絶望が下る
メルデリッタはしばし、王子の姿が消えるまで見守っていた。
「行ってしまったわね。せっかく会えたのに……」
未練を断ち切るように、わざと靴音を鳴らして踵を返す。数歩進んだところで部屋が暗くなった。振り返ると予想通り、ルビーが眉間に皺を寄せ佇んでいる。今にも何か言いたそうだが、まずは翼を消し石畳に降りた。彼が指を鳴らせば、全ての燭台に火が灯る。もうそんな時間になっていたのかと驚いてしまった。
「主様、わたくしは申し上げました。留守中に王子など連れ込んではなりませんと。かのラプンツェル嬢は、迂闊にも王子を招き入れたばかりに孕まされたのですから! 主様もお気を付けくださいますよう」
「ええ、聞いたわ。でも、いざとなれば魔法でなんとでも撃退できるつもりよ?」
「それは、そうでしょう。主様以上に力のある魔女もいない。けれど、それでも……わたくしは心配なのです。なにしろ我が主はお人好しなのですから」
メルデリッタは目を見張った。次いで瞬きを繰り返す。お人好し――彼はそう言った。
「驚いた。そう評価するのは、あなたくらいよ。大罪の魔女と呼ばれる女を、お人好しなんて」
メルデリッタは苦笑する。そこで小言が終わることはなかったけれど、嫌ではない。心配されているのだと、しかと伝わっていたのだから。心から怒ってくれる人が傍にいる。たった一人でも家族とも呼べる友が傍にいてくれるのなら、まだ頑張れる気がした。
この時は、まだ希望を抱いていた。グレイスに語った「いつか」がくると希望を捨てずにいられた。いつか自由になれるのだと、淡い期待を抱いて。
けれど、それから数年が経っても置かれた状況が好転することはない。それどころか、メルデリッタは最大の絶望を味わうことになる。
「大罪人メルデリッタ・ミラ・ローズ。汝に魔力剥奪の刑を言い渡す」
沈黙を破るように判決は下った。それは魔女にとって死刑判決も同じ。魔女である証を奪われること、すなわち魔女ではなくなるのだから。
傍聴者たちは、下った判決に騒ぎ立てる。
歓喜する者、ぬるいと異を唱える者、様々である。ただ、そのどれもが無実を主張するメルデリッタを守ろうとする意見ではなかった。
「そん、な」
絞り出した声はかすれていた。誰の耳にも届かないような小さいものになっていただろう。
「かの魔女は、かつて世界を滅ぼした。汝の罪で、我らは迫害され――」
裁判長は罪状を読み上げている。正直、あまり耳に入ってはいなかった。
しきりに判決の言葉が繰り返される。過去に聞いた何よりも重く胸に突き刺さった。
だが茫然としている時間はない。メルデリッタは喉に力を込めた。
「待って、お待ちください!」
希望なんてありはしない。それでも希望を抱かずにはいられない。
何のために十六年間耐えてきた?
すがりつくように腕を伸ばしていた。その先に掴めるものはない。空を切る腕。動かすたびに、繋がれた鎖が鈍く嫌な音を立てる。
「私は何もしていません! これからだって、何もするつもりはありません! そんな、どうして――、どうして信じてくれないの!」
こんなにも必死なのに、心のどこかでは諦めた自分がいるようでならない。
しきりに問い掛ける。十六年、何度同じことを言ってきた? 十六年の結果がこれだと嘲笑っている。
今さら誰が耳を貸すというのだろう。それでも大人しく判決を、現実を受け入れることができなかった。
力の限り叫び、声を嗄らした。けれど……




