『出会い』か『再会』かSideルビー
大変お待たせいたしました。忘れてなんていません、むしろ書きたくてうずうずしていました。
その悪魔が『ルビー』になる前、出会いのお話です。
まず出は会いが書きたくなりまして、何事も出会は大切ですよね!
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
この世界――人間が生きづく世界。
悪魔とは長い時間に退屈を持て余した生き物。ふらりと現れては己の欲望に従い気まぐれに場を乱していく。
いわゆる『人間界』に魔女が生まれたのはある悪魔の過ちが原因だとか。
人間に付け入り魂を奪うはずが、逆に心を奪われるとは何事だろう。その話を知った時は愚かな同族を嘲笑ったものだ。
……それが同じ穴の狢になるとは想像もしていなかった。
まるで花の蜜のように甘い香りだった。呼ばれたわけではない。けれど極上の魔力は雄弁に語りかけ、自然と引き寄せられていた。
高い、高い塔の上――
確か人間界には、そういう滑稽な御伽話があったように思う。上にいる女に髪を下ろさせて男は地道にも塔をよじ登るのだとか。
実に滑稽だ。翼を持つ身には侵入など造作もない。つくづく人間とは不便な生き物だ。
近づくほどにはやる感情。柄にもなく『早く』と急くなどおかしなものだ。……どこか懐かしさを覚えていた。この香りを知っているような、不思議な感覚だった。
唯一の入り口であろう窓から容易く侵入すると、小さな背中があった。
そこにいたのは小さな魔女で、一層強くなる香りに蜜の持ち主だと知る。
「主様?」
今、何を口走っただろう。何を血迷ったのか、そう呟いていた。
この世にはいない、極上の餌をくれた魔女を思い出していた。どこを見ても明らかに違う、面影なんて微塵も感じない相手に向けて懐かしい名を口にしていた。
声に反応した少女はあからさまに肩を振るわせ、食い入るように見つめていた本から視線を上げると振り向いた。
「わあ、レイスじゃない人だ! だれ? 遊びに来てくれたの?」
脇に抱えていた人形を放置し、拙い足取りで歩み寄る。
エプロンドレスに黒髪、さらには真っ赤な瞳。加えて香りから察するに、子どもとはいえ立派な魔女なのだろうと判断する。
「綺麗ね」
大した語彙もないであろう少女が言った。
「何がです?」
「その眼! 真っ赤で、とっても綺麗!」
内心ではお前も全く同じ色をしているぞと思う。そして気付く。まったく同じ――ということは、どうやら血の濃い魔女らしい。
「初めまして! わたしメルデリッタ!」
一方的に自己紹介をされ、特に表情を変えることもなく見下ろしていた。子どもの相手は好かない。
少女の名はメルデリッタというらしい。そうだ、彼女なら……こんな風に朗らかな物言いはしない。
エプロンドレスよりも露出が多い服が好みだろう。黒髪を彩る清潔な白いリボン。そんな幼稚なものよりも、同じ白ならば蜘蛛の巣が似合うような女性だった。深紅の瞳は陰り、こうも明るく輝くはずがない。
別人に決まっている。だが、未だ消えないこの懐かしさは――
「こんなところで、何をしているのですか?」
本当に聞きたいことは別にあった。とはいえ、いきなり「お前は何者だ」と聞いたところで欲しい答えが手に入るとは思えない。そこまでの敏さを期待できる相手ではないだろう。
「わたし、悪い魔女だから、ここにいないといけないって……。でも、良い子にしてればお家に帰れるって、レイスが言ったから良い子にしてるの」
躊躇いや疑問を感じさせない返答だった。愚かにもレイスとやらの言葉を信じているらしい。悪い魔女と言っている時点で外に出す気などあるわけがない。大方死ぬまで閉じ込められることだろう、子どもとは無邪気なものだ。
「罪人なのか?」
「わたし? 悪いことしてないよ。でも、えっと……前のわたし? じゃなくて、うんと、最初のわたし? その人が悪い魔女だったって」
ああ、納得した。
驚くほどあっさりと疑問は解決してしまった。
何のことはない、目の前の少女は元主の生まれ変わりらしい。そして元主の、さらにその前に存在した魔女の生まれ変わりでもあると。
なんて業の深い魂だ。
「あのね、たいざ……の魔女?」
「大罪の魔女」
意味もわかりきっていない子どもが口にすると皮肉にしか聞こえない。
罪深い魂は永遠に消えることはない。
死の間際、彼女は自らに呪いを施していた。
この世界を憎み、滅ぼすことを諦めていいないのか。何度生まれ変わろうとも、憎しみの記憶を背負う分身たち。魂から彼女の狂気が消えることはなく、生まれながらに世界を滅ぼした過去の罪を背負わされる存在だ。
「あなたには力がある。極上の魔力がその証。何故、窮屈な場所に閉じこもっているのです? 自分の力で外に出てしまえばいいのでは?」
実際、あの人は好き勝手にやっていた。感情のままに力をふるい、その結果――あえて語る必要もないだろう。
少女はすぐさま首を横に振った。それどころか「なんで?」と訪ねてくる始末だ。
「それは、あなたは何もしていないでしょう?」
「うん。だからここにいる」
「でしたら――」
「だって、悪いことしてないのに、どうしてここから逃げるの?」
何だ、この会話は? 話している相手は本当に大罪の魔女の生まれ変わりなのか?
後にして思えば、この言葉に決意させられたのだろう。この少女に仕えてみたいと思わされたきっかけだった。
疑うことを知らない強い瞳だ。まだ絶望知らないのは、閉じ込められて綺麗なものしか見てこなかったからか?
そんなことはどうでもいい。この純粋な瞳が、かつての主のように染まるのを見てみたい。
ガラス玉のように小さな深紅は、どんな絶望に染まるのだろう――
それはもうガラクタとは呼べない。どんな宝石にも勝る、至高の輝きを生み出すのだから。
少女に見上げられていたことに気付くと、躊躇いがちに話しかけられた。
「ねえ、わたしと遊んでくれる?」
期待を込めた眼差しに唇が歪む。たまらない高揚感を押さえつけ優雅に微笑んだ。せっかくの餌が逃げてしまう、脅えさせてはいけない。
「構いませんよ。主様」
最大限に優しい顔で答えたつもりだ。成功したのだろう、新たな主は無邪気に飛び跳ねている。
少女にとって『使い魔』は僕ではなく遊び相手という認識なのだろう。まあ、好きにすればいい。
これから存分に取り入って、そして最後には最高の顔を見せてほしい。そういう意味では、こちらにとっても同じこと――遊び相手。
あなたが悲しみに瞳を濡らすその日まで共に!
退屈しのぎの始まり、これからを想うと胸が高鳴っていた。
それがどうしたことだろう。
何故、料理を作って食べさせている?
……それは彼女の守役が早々に仕事を放棄したから仕方なくだ。
何故、ダンスを教えている?
……退屈だとせがまれて仕方なくだ。
何故、護身術まで教えている?
……主様は隙が多すぎる。無論、魔法を使えるので(しかも最強最悪レベル)身は護れるだろうが、術は多い方が良いだろう。仕方なくだ。
どうしてしまったのか、密かに頭を抱える日々が続く。
なんとしても、わたくしが護らなければ――
身の内から溢れだす怖ろしい感情に抗うことができなかった。
久しぶりで、とてもドキドキしています……
読んでくださいまして、本当にありがとうございます。




