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魔女のラプンツェル  作者: 奏白いずも
裏側のラプンツェル
59/63

ふざけた依頼の話Sideルエナ

 裏側トップバッターはルエナです。囚われのお姫様を助けた(もとい強引に連れ出した)メインヒーローですものね!

 お久しぶりになりますが物語の始まり、メルデリッタと出会ったあの日のルエナを思いだしてやってください。

 これから書くものは出来れば本編を読んだ後に読んでいただきたいとの意味を込めて、物語の途中に差し込むのではなく、あえて本編後に載せています。場面が想像しにくかったり、そんな前のこと忘れてるんだけど!と思われそうで大変申し訳ないのですが、どうかご容赦くださいませ。

 自慢じゃないが――

 そんな前置きをしても俺の優秀さは妬まれる。だから余計な前置きをしてやるつもりはない。

 報酬は高いが仕事は確実と評判で、ある時は門を守り、ある時は人を護り、またある時は奪い。殺めたこともある。名のある貴族から、ここだけの話王家とも懇意にしている。

 仕事内容は問わず、あらゆることに手を出してきた。結論から言えば俺は何だって出来た。その結果、望めば大抵のものは手に入る額も得ている。それなのに、どこかで退屈している自分を嘆くなんて贅沢な悩みだ。


 そんな俺が手にしているのは新たな依頼書で、これはなんともふざけた依頼の話。

『西のはずれ迷いの森。高い、高い塔の上に囚われているお姫様。魔女の手から囚われのお姫様を助けてあげて!』

 どんな依頼だ現実を見ろ、顔も知らぬ依頼者に向けたのは呆れ。しかも報酬の欄に記入されている文章がまた……。

『あなたの望みは知っている。塔の上には、あなたの求めるものがある』

 いや、意味がわからない。ここには明確な金額、もしくは物資等を記入してくれと苛立ったのはもちろんとして。まるで挑戦状のような文面にも腹が立つ。


 俺の何を知っている? 

 俺がどうやって生れ、今日まで生きてきたかを知っているとでも?


 顔も知らない相手に妙な苛立ちが沸き上がった。同時に、このふざけた依頼に興味を引かれていることも気に入らない。まるで、そうなることがわかっているとでも言いたげな挑発的な内容。

 俺の望みは――

「迷いの森、ね……」

「え、まさか行くんですか?」

 耳ざとく俺の呟きを拾った部下は驚いている。この依頼を仲介してきたのはこいつだが、まさか受けるとは思っていなかったのだろう。

「休暇がてらに塔でも登ってくるよ」

 一仕事終えたばかりで退屈していたから丁度いいか――

 

 俺たちの暮らす大陸は広大で、東西南北に大きく四つの国に分かれている。

 西の国、さらにその外れともなれば何日かかることか。すぐにでも旅支度を始める必要があり、軽いノリで出向くものではない。だが幸い、この地もまた西の国である。

 特定の家を持たない俺が偶然にもここにいる理由は一つ、前の仕事の依頼主は西の王だったから。

 現国王は若くしてその地位に就き敵が多い。あまりにもうるさい奴らを押さえるため、相手の弱みを探ってやったというわけだ。

 あいつも馬鹿な奴……。

 迷いの森という言葉が、かつて聞かされた奴の話と重なる。彼は王子時代に件の森に置き去りにされるという嫌がらせを受けたらしい。嫌がらせどころではないと、王子のくせに口の悪い言葉を並べ立てては、俺相手に盛大に愚痴をこぼしていた。

 その最中に聞かされた女神の話。もう駄目かと思った時、女神に助けてもらったと言っていたか――

 話を聞いて、それこそもう駄目(主に頭が)なのではという感想を抱いたものだ。

「俺も迷いの森に行くことになるとはね」

 狙ったようなタイミングで舞いこんだ話。

 もし、俺が他国に居たら? この依頼が俺の耳に入るのはかなり先になったはず。東ならば盛大な回り道を、南ならば灼熱の砂漠越え、北ならば雪に閉ざされ……ようするに、やる気も半減して出立も遅れていただろう。

 俺の何を知っていると苛立ちもしたが、あながち知らない仲ではないのかもしれない。だとしたら余計に性質が悪い。こんなふざけた性格の人を、わりと身近に一人思い出してしまう……。

 いや、それはないと気を取り直して依頼書に視線を戻す。そこに書かれている『魔女』という単語。この単語を平然と使える相手は頭に幻想を抱いている愚か者か、あるいは本物なのか――

「どちらにしろ、いつも通り仕事をするだけだ」

 報酬は前払い主義なのだが、今回は挑発に乗ってやろう。もし本当に、塔の上に求めるものがあるというのなら見せてみろ!

 こうして俺は、ふざけた依頼を引き受けることにした。


 目的地は西の外れ。迷いの森、帰らずの森なんて呼び名は様々あるが、本質に一番近いのは魔女の森だということを知っている。だとすれば俺にとってはただの森、臆する必要はない。ただ気ままに、足の赴くままに進んでいればいい。

 そうしているうちに、俺は目的の塔へ進まされていた。

「ここか――」

 本当に塔が建っている。だが入口は見当たらず、侵入経路ならば窓しかないだろう。

 長い髪を――なんてお決まりのフレーズが浮かんだけれど、俺には不要だろう。

 まずは風の流れを読み、忍ばせていた花に火をつける。これは開花して熟したとっておき。お姫様だろうが、ここに魔女がいようと、すぐに眠気が襲うことだろう。


 甘い香りが空に昇る。

 適当な木陰で頃合いを見計らうことしばし。もう、いいだろう。

 塔の元に立ち、見上げると改めて高さを実感する。だが、それがどうした。石造りに触れてみると、隙間もあるし足もかけやすい。

 さて、この上に何があるのか――

 もう認めるしかない。俺は確かに期待していたんだ。囚われのお姫様とやらが何をもたらしてくれるのかを。


「よっと!」

 窓辺に手をかけ体を持ち上げる。

 命綱なしの曲芸、そのうちサーカスにも就職出来そうだ。曲芸、あるいはナイフ投げにも自信がある。そんなふざけた考えを浮かべながら塔に入った。

『あなたの望みは知っている。塔の上には、あなたの求めるものがある』

 例の文が思い起こされるも、入り口のない塔の上ということを除けばいたって普通の内装をした普通の部屋だった。では囚われのお姫様とやらが何かを握っているのだろうか。

 風にベッドの天蓋が揺れていた。そこに倒れている(正確には眠らせた)標的へと忍び寄る。案の定ぐっすり眠っているようで、こちらの侵入は悟られていない。

「さて、君がお姫様?」

 軽口を叩いて邪魔なカーテンを払う。寝ているうちに、さっさと縛って連れて行ってしまおうか。そんな計画を立てていたのだが――


 なんて美しい光景だろう。想像もしていなかったものに声を失うなんて、らしくない。


 まず目に入ったのは真っ白な髪。何にも汚されていない純白は眩し過ぎる。きっとこの子は髪の色と同じ、俺とは違う存在。汚れたものは何も知らない綺麗な子、漠然とそんな印象を与えられた。

 彼女は静かに泣いていた。謝るわけでもなく、苦しそうにでもなく、ただ当然のように透明な雫が頬を伝う。

 何に対する涙なのだろう。その瞳はどんな色をしているのか――

 ほんの僅かな時間の中で、俺は彼女に魅了されていたんだ。

 声を聞いてみたい。そんなことまで考えだした馬鹿な自分に頭を抱えたくなる。今のうちにシーツでも裂いて手足縛っておいたほうが後々面倒が起こらないだろうに。何故そうしないのか、触れることすら躊躇うのは、まだ見ていたいという欲だった。

 初めての感情――

 言ってしまえばそういうことだ。戸惑いまくっていた俺は、どうしたものかと窓辺を陣取って外を眺める。

 あれは、ただの少女。白髪という特徴的な容姿意外にこれといった異変は感じない、ただの人間。

 あれが俺の望むものの答え?

 それとも、彼女が俺の望む物を持っている?

 悩んでいるうちに少女は身じろいだ。けれど一向に起きようとはせず寝転んでいる。手で目を覆い、考え込んでいる様子だった。

「私、どうなってしまうのかしらね」

「俺に攫われるんだよ」

 声を聞いてみたい。そんな願望を抱いていたせいか、俺は当然のように答えていて、溢れる苦い笑いを押し込めるのに苦労した。

 機敏に飛び起きた少女は俺の姿を認識しているのだろう。

 意外としゃべる、それが目を覚ました彼女の印象。落ち着きがなくて、慌ててばかりだった。後に思い返してみれば、そこも可愛かったかもしれない。もっとじっくり堪能しておけばよかったと後悔する。


 彼女は俺が近づけばその分だけ距離を取り、ささやかな攻防が続いていたが、やがて逃げ場を失くし、ゴン――という鈍い音が響く。地味に痛い類の音だった。

 だから黙って大人しく俺に攫われておけばよかったのに。もう面倒になって、俺は彼女を担ぎあげていた。肩に乗せた存在は軽く、固定するように手を回した腰は細い。暴れているつもりだろうが、俺にとっては小さなさえずりでしかなかった。

 大人しそうな外見だが、意志は強いようでまだ諦めようとしない。そういえば、言うべきことは言えるようだったなと先ほどの剣幕を思いだす。

 ここに居なければならない、良い子にしていなければならない。それはどこか他人事のように聞こえて、柄にもなく「本当に?」なんて余計な問いかけまでしてしまった。

 その後、怒りをぶちまけるように語られた本音は痛いほどの感情を宿していた。全力で息を吸って吐き出していたのか息も荒げて――この子は、本当は外に出たいのだと物語っていた。

 だったら余計に長居は無用。強制的に意識を飛ばさせると、俺は仕事を完遂した。


 ここまでくればいいだろう――

 木にもたれさせようと考え行動に移す。その際、触れた彼女の後頭部には予想通りのたんこぶが。

 俺も隣に並んで座った。すると見計らったように彼女が肩にもたれてくる。でも未だに意識は夢の中で、早く目を覚ませばいいのにと強制的に眠らせたのは自分でありながら理不尽な想いが募った。


 その後、俺が気になる彼女にどんな対応をしてしまったかというと……。

詳細に一から十まで説明されたくはない。あれで嫌われなかったのは、彼女の優しさにと純粋さ故だろう。やはり俺と彼女は違う、また思い知らされた瞬間だった。


 こんな俺を、彼女――メルデリッタは雇うと言った。

 これで合法的にそばにいられるとは言え、次に俺が考えたのは報酬についてだ。

 は? 気になる相手ならまけておけ?

 それは出来ない相談だ。俺は自分の腕に絶対の自信を持っている。だから安売りはしていない。例え……少し気になる相手だったとしても譲れない。

 もっとも大した期待はしていなかった。体で払えとか挑発もしてみたけれど、実際どうでもよかった。彼女が頷けばそれでもいいと思っていたが、拒絶すれば口付けくらいで赦してやるつもりでいた。

 え? 随分まけてないかって?

 そんなことはない。まあ、結果として俺の提案は不要だったみたいだけどね。彼女との取引は俺の想像以上だった。

 大人しそうと認識していたけれど改める必要がある。そんな良い顔をしていた。誤魔化そうとする後ろめたさや、戸惑いは見えない。この顔ならば取引相手に相応しいと思った。しかも、何も持っていなかった癖に最善の取引カードを自ら導き出して見せるとは。

 おそらく彼女は本当に魔女だったのだろう。聞けば可哀想な境遇と同情しなくもない話だ。けれど、そんなことに意味はない。俺はそんな無駄なことはしたくない。雇われたなら、すべきことは依頼人の望みを達成するだけだ。


 俺の求めるもの、それは彼女が叶えてくれるのか?

 魔女からもたらされるたった一度の奇跡の約束が、俺の望みに繋がるのだろうか。

 この時はまだ、俺もあんな結末は微塵も想像していなかった。

 物語があれば、どこかで誰かが活躍している。その影には書かれなかった部分もたくさんあって……まだまだ裏側は続きます!

 お時間ありましたら、ぜひまた読んでやってくださいませ。

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