序
人が生きる世界以外にも、たくさんの世界が存在しています。たくさんの世界、そこに住むのは別に人に限ってはいませんでした。
あるひとつの世界の話をしましょう。
その世界も、他の世界のように、人は住んでおりませんでした。
その世界には、広大に広がる海洋がありました。
海洋には、太陽が沈む方角にひとつの大陸と、太陽が昇る方角にたくさんの群島がありました。
大陸は、魔大陸と呼ばれていました。魔法という不思議な力を行使しする故に、彼らは「魔法を使う族」という意味で、魔族と呼称されておりました。
魔族は、魔大陸に住む様々な種族の総称でもありました。
人に近い魔人族、身体の上半身ないし一部が獣、もしくは二足歩行をする獣は獣人族、怪物と呼ばれる見目のモンスター族。彼らの中からさらに種族は分かれますが、だいたいはそのように呼称されておりました。
群島には、妖怪と呼ばれる種族が住んでおりました。彼らは妖と自らを呼び、または他種族からもそう呼ばれておりました。また、彼らも魔族のように、たくさんの種族に分かれておりました。
――さて。
遥か昔、大陸と群島の住民との間では、度々争いが起こりました。
その度に、魔神と呼ばれる世界を統べる神さまが、彼らの間に入って、解決へと導いておりました。実は魔族と妖の神さまは一緒だったりするんですね。
つまり、お互い共通に崇め奉る神さまから、『おまいら仲良くせーや』と声をかけられたわけです。神さまによる調停ですね。神さま業も大変です。
魔神さまが調停しているこの争いですが、最初に何をきっかけに争い始めたかは最早誰もわかりませんでした。
調停として最初のあたりから関わってきた魔神さまでさえも、『思い出すのもアホ臭いんだよー』と、思い出すのも億劫になるくらい昔の話ということなんでしょう。
魔神さまによる調停記録はきっと存在していないかもしれませんね。存在していたらわかりますからね。
――まあ、とにかく。
魔神さまが途方にくれるくらい、長きに渡り何度も何度も繰り返し争いは行われ続けました。
魔族と妖が何度も何度も争い、戦いを繰り返したある日、いつもなら直接降臨され、『ほらほら、おまいらやめやめ』と間をとりなす魔神さまが、巫女さまを通じて別の事をおっしゃられたのです。
『俺っち、もう調停疲れたよ。やーめんぴ!』
そうです。やってられるかコンチキショー(超訳)と、魔神さまは、度重なる争いの調停にとてもお疲れになり、ついに匙を投げられたのです。長く続き、仲直りのなの字も見えやしない争いに、ついにヤケクソのやっちゃんになったのでしょうか。
『え、ちょっとそれはどうよ』
『あなた神さまだよね!?』
大陸と群島側の、平和主義者であり争い反対派の者たちが、巫女さまを通じて魔神さまの言葉を知ったとき、思わず魔神さまに突っ込みを入れたといいます。
言葉を伝えた巫女さまは、戸惑うしかなかったとか。言葉を直に知る立場の彼女たちは、反対派の立場の彼らより戸惑いを隠せなかったに違いありません。
――このくだり、彼らはとても息があっていたと、文献では語られております。
そんな彼らに、魔神さまは、たいへん面倒くさそうに降臨されました。巫女さまは卒倒なさったとか、ないとか。
『でも疲れたもんは疲れたんだもんよー。おまえら喧嘩しすぎだっつーのォ〜。普段からそんなに息あってりゃ俺っち出番なくていーのに』
魔神さまの直に下された(嫌みが込められた)言葉に、平和主義者たちはぎくんちょとなりました。その隙に、魔神さまはご自身の住まいである、地下の冥府へ引きこもられました。『俺っちしーらんぺ』を実行したわけですね。なんてこどもな神さまなのでしょう!
普段、魔神さまは地下の冥府――死者の国におられるのです。魔神さまが降臨されたおりは、この冥府と地上とを繋ぐ唯一の坂道が使用されます。
この坂道は普段は岩の戸により、厳重に閉ざされております――死者が現世、地上へ戻らないようにする措置ですね。
しかし、閉ざしてしまってから大問題が発生してしまいました。
新たに死んだ者たちが、冥府へ下れなくなったわけです。
普段は、必要な時だけ開け閉めをするのです。その必要な時というのは、地上で死した者の魂を、冥府の坂を下らせるために、岩の戸を開けて閉めるときです。
通常ならば、魔神さまがその開けたり閉めたりを管理なさっているわけですね。
その魔神さまが、業務をぽいっとして、引き込もったら……その開けたり閉めたりは中断となってしまうわけです。
死んだ者たちの魂が、下れなくなったら、つまり。
『いやあ、腐った死体が……!』
『いやあ、死者がああ!』
まず、行き場をなくした魂が遺体に戻ってしまうわけです。冥府である黄泉から帰る、黄泉帰りという現象が起きたわけです。
しかし、遺体は生命活動を終えれば、土に還るしかありません。埋葬手段は土葬でありました。
つまり、土の中から、一部が腐乱したご遺体が出てくるわけです。土を中からぼこぼこ穴を開けて、出てきちゃうわけです。まさしくホラーですよね!
『可愛い可愛いごどもたぢよ! おどーさん、帰ってきたよ゛ぉ〜』
思わずモザイクをあちこちにかけたくなるご遺体が、遺族に会うために墓場から出てきます――まだ死んで間がないとはいえ、死にたてほやほやとはいえ、かつて愛し、そして冥福を祈った家族が、です。
なかには、鼻をつまみながらも、『ダディ!』『ぱぱーン!』と感動の再会を果たした者もいました。
しかし、しかし。
『あ゛なだぁ、あ゛なだの愛づるルーラメリーが戻って参りまじだわ゛ぁ!』
虫をまとわりつかせ、モザイクをあちこちにかけたくなる身体で、愛したあなたに会いに行った故人が、
『あ゛ーなーだー!? それは誰でずのぉー!!』
浮気現場を(この場合浮気になるんでしょうか、わかりません。)発見、生死を越えた大喧嘩に発展したり。
生きる者、死んだ者たちの織り成す悲喜劇が大量発生いたしました。
――たくさん、たくさん地上に死者が溢れかえってしまいました。
地上には、逆流した死者があちこちに溢れかえって、パニックに陥りました。だって、新たに命を落として死者の仲間入りを果たしても、逆戻りなのですから。逝く手段がないから当たり前ですね、減らずに増える一方でした。
――こうして魔神さまが引きこもることによって、地上には逝き場をなくした死者で溢れかえり、新しいアンデッドという種族が生まれました。
『あ、やっちゃった★ てへぺろりんぬ』
『てへぺろじゃねぇよおお!?』
地上からの悲鳴と嘆願書により、魔神さまは軽いのりで謝罪をして、岩の戸の開閉を元通りの通常営業に戻しました。
――余談ではありますが、今地上に溢れるアンデッドは、彼らが生者を襲ったり、死体を仲間に入れたりして増えていったそうです。
最初に発生したアンデッドは、始源のアンデッドと呼ばれるそうです。
……まあ、とにかく。
アンデッドが発生した頃には、魔神さまは平和主義者たちから、ウザいくらいの嘆願書を突きつけられていました。そりゃあ、地上から見たらたまったものではありませんしね!
魔神さまのもとに逝く死者たちに嘆願書をもたせるものですから、魔神さまも、そのウザさ加減とねちっこいしつこさについに音をあげ、両腕をあげました。
魔神さまが、地上の者に降参したのです。ここに、平和主義者たちの勝利が決まりました。平和主義者たちは勝利の雄叫びをあげ、魔族妖関係なくハイタッチを交わしあったそうです。
――結局、平和主義者たちが嘆願しはじめて、三百年と半年と三日と十二時間の時が経過したときだったそうです。細かいですね。カウントしているなんて、ものすごくウザいですね。
『さあさあさあ、さあさあさあ、魔神さまさま、平和的解決案を!』
平和主義者たちからの熱い(そして執拗な)お願い(脅迫)により、魔神さまは軽い口に反して重すぎる腰をあげました。ここへ来て、彼らは『打倒・魔神さまの軽いノリ、職務怠慢、重すぎる腰』をモットーに一致団結をしていたのです。共通の敵、いや目標を見つけた者たちは強いのです。昨日の敵は今日の友(戦友)なのです。
『ああ、もう、おまいらちゃっちゃと結婚しちゃええ!』
そうして、今に続く「両種族の有効かつ友好の架け橋の為の、魔神による政略結婚」がスタートしました。何にも考えず、ヤケクソになった魔神さまの発案でありました。ヤケクソゆえ、後先も微塵も考えられていません。
もちろん仲人は魔神さま直々です。
魔神さまがせっつかれたり、魔神さまが思い出したように行われる政略結婚、それは両種族の国々の間で行われていきます。
対象は、両種族の統治者の一族、もしくはそれに準ずる者の一族。
それは彼らに婚期が訪れる度に毎回、というわけではありません。たまに、行われるのです。たまでいいんですかとはつっこまないでくださいね。たまだからこそ、せっつかれてはいるんですよ。
なぜ、たまにといいますとね。
『俺っちだってぇえ!』
だって、魔神さまだってご自身の婚期を逃したくないのです。はい、そういうことなので、つっこまないでくださいね。魔神さまだって、可愛い可愛いお嫁ちゃんが欲しいのですよ。
そして、今回も魔神さまは、政略結婚のカップリングを行いました。もちろん、俺っちだってぇえと泣き叫びながら。
下手をすると、泣きながらまた引き込もりそうになるのですが、そこは魔神さまの言葉を告げる立場の巫女さまが、『おかみさま、やめてくだされぇええ』と泣きわめいて止めに入ります。
そのうざさは、かつての平和主義者たちの嘆願書事件よりうざいそうですよ。
まあ、とにかく。
魔神さまはどうやってカップリングするのでしょうか。気になりますよね、そうですよね、ね。
それは魔神さまの勘です。フィーリングです、神的直感です。魔「神」さまですからね、えぇ。
意外にもいい加減すぎる神的直感は、お告げという名目で、魔族と妖にそれぞれ一名ずついる巫女に託されます。
そう、巫女さまです。
降臨された以外、魔神さまは、その意志を全て巫女さまを通じて、みなにお知らせになっていたわけですね。
ここで少し、巫女さまのことを説明しましょう。
大陸、群島の諸国には必ず、一名ずつ巫女がいるんですね。つまり、実は巫女さまは二名いたわけです。
卒倒したり、神さまにうざく迫った巫女さまは、二名いたのです。
巫女さまを通じて、政略結婚対象の国の、それぞれの当事者にお告げがなされるわけです。
当事者に、直接です。
当事者がいる該当国の、当時の国のトップ、ナンバーワンにはスルーです。後からです、二番目です。
ここに、いかに魔神さまがいい加減なのかが、如実にあらわれていることでしょう。
まあ、とにかく。
今回も、何回目かもはやわからない、魔神さまプレゼンツ・協賛各該当国の、魔神さまによる平和的政略結婚が行われました。
――今回は、魔族側へ、妖側が嫁ぎます。
魔族側――お婿さまとなる立場の者は、大国ケイオスの伯爵の三男坊、テュリオス・エルニー・ケルニー。御年百八十八歳の顔面の平均値が上の中の、いわゆるイケメンです。
青白い不健康さ満点な顔色はデフォルト、お月様のような金色と銀色が混じったような色の髪は、左耳の横の一房だけ、瞳と同じく鮮やかな青色です。
種族は、口からは青く冷たい吹雪を吐き出す、麗々たる氷人族という魔族ですね。この一族は炎と夏を苦手にする、年中極寒の地である、最北に領土を持つ(というか寒いそこ以外を治められません。)、たいへーんに見目が麗しい種族です。ほら、『麗々たる』氷人なわけなので。
お婿さまとなるテュリオス・エルニー・ケルニーですが、見目は麗しくありましたが、女たらしでした。
テュリオス・エルニー・ケルニーは、とくに麗しかったのです。麗々たる氷人族の中でも、際立って麗しかったのです。
――彼が行く先行く先、必ずハーレムが出来る。
――ほら、三男坊が来た。女性を隠せ!
それは、実際にいわれた言葉でした。それはとても正しく的確に、彼の性格を言い表しておりました。
『俺、誰かを一人に決めるなんて無理無理!』
それは彼の口癖です。
ですが、彼は三男坊とはいえ、伯爵の男子です。必ず結婚しないといけません。もし万が一、長男と次男に何があるともわからないのです。
彼らの一族は一夫多妻が認められてはいませんでした。
『もし、他の女に気を見せてみろ。――子孫ができないように、男の象徴を凍らしてもいでやる』
かつて――異種族婚は、魔神さまによる政略結婚だけではないのです――麗々たる氷人族の男性と恋愛で結ばれ、嫁いだ雪女という妖の言葉です。
彼女の旦那さまは、とてもとても浮気性でした。彼女は、旦那さまの女遊びの精算に、とてもとても苦労したといいます。
そんな彼女は、死してなお……一族の男に、奥さんを放置して浮気したら冥府から呪うぞと、いまも冥府から虎視眈々と子孫を監視しているのです。
だから、麗々たる氷人族には、『浮気一切するな』という掟があります。……男性限定で。
一族の男性の中には、何名も呪われた者がいるのです。妻をめとった後浮気をし、男性の象徴をもがれた者が。
テュリオス・エルニー・ケルニーは、まだ結婚をしていません。だからこそ、まだ掟の懲罰の対象から外れております。
きっと、彼は結婚をすれば――真っ先に掟の懲罰の対象となるでしょう。
そんな彼も、いつかは誰かをめとって、子を成さないといけません。
そんな彼が、今回魔神さまプレゼンツの政略結婚のお婿さまに選ばれたのです。
何て、皮肉なのでしょう。
『そんな……!』
テュリオスは、殊勝になんてなりませんでした。おとなしくなりませんでした。年貢の納め時と、態度を改めませんでした。
ただ、可愛い女の子ときゃっきゃうふふが出来ねーじゃん、と嘆きました。
そして、どうやって回避しようと考えました。
――魔神さまによる政略結婚は、成婚率百パーセントとは露知らずに。
『ふふ、馬鹿め、罰してやるわ、おーっほっほっほ!』
――冥府にて、ご先祖たる雪女の高笑い、そして罰までのカウントダウンを開始されたとは露知らずに。
そして、お相手が、婚約をするために……婚前の顔合わせに、やってきました。
そのお相手は。
「はじめまして、旦那さま」
黒々とした長い髪が印象的な、無表情の美しいおなごでした。
「――環藤国が猛将、髪切り鬼が娘、毛倡妓の寧々子と申します」




