扇あたりを持ってそのまま舞いそうです。

 ――汚れ乱れた白無垢で戦う、凛々しい女武者。いまの寧々子はそんな感じでありました。まるで嫁ぐ日に敵方から奇襲を受けるも、気丈に臨機応変に対処してしまいそうな。

 ……まあ、とにかく。

 雪煙の向こうから、数多の何かが、鋭く直線に飛び始めました。大小様々です。ひい、ふう、……十、いや十五、いや三十以上……! 段々増えていきますっ……!

 それらは真っ直ぐな白い軌跡を描きながらも、ひゅっ、ひゅんっという風を鋭く切る音を立て、寧々子に向かって飛んでいきます! 寧々子はそれらを、自分よりだいぶ前の距離で、のばした髪でばしっばしっと叩き落としていきます――まるで高速ハエ叩きですね! てか、どこまでのびるんでしょう。

 ……しかし数が数ですので、片手で数えられる数のそれ――よく見れば雪玉です! ――が寧々子の眼前に来てしまいました!


「イペタム――斬る!」


 かち、と音がしたかたと思えば、次の瞬間には寧々子は構えたイペタムで、それらをむかいうち、見事に目にも止まらない速さで切り落としました! こう、スパスパスパパと。大根を宙に投げて、大根が落ちるまでに桂剥きを終わらせることが余裕綽々でできそうな速さですね!


「「「雪なんて喰わせるなやぁひぃひっひ、味気ねぇなああああアハハハッ?」」」


 ……イペタムさんは不満たらたらのようです。

 し、しかししかし!

 遅れて発射されたのでしょうか、一際大きな拳大の雪玉が飛んで参りました。……え、気のせいですか。速さ倍ですよ、しかも表面から何か骨っぽいのが一、二本飛び出てやいません?!

 見ているこちらが「きゃー★」と、両手で顔を覆い隠したくなる光景が起きそうな嫌な予感がいたしますよでございますです!?

 ……あー、こほん……。取り乱してしまいましたね。

 我らが寧々子さんは、そんなのへっちゃらのはっちゃらのぷっぷーでした。


「――遊火あそびび!」


 寧々子は、故国より共にきてくれた友の名を呼びました。

 ――大きく明るい光球が、白銀の大地を照らしながら、拳大の雪玉に体当たりしました。同じ大きさの、けれどかたや熱い、かたや冷たい球がぶつかり合いました。

 勝負は、一瞬でカタがつきました。


「ひゃっほーう、ぼくちん最強!」


 光の球――火の玉が、一際明るく燃え上がりました。雪玉は耐えきれずに蒸発してしまったのです。

 彼は鬼火の種族の遊火。寧々子の友であり、共にいてくれる存在でありました。

 一対、二。せこいとか、ずるいとかはいっていては生きていけないことを、寧々子は実戦から学んでおりました。だから、連携がとれているのです――阿吽の呼吸で、背中を任せられる存在、それが彼でした。

 日が傾きかけていた白の世界、夕焼け色に染まり始めた時刻――逢魔が時。

 いままさに沈み行こうとする夕焼けの暖かい橙の光に照らされるのは、大地の茶を通年覆い隠す雪の白銀に、敵対する二人が身に纏う衣に付着した血の赤、寧々子を守るように飛び交う朱色の火、蠢く髪の漆のような黒、のびる影法師の吸い込まれそうな闇色。そして、血に飢えた刀の鉄色。

 それらの彩りに添えられた、ぴりぴりと張り詰める空気。とってもシリアル、いやシリアスですね……!

 そんな世界に、寧々子の味方が現れた模様です。

 寧々子の友兼供の――


「きゅるきゃー♪」


 寧々子の首に巻き付くように、寧々子の髪から現れたそれは、きゅるきゅると可愛らしく鳴く、円らなおめめがふさふさのもふもふの毛に埋もれかけている、まん丸な毛玉でした。

 ――毛玉の登場により、張り詰めていた空気がどことなく緩みました。緩めちゃっていいのでしょうか……? な、何だかものすごく和むんですが!

 その癒しの毛玉は勢いよく(実は定位置の)寧々子の肩から飛び出し、雪煙の波の向こうに隠れて雪波に姿を隠して奇襲しようとしていたエリーメリーの顔に飛び付きました。


「きゃるっきゃー♪」


 べちゃ、と。エリーメリーの顔はものの見事に毛玉に覆われました。


「何でずのーごれー?!」


 エリーメリーは骨がかけた指で引きはなそうとしますが、毛玉はみっちりと隙間なく密着しているようで、全く離れる予感はありません。

 完全に動きが封じられたエリーメリーに向かい、寧々子は改めて苦い顔でイペタムを構えました。

 寧々子にとって、初めての知性ある敵を斬ることになります。

 寧々子にはためらいはまだあります。けれども、減っては来ているのです――このアンデッドは、「誰でもいい」「わだしの邪魔立でずる方は、みーんなお星★ざまになっでもらいまず」と宣言し、ためらいなく寧々子に攻撃しにかかったのですから。


「あ゛ー!」


 じり、じりとゆっくりと寧々子は警戒しながらある程度近付き、一気に斬りかかろうとして――


「さぜません」


 いきなりわいた殺気に、咄嗟にそちらへイペタムの切っ先を向けました。


「初めまじて、妖……かじら?」


 寧々子のすぐ横に、新たな動く遺体がいたのです。


「「「腐年数、千年単位ぃぃあああ!」」」


 まるで年代物のワインを目の前にして興奮した酒豪のように、イペタムは興奮が止まらないようです。


「あたぐし、エリーメリーざんの義母でルーラメリーと申じまずの」


 くふふ、とルーラメリーは口角をあげました。


「ごちらのケルニーのくぞ生意気な領主には、屍夫人ど呼ばれておりまずわ」


 警戒を強める寧々子は、ぴくりと眉尻をはねあげました。


「ケルニー……」


 寧々子はぼそっと呟きました。あまりにも印象に残る名でした――たしか、寧々子の旦那さま(まだ予定)の家名だった、はずです。


「テュリオス・エルニー・ケルニー……」


 寧々子は、ケルニーの名が出てくるとは思っていませんでした。だから、思わず呟いてしまったのです。

 ――それが、火に油を注ぐとは露知らず。


「あーだ、何でいいまじた?」


 ルーラメリーの口角がさらにつりあがりました。にんまりから、にたぁに進化ですね!

 しかし彼女以上に、エリーメリーが反応しました。


「てゅリオスざまを、何であんだが知っでいまずの!」


 ぴりぴりと、空気の張り詰め度合いのレベルがカンストしたようです。

 しかしそこは天然の寧々子。さらに油を投入してしまいました。


「わたしは、嫁だ。魔神さまに定められた嫁だ」


 ぽっとほほを赤らめ、恥じらいながら爆弾発言を投下しちゃいましたよこの子っ……!


「――さない」

「きゅあー!」


 ふさふさもふもふの毛玉が、べりっとはがされました。あぁ、痛そうです……! 毛玉が悲鳴をあげてます、あぁ、毛が抜けて空中を舞ってますよ?!


「てゅりオスざまわ、渡ざないでずわー!」


 ――天然は怖いと遊火と毛玉が思いました。

 せっかく動きを封じた敵をさらに煽っちゃったのですから……!


毛玉は、稀有稀有です。

遊火は、怪火です。

雪球は、エリーメリーが飛ばしました。雪波も、エリーメリーが足元の雪を蹴りあげた結果、でした。

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