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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
プロローグはラプンツェルごっこ
7/63

こうして私は元魔女に

「メルデリッタ様」

 ルビーが口にしたものは、慣れ親しんだ名称ではない。

 名前で呼んでほしいと頼んでも、使い魔は頑なに主様呼びを止めなかった。だから名を呼ばれるのは、嬉しいことのはずなのに。今はもう、二人の関係は終わる――終わっているのだと告げられているようで虚しいだけだ。

 メルデリッタは自身の髪に触れる。

「お別れなのね」

 指の間をすり抜けるのは、雪のような白髪。一切の色が抜け落ちたそれは、魔女でなくなった証。

 瞳も同じだ。深紅は薄れ、不純物の混ざったような淡いピンク色……のような何とも形容しがたい色合いに薄まっている。

 顔つきは同じでも、まるで別人だ。鏡を覗けば滑稽なのに、笑いなんて欠片も溢れてこない。

 メルデリッタは泣いていなかった。まだ強がっていたかった。最後まで、彼の前では立派な主でありたかった。

 ルビーが涙を見たのは判決が下り、刑が執行され、ここへ戻ってきた時だけだった。それきりメルデリッタは沈黙していた。

 必死に耐えていたのだろう。言葉を発すれば、簡単に関が崩れてしまうと分かっているのだ。

 悲嘆にくれる主を慈しむように、使い魔は寄り添った。けれどもう終りが来てしまう。だからその姿を焼きつけよう、瞬きすら惜しい。

「魔力の無い私では、あなたを繋ぎ留めておけない。魔力によって結ばれる契約。まして本物の悪魔相手、簡単なことではないもの」

 魔女たちはルビーを、鳥もしくは蝙蝠かなにかの動物だと認識している。

 使い魔は獣が一般的だ。猫や鳥、蛇なども多い。扱いやすく、少量の魔力で契約が成り立つので重宝されている。

 二人だけの秘密だった。悪魔が使い魔など、異常で異質すぎる。そもそも悪魔が他人に従うなどあり得ない。普通の魔女では、悪魔を使役し望むだけの見返りを差し出す力もない。それを幼いながらも容易くこなしてしまったメルデリッタの才能――魔力は末恐ろしいものだった。真相を知る者がいたならば、それだけで腰を抜かすだろう。

「悔いがあるとすれば、あなた様を外の世界へ連れ出せなかったことです」

 心底残念そうに、悪魔は項垂れた。

「まだ、諦めていなかったの?」

「当然です。ですから、最後にもう一度だけ誘惑させてください」

 本当は分かっている、答えなど聞くまでもないと。

 幾度となく、それこそ出会った瞬間から同じ問いかけを繰り返し、今日まで答えは変わらなかった。それでも聞かずにいられない。全てを失った今ならば、付け入る隙があるのではと期待してしまう。

「どうか外の世界を望んでください。ただ一言、あなたが望みさえすれば、いつでも叶えて差し上げましょう。わたくしは存じております。気丈に振る舞っておられても外に憧れていらっしゃることを。ずっと傍で見てまいりました。ですからせめて、これが最後ならば! わたくしは自由を差し上げたいのです」

 メルデリッタは悪魔と向き合うが、迷いは見当たらない。

 ああ、また――と悪魔は悟った。

「ありがとう。でもね、どんなに誘惑されたって私は望まない。悪魔の誘いに乗ってしまったら、大変でしょう?」

 代償に魂まで奪われることは魔女の常識だ。彼がそうするとは思えないけれど、あえて冗談めいた言葉を返しておいた。本当の気持ちを悟られるわけにはいかない。

「お強い人ですね。わたくしも長く生きておりますが、悪魔の甘言に心惑わされない方など初めてです。そのような方にお仕え出来たこと、光栄でございました」

 それで良いと思いつつも、それが寂しくもある。

 悪魔にあるまじき平和ボケかもしれないとルビーは毒を飲み干した心境だった。ちなみに悪魔は毒で死することはない。せいぜい苦い顔になるくらいだ。

「私も、最後に一つだけ聞かせて」

「何なりと」

 悪魔は少女に跪いた。もう従う理由など存在しないのに、当然のようにそうしている。その敬意に恥じないよう、背筋を伸ばし、凛とした声で問う。

「あなたも、私が大罪を犯すと思う?」

「わたくしにとっては、あなた様のお言葉こそが全て」

 返答には一切の迷いがない。その点においては喜ばしいのだが。肝心の答えはメルデリッタが望むものとズレている。

「……ありがとう。でもその言いようだと、私が烏は白と言えば白に。世界を滅ぼすと言えば滅ぼす。大罪の魔女だと認めれば、認めるということにならない?」

「そのような解釈も可能ですね」

 悪びれもせず言い切った。咎められても主張を変える気は毛頭ないようだ。メルデリッタは呆れ半分だが、この使い魔らしい物言いに満足かといえば……満足していた。

「酷い人。いえ、悪魔ですもの」

「あなたはあなた、ということです」

 最後に笑顔を見せて、悪魔は闇に溶けていった。

 優しい悪魔なんて形容するのは可笑しいだろうか。けれど、同族からも忌み嫌われるメルデリッタと共に過ごし、笑みを向けてくれたのは彼だけだった。

 取り残された虚しさを拭おうと、メルデリッタは外に目を向ける。けれど、すぐに失敗だと気付いた。視線の先には、憧れていた外の世界があるのだから……。

 森の向こう、その先に広がるだろう景色に焦がれてやまない。

「買い被り過ぎよ。私、そんなに良い子じゃない。あなたが言うほど強くもない。もし強いフリが出来ていたなら、あなたが居たから。一緒に外の世界に行けたらと何度も夢見た。その為には、胸を張ってここを出たかったの。私が無実だってこと、皆に認めて欲しかった。皆に、信じて欲しかったの!」

 頑なに救いの手を拒んできたのは、もはや意地だ。屈してなるものかと、十六年間主張を曲げなかった。無実を主張し続けた。この身に罪はない、すなわち逃げる必要などない。けれど現実は残酷だ。

「もしも、ルビーの誘いに乗っていたら……いいえ、バカなことを。それから私は、どうしたというの」

 この期に及び外の世界を望んでも、その先に何かがあるわけでもない。

 外に出て、どこへ行く? どうやって生きればいい? 

 こんな無気力な本心を、長年の友には知られたくなかった。彼の前では最後まで凛としていたかった。

 魔女であることが唯一の誇り。どんなに罵られようとも、誇り高い魔女であろうと心に決めてきた。同族から嫌悪されようとも、彼だけは傍にいてくれた。強く在れた。

 でも、この身は魔女ではなくなった。いつも傍にいてくれた彼は消えた。

「魔力を失った魔女はどうすればいい?」

 誰でもいいから教えて欲しい。何に希望を見出せというのか。独りきりの部屋に呟きは溶けていく。耳を貸す者はいない。

 何もかも失った世界で、生き続ける意味はあるのだろうか。

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