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ご先祖と子孫とその嫁、時々巫女の話


 このあたりで、アンデッドについて、おさらいをしておきましょうか。

 ――魔族の中では新しい種族、アンデッド族。魔神さまの引きこもりによるうっかりで発生した種族ですね。……本当に、迷惑ですね。

 まあ、とにかく。

 身体をぶつければ、相手が逝っちゃう怪力を持ち、肉体は遺体なので暖かい場所にいると腐るので、日の当たらない涼しい地下や、北方をすみかとしています。

 性格は種族総じて皆さん猪突猛進。肉体的なストッパーは既に昇天しちゃっていますので、理性もそれに準じたものはありません。

 また、栄養を摂取する必要がないので、腐らないようにメンテナンスさえ怠らなければ永遠に姿が変わらないよ、という不老の種族ですね。まあ、“死んで”いるので年を取るはずもないのですが。

 だって、彼らには死という概念はありません。そもそも既に遺体なので、全く無関係なわけですね、既に“死んで”いるので。

 なら、冥府には逝っちゃったりしないの? かというと、そこがまた違うんです。

 ――ほんの一部のアンデッドを除いて、アンデッドたちは魔族たちの平和を脅かします。

 魔神さま的には一応黒歴史に分類されるアンデッド。一時は、魔神さまは一生懸命アンデッドを狩ったわけですよ――もちろん、「おかみさまぁあ、やめてくだされぇええ」と当時の例の巫女さまが泣きすがった(決して脅してませんよ★)からなのですが。

 一部のアンデッドを除いて、アンデッドたちは“破壊衝動”を持ちます。理性もそれに準じたものも死んじゃっているからといわれています。

 破壊衝動は、感情が激昂すると、周囲を見境なく破壊したいという衝動が一瞬で沸騰→何倍も、何倍も増した怪力で周囲を破壊してまわる、という厄介な修正なわけです。

 ――今のエリーメリーがそうですね。今のエリーメリーは確実に、狩られる対象です。平和を確実に脅かしましたので。

 そして面倒くさがり屋な魔神さまは、自身の手を煩わせずにアンデッドたちを退治しようとしました。

 ――もう、おわかりですよね。

 魔神さまは、巫女姫さまとケルニー家の家長夫人・ミネイアを利用して、ルーラメリーとエリーメリーを冥府に再び逝かせようと……


「おかみさまぁあ」


 ……考えていたのですが。


「やめてくだされぇえ。やめてくだされぇええ。やめてくだされぇええええええええ!」


 いま、魔神さまは冥府の湖底に沈んでおりました。雪千世さんに蹴られましたからね。

 そして、巫女さまの泣き攻撃に辟易し、全てがどうでもよくなっていました。駄目でしょう、それ!


「これ以上おっ、おかみさまぁあ、地上にぃいい、迷惑をおおおお、かけないでくだされえええええ」


 ――湖底には水がありません。虹色に輝く水の天井と、真っ白い床と、大きな大きな虹色の光の洪水の環があるだけです。

 虹色の光の洪水の環には、水の天井から抜け出てくる魂たちが飛び込んでいきます。光の環は、輪廻なのです。

 淡い丸みを帯びた、宝石のような大小様々な魂たちが、洪水のように溢れる光の環に飛び込んでいく様子はたいへん綺麗です……が。


「おかみさまのバカアアアアアアア」


 そんな幻想的光景のすぐ傍らにて――額に生える小さな角が愛らしい幼い巫女さまが、目と鼻から水分を滝のように放出させながら、魔神さまの胸ぐらをぐわしっと掴みあげ、激しく揺さぶる様子は、……シュールですね!

 ……さてさて。

 冥府にて、そんな痴話喧嘩チックなやり取りがなされている間に、地上では様々なやり取りがなされているようです。

 さあ、地上を覗いてみましょう。



★☆★☆★☆★☆★☆



 巫女姫さまが、家長夫人ミネイアと鏡面越しに頭を付き合わせて作戦をたてているときでした。


「旦那さま、どうされました」


 激しい落下音とともに、氷で出来た階段を激しく滑り降り――否、滑り落ちてきましたのはケルニー家の家長ディトルでありました。


「ご、ごごごごせ、もも、もがががれれれ」


 血塗れ傷まみれになりつつも、家長ディトルは一生懸命口にしたのでしょう。例え、口から血混じりの泡を現在進行形で吐き続けていても……っ! ここは敢えて見ない振り、見ない振りですね!

 ごぼがぼと血泡を吐き出しつつ、焦点のあわない目で家長ディトルは、いいたいことを一生懸命考えているのでしょうか――視線をさ迷わせまながら、言葉を探すように口をモゴモゴさせます。

 ……よく考えれば、たいそう混乱しているので、ただたんに焦点があわないのと恐怖から視線をさ迷わせがちに、何かをいいたくても、口から泡しか出ないので、モゴモゴするし発音できても吃ってしまうだけでしょう、きっと!


「あばばばばば」


 ああ、また何かいってますよ。涎のように泡が床へ伝っていきます。


『…………』


 巫女姫さまは固唾を呑んで成り行きを見ています。


「旦那さま」


 一方、妻たる家長夫人ミネイアは通常営業でありました。そこは長年夫婦をしてきただけあって、きっと慣れているのですね。


「汚ならしいです」


 ミネイアはずばっと一言告げて、柔らかい素材のタオルを夫に投げつけました――そしてそのまま何もなかったかのように、鏡に視線を戻します。え、それだけ? 夫でしょう、酷くないですか!?


「巫女姫さま、再開いたしましょう」


 さすがの巫女姫さまもぽかんとしていましたが、そこは気を取り直して――さすがですね――再開しようと、再び鏡面越しに家長夫人ミネイアと向き合いました。

 ……が。


「き、やああああああ」


 震えが止まらない手でタオルを拾おうとしていた家長ディトルが、まるで生娘のような悲鳴をあげました。悲鳴はちゃんと舌が回ったんですね!

 ……ごほん。まあ、とにかくです。

 家長ディトルの叫びに、彼を無視して作戦会議を再開し始めていた巫女姫さまと家長夫人ミネイアは、はっと同時にそちらを見ました。

 家長ディトルが、先ほど彼が血で汚した階段を見て「なんまんだぶなんまんだぶ」と手をあわせて土下座をしていました。よく見れば、土下座というより「ひかえよろー!」「ははーっ」と額づく感じでひれ伏しちゃってますね。

 まるで、巫女姫さまの秘蔵の「てれびの付喪神」が見せる「往年の時代劇」に出てくるシラスの場面みたいだと――巫女姫さまはこんな時だというのに、ドキドキしてしまいました。

 対する家長夫人ミネイアは、氷像のように固まってしまいました。滲み出始めた冷や汗が氷柱になっていますよ!


『よぉ、子孫とその嫁と巫女』


 ブリザードを背負い、髪を挟んだ口の口角をあげ、にやりと微笑む(?)雪千世さんがいました。

 家長夫人ミネイアは、聞かずとも一目だけでわかっちゃいました。ぴんときちゃいったのです。


(こ、来なくていいの来たコレステロール!!)


 家長夫人ミネイアは、わけもわからず心の中でそう叫びました。多分、来たコレー、と叫びたかったのでしょうね。何でコレステロール(→肝臓でつくられちゃう脂肪に似た物質)なんでしょうね?


『何がコレステロールだ、子孫嫁?』


 雪千世さんは、ばっちりみっちりきっちりと子孫嫁の心中を察し、一言忠言をしました。ご先祖の鑑ですねっ! ……きっと思いやりは込められている、はず、だと思います。そうですよ、多分、忠言(→真心をもって諌める)ですから。

 ……まあ、とにかくです。


『さあ、アタシもその話に混ぜてくれるよな?』


 にたぁ……とひとの悪い笑みを浮かべ、雪千世さんは微笑みかけたのでした――巫女姫さまへ。


『なあ、クソ魔神の巫女?』


 ついに氷像と化した家長夫人ミネイアを置き去りに、雪千世さんは巫女姫さまに語りかけます。


『………』


 巫女姫さまは戸惑いました。しかしすぐにそれを引っ込め、一瞬で微笑仮面を装着しました。それを見た雪千世さんは、にんまりと面白いものを見る顔つきになりました。まるで悪大将、オヤビンの如しですね!


『魔神さまをクソ呼ばわりされる貴女は?』


 ――ガルゥウ!


 鏡面の向こうで、巫女姫さまは虎を背負いました。ピンク色の猛虎です。巫女姫さまは獣従族という魔族なのです。生まれたときから半身たる獣従を従い、このように相手を威嚇し脅すときにおおいに大活躍です。……でもピンクの猛虎って、意外に迫力に欠けますね?


『相手に名を尋ねるときはまずてめぇから名乗れって教わらなかったのかい、ガキ』


 雪千世さんのブリザードが十割増しで強くなりました。ひゅおお、がぎゅおお、といった感じです。舞う雪のサイズも心なしか米粒から拳大になっているようですよ!

 カンカンカン! ピンクコーナー、王族の姫であり、新米巫女である巫女姫さまー。カンカンカン! 白(?)コーナー、ケルニー家ご先祖“もぐぞ”の雪千世さん〜!

 さあ、両者はにらみ合いを始めました。ばっちばっちと火花と雪嵐が飛び交います(巫女姫さまが散らす火花は、途中から雪千世さんの放つ雪嵐にのまれかけていますよ!)。


『くぅっ!』


 押す火花、それ以上に飲み込む雪嵐。おお、巫女姫さまがおされ始めましたああ!


『ガキ娘が調子にのるンじゃあないよ!!』


 あーはっはっ! と雪千世さんは高笑いをします。巫女姫さまが悔しげに唇を噛みます。……雪千世さん悪の親玉がハマリそうな貫禄ですね!


『ン?』


 ちら、と雪千世さんの視線が、こちらへ――ってええ!? 本当にこの方こっちに気づいてなくねぇですかああ??


『チッ』


 ああ、雪千世さんが舌打ちして玄関を見ました。ああ、マジでどうなるかわからない一秒前でしたっ!

 助かりました……ところで、雪千世さんから助けてくれた(?)存在は何でしょう。雪千世さんの注意を引くとは――


『ガキ巫女、勝負はオアズケだ。……後で可愛がってやるから覚悟をしな』


 ぎろ、と雪千世さんは巫女姫さまを睨み据えた後、呟きました。


『さあ、バカヤローのおでましだ』


 ぎいい、と玄関の戸が今、開かれようとしていました。


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