緊急家族会議Sideアン
朝起きると見ず知らずの女性が滞在していると、しかも旦那様の良い人で!?
そんな混乱極めるアンSidoのお話です。
胸騒ぎなんてガラじゃないけれど、その日はやけに目が冴えていた。きっと昨夜は珍しく早寝したからね。
朝目が覚めて、いつものように着替え部屋の換気をする。外は穏やかな天候が広がっていて、平和な一日が始まると思った。
どこかの格言に早起きは得だというのがあったっけ。いつもは母さんが起こしに来るまでベッドから出られないけど、今日は驚かせてやろう。そんなウキウキした気持ちでキッチンへ向かっている。
でも驚かされたのは私の方だった……。
「おはよー!」
「え? おはよ、珍しいことがあるもんだ!」
想像通りの反応に苦い笑いが零れる。それは酷いって反論しようとしたけど、私の目に入ったのは――
「朝食、三人分? 旦那様、お帰りなの? あれ、でも朝は召し上がらないよね?」
いつもは私と母さんの二人分。旦那様は帰宅していたとしても朝食は召し上がらない主義。だとしたらこれは誰のためのもの?
「そうなのよ! その話も先に伝えときたかったし、今から起こしに行くつもりだったから助かった。これはお客様の分だよ」
「お客様? 誰の?」
一緒に朝食を食べるようなお客様の存在に訳が分からず、私はそっくりそのまま繰り返す。
「あんた一度寝たら起きないもんね……。昨日の夜、旦那様が女性連れで帰宅されたんだよ」
「……へ? 今、なんて?」
自分でも間の抜けた声だってことはわかってる。でもそれくらい動揺してるんだから仕方ない。
旦那様――って、私の尊敬してやまない旦那様、ルエナ様のことよね?
それで、女連れで帰宅……はい!?
現実に戻るまで、わりと間があったと思う。
「ちょ、ちょっとまって! どういうこと!? そ、それって時々訪ねてくる、あの美人とは違くて?」
長い現実逃避の末、私はようやく『あの美人』のことを思い浮かべていた。あの、出るとこ出ていて大人の魅力あふれる美女のことを。
旦那様いわく、昔から世話になっている恩人らしい。なんだか魅惑的な発言だなと思ってしまったけれど、旦那様に限ってそんなことあるはずないと信じている。
「別人よ。それも別の人ていうか別の子って感じ。多分、あんたと同じくらいじゃない?」
「はあ!? 私と同じくらいですって!?」
これは心の中の声だから白状するけど、私はかつて旦那様をお慕いしていたの。だって私の王子様だったのよ! 恋に落ちない方がおかしいでしょう?
かっこ良くて、お優しくて、何でも持っている。でもどこか遠い人。おはようって微笑みかけてくれても、ありがとうって労われても、あの方は遠いままだった。まあそれだって、言い換えればミステリアスというやつだし? 少し影がある方が男の人って魅力的だし? 私ごときじゃあの人の特別になれやしないってわかってたわよ? でもね、それはそれ、これはこれ……
「旦那様に女ですって!? わ、私認めないわよ、ちょっとどういうことなの!」
「そのまんま、でしょ。朝食に誘ってくるから心の準備、しときなさい」
「か、母さん! 待って、そんな――」
こ、心の準備って、どうするの!?
娘の制止を振り切って、あっけなく母さんは行ってしまった。
へえ、あんたが旦那様の良い人ってわけ? ふうん、よろしくね。ここで握手(強めに握っておく)
「い、いや違う! それいびってんじゃない! そんなことしてどうするのよ! じゃなくて……」
旦那様とはどういう関係? 言っとくけど、私なんて旦那様と同じ屋根の下で暮らしてんの。お好きな物も熟知しているし、あんたに旦那様の好物が作れんの?
「でもない!」
この後も数パターン想定してみたけど、どれも最終的にはいびりに移行してしまって情けない。
「ああもう、どうやって接したらいいの……」
「だから、普通に友達として接してやんなさいって」
「か、母さん戻ってたの!?」
「取り込み中で、邪魔しちゃったみたいだから急いで帰ってきたよ。あたしとしたことが大失態だね。あと、あんたの服借りたから――って、きいてんのかい?」
「と、取り込み中ですって? あ、朝から一体……」
目の前でパタパタと手を振られているけれど、そんなもの気にならなかった。
「帰ってきなさい! それでね、アン。あの子、訳ありだと思うんだよ。もしかしたら、私らのように旦那様は同情されたのかもしれないね。だから、細かいこと抜きにして友達みたいに接してやってほしいんだ。あんた得意だろ」
「……そりゃ、まあ」
これでも友達は多い方だけど、本当に友達になれるのだろうか。もし嫌味な子だったら? それでも私は旦那様のために仲良しを演じなきゃいけないの?
ちょっと嫌だなって思うけど、私は演じきってみせようと覚悟を決めた。だって大好きな人のためですもの。
そんな具合に、これでもかってほどいろんな挨拶パターンを想像してみたんだけどね。いざ私の前に現れたのは大人しそうな美少女だった。
何これ、同じ女として羨ましすぎ! ってくらいよ。私の服を着ているのにぜんぜん別物ってレベルに可愛いの。おかしいわ、詐欺よ! 男受けの良さそうな儚げな顔立ちね。――まさか、それで旦那様のことを手玉にとって!?
たった数秒の間に、めちゃくちゃな妄想が脳裏を駆けまわる。
でも口を開けば謙虚そうな物言いで、見た目通りの印象。おずおずと私を見る瞳はピンク色で可愛いたったらない。しかもアンさんですって! 自分の名前が別物のように聞こえたわ。「ふーん」なんてそっけない態度をとってしまったけどね……。同性だって照れるわよ!?
ここで私は、ようやく不躾な眼差しを向けていたことを思い出した。もうあれこれ考えていたことは全部忘れよう。母さんの言う通り、私はこの子のことを友達として接することにする。だって、とても嫌な部分なんて見つけられなかったんだもの。嫌な子ならよかったのにね。ホント、純粋。友達になろうって言っただけで花が咲くように笑ってさ。
――でも、そっか。メルも私と同じで旦那様に助けられたんだね。
私がお姫様じゃなかっただけのこと。お姫様は、きっとこの子なんだろうな。悲観的になっているわけじゃなくて、これはただの真実。旦那様がメルを見つめる視線は、私に向けられるものとは明らかに違うんだから。
メルはとっても不器用な子だった。手先がって意味じゃない。正直、手先は私より器用だから! 心の話ね。
こんな私の昔話に自分まで苦しそうな顔するなんてバカみたい。それか相当のお人好し。どれも私には出来ない芸当で、もう完敗。
メルの雰囲気はとても話しやすくて、何でも聞いてくれるだろうって油断しちゃうの。だから、つい話してしまっていた。
というか大失言! 私の初恋が露見してしまった!!
誰もが王子様に恋をするお姫様、かつて私もそうだった。現在進行形で旦那様の傍に居る子が聞いて、気持ちいいわけがない。それなのにメルは余裕たっぷりどころかまったく動じていなかった。深い信頼関係を見せつけられたようで、私は勝手にショックを受けていたのかも。
もういい、この子なら認められる――
さっさと二人幸せになればいいのよ! 思いっきり祝福してあげるんだから、覚悟なさい。
「母さん、メルは良い子だね。私、あんな妹が欲しいくらいだもの!」
帰るなり母さんに溢れんばかりの感情を吐露する。
私はメルと本当の姉妹のように仲良くなりたいと思った。何でも話して、悩みを相談しあって、助け合っていけるような友達を越えた――家族みたいな関係になれればいいって。
そんな口から出たあり得ない願いが、まさか実現するなんて思わなかった。私は十七だから、お姉さんだね!
私が言うのもおこがましいけれど、これからもずっと旦那様の傍に居てあげて。着飾ったメルは、ううん。着飾らなくたって――文句の付けようがないくらい、あの人の隣がお似合いなんだから。




